EP16--椎名優6――自己紹介と余震
2022年 11月25日 2時40分
涼香ちゃんの提案で自己紹介をすることになった。
まずは言いだしっぺである涼香ちゃんが自己紹介をしてくれる。
「うぅ……最初にするのはすごく、緊張するんだよ……私は[悠野涼香]、18歳です、趣味は学校で借りてきた本を読んだり……お姉ちゃんたちとテレビをみることだよ」
話始める前は緊張していた様子だったが、自己紹介を進める間に普段の自分を取り戻したのだろう。明るく、元気な声で語り始める。
「お父さん達の転勤で大崎市に引っ越してくる途中だったんだけど……突然地震が起きて……」
――[大崎市]とは、僕や祖母の家がある、比較的大きい政令都市で、近年大手車メーカーの研究施設ができたことで人口が増し、活気がある市のことだ。
「なるほど……じゃあこっちの土地のことはまだ、何もわからないんですね」
僕は涼香ちゃんの自己紹介に相槌を打ちながら、先を促す。
「それから気が付いたら火がついた車の中にいて……優くんが、私を絵本の王子様みたいに助けてくれて……その節はほんとにありがとうございます」
ぺこりと頭を下げながら、頬を染めた涼香ちゃんがお礼の言葉を投げかけてくる。
その言葉に、少しの照れくささと大きな罪悪感を感じる。
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」
本当は妹の姿を重ねて、その結果手を差し伸べただけだ。だが、目の前でこんなに素直にお礼を言ってくれる少女を見ていると、本当のことを話すのはためらわれた。
涼香ちゃんが言いたいことを言い終えたのだろう、隣に座っているお姉さんに目を向けた。
意図を察し、涼香ちゃんの視線を受けたお姉さんが、自己紹介を始める。
「私は[悠野静香]、ここにいる涼香の姉だ」
少しぶっきらぼうさを感じさせる、男性のような口調の女性はどうやら静香という名前のようだ。
「歳は26、青年の5つ上だな。今はとある自動車メーカーで研究員をしている」
そう言った静香さんの格好を見る。きっちりと襟元を締めたスーツ姿、それはやり手のキャリアウーマンを彷彿させた。
「ここにいる理由だが……妹と一緒だ、父と一緒に転勤することになったので引越してくるところだったんだ」
涼香ちゃんが言っていた[お父さん達]には、お姉ちゃんである、静香さんが含まれていたようだ。
「私が意識を失っている間に、燃えていた車から救い出してくれたのはキミなのだろ?本当に助かった、まだ意識を取り戻さない父の分もお礼を言わせてくれ」
そう言って頭を下げる。その姿は涼香ちゃんとは違い、大人な雰囲気を醸し出している。
「――ありがとう、君がいてくれたことで私達一家は今、生きている。君は命の恩人だよ」
深々と頭を下げる静香さんの姿に、
「いえ、さっきも言った通り、困ったときはお互い様ですから」
申し訳ない気持ちになり、僕も頭を下げる。
頭を下げた僕の姿をみて、柔らかい笑みを浮かべてくれた静香さんが、
「キミはとっても謙虚なんだね。もっと自分のしたことを誇ってくれてもいいんだよ?」
そう言って頭を撫でてくる。
その手の感触に身をゆだねながら、ふと思う。
――こんなに、心から誰かに褒められたのはいつ以来だろう?
嬉しさと照れくささが最高潮に達し、顔を俯けていると、
「では、次はキミの番だ」
そう言って静香さんが僕に自己紹介をするように促してきた。
それを受け、湧きあがるもやもやとした感情を押さえつけ、顔を上げた。そして、二人の顔を交互に見ながら話し始める。
「もう知ってくれているとは思うけど、僕の名前は[椎名優]、こう見えて21歳です」
大事なことなので、年齢を強調する。
僕の必死さが伝わったのだろう、二人は苦笑いを浮かべながら僕のほうを黙って見つめていた。
「生まれたときからここ、[大崎市]に住んでいて今はアルバイトをしながら大学に通っています。ここにいたのはアルバイトの帰りに家に向かっていて、その時に地震が」
じっと聞いてくれていた二人だったが、そこまで話すと、
「優くんって地元の人だったんだね!よかったぁ……」
涼香ちゃんが急に声を上げ、なぜか喜んでくれた。
何故喜んでくれたのかは気になったのだが、急に大声を出して静香さんにたしなめられている涼香ちゃんの姿を見て、疑問を頭の端に追いやり、話を続けることにする。
「地震が起きて、僕も意識を失っていたんだけど……0時半頃かな?目を覚まして周囲を探索してたら、悠野さんたちの車を見かけて――っ?!」
――ここに閉じ込められてからの出来事を説明していると、小さいが確かに揺れを感じる強さの地震が起こった。
咄嗟に二人の手を引き、抱きしめるようにして降ってくるかもしれない天井からから、二人をかばおうとした。
「ぐ……っ! 」
――急に動かしたせいか、右腕が強く痛んだ。
幸い、地震の影響で何かが降ってくることもなく、揺れもすぐに収まってくれた。
地震が起きたことと、急に抱きしめられたせいか、腕の中でじっとしている二人。
「ご、ごめ、ごめんなさい! 咄嗟に体が動いちゃって!! 」
謝りながら二人を解放し、恐る恐る反応を伺うと――。
「ふあぁ……」
なんだか呆けている涼香ちゃんと、
「……ずいぶんと情熱的だな」
恥ずかしかったのだろう、頬を赤らめながら冗談を言う静香さんの姿が目に入った。
「あぅあぅあぅ……」
静香さんはすぐに冷静さを取り戻したがなぜだろう?涼香ちゃんは呆けてうっとりした表情を浮かべたままだった。
「……あの、涼香ちゃんって大丈夫ですか?」
恍惚の表情を浮かべている涼香ちゃんに、どう反応すればいいのかわからなくなった僕は、スーツの皺を戻そうとしている静香さんに尋ねた。
「……そっとしておいてやってくれ」
皺を戻し終えた静香さんが、何やら呆れた顔で僕と涼香ちゃんを交互に眺める。
「……わかりました」
なぜ僕まで呆れた目で見つめられたのかわからなかったのだが、うなづいておく。
「今のって、余震ってやつですよね?」
つい今しがた起きた地震、そのことについて意見を交わそうと静香さんと向き合う。
「そう……だろうね」
僕の言葉を肯定した後――
「今のキミの行動、結果的には何事もなかったのだが……私達を守ろうとしてくれたのだろ?」
そう尋ねられた。
「はい……何事もなくてよかったです」
僕が答えると静香さんが、
「……やっぱりキミのその献身は――」
僕に聞き取れないほど小さな声で何かを呟きながら、悩み始める。
やっぱり急に抱きしめたことを怒っているのだろうか?そう思って謝罪の言葉を口にしようとすると、
「優、ありがとう……君の性格やプロフィールは大体理解したし、自己紹介はもういいだろう」
初めて僕の名前を呼んだあと、会話を切り上げ、まだ意識を取り戻していないお父さんのもとへ歩いて行ってしまった――。




