84.彼は勇健祭に参加する。(デルムでの日々その3)
大魔窟を抱えるアルセムの森に接していることにより、冒険者が多く集う街デルム。
その街で開かれる祭の中でも最大規模を誇る『勇健祭』では、冒険者たちが自分の力を披露する催し物がいくつも存在している。
2の鐘から3の鐘の間に彼らが各部門への登録を済ませるとあって、登録会場は朝早いにも関わらず大きな賑わいを見せていた。
短い時間に数多くの冒険者たちを捌くにはギルドの受付嬢程長けた者達はおらず、当然この場に駆り出されていた。
いくつもある列のうちの一つを担当する受付嬢マリーは、もう何十人目になるか分からない冒険者の登録を終えると次の人物を呼ぶ。
そこに現れたのは、まだ少し幼さの残る獣人だった。
「あら、セイランスくんも参加するのですか?」
「はい。このイベントで不本意な噂の払拭とカナからの尊敬の眼差しを深めようと思いまして。」
「前半はともかく後半はなかなか邪な心が見え隠れしていますが、参加者が増えるのは歓迎ですよ。」
この少年がデルムの街に来てからまだ日が浅いが、彼が少しおかしな性格をしていることは既に理解しているためマリーは華麗に受け流す。
「それで、どの部門に参加しますか?その目的を果たすにはやはり魔法部門や武術部門に参加するのがいいかと思いますが。」
「えぇ、それなんですが闘技部門に参加しようと思いまして。」
「闘技部門ですか?」
参加者など滅多にいないそれに、思わず彼女は尋ね返した。
闘技部門というのは己の肉体のみで登場する大型動物と戦う部門だ。
この部門は魔法部門や武術部門とは明らかに毛並みが違うことからも分かる通り、ある特殊な成り行きで誕生したのだが彼はそれを分かっているのだろうか。
「ちなみに、どうしてその部門を選んだのですか?」
「出てきた動物と戦うってコロシアムみたいなものじゃありませんか。力の証明としてコロシアム程相応しいものってないと思うんです。」
セイランスは当然のようにそう返事をするのだが、何を言っているのかマリーにはよく分からなかった。
魔法部門や武術部門でも十分力の証明になるどころか、むしろ冒険者として力を証明するならばそちらの方が適切だろう。
彼女はそういった説明をしようとして、ふと彼の後ろにまだ多くの冒険者が並んでいることに気づく。
この列を3の鐘までに捌くことを考えるとセイランス1人に構っている場合ではないのだ。
「えっと、セイランスくんがそう言うのならば分かりました。では、闘技部門に登録しておきますね。」
「はい、よろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げてその場を去るセイランスを横目に、彼女は次の冒険者の対応に追われるのだった。
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様々な戦闘関連の催し物が開かれる闘技会場には、既に多くの人々が押し寄せていた。
無論他の場所でも催し物は開かれており露店も多く立ち並んでいるのだが、やはり冒険者の街である以上は闘技会場が一番賑わうのだろう。
闘技部門が開始されるのを今か今かと待ち受ける者たちによって観客席が熱気に包まれる中、どういうわけかピリピリとした雰囲気が流れている場所が存在した。
原因を作っているのは二名の人物であったが、その雰囲気自体は彼らを囲む観客達の緊張により生じている。
「ほら、ウィルフ。君のせいで皆が怖がっているよ。」
「あぁ?ちょっと待ててめぇ。俺は何もしてないだろうが。」
「何もしていなくても全面に出ているからね?」
周囲の観客達が何故緊張しているのかと言えば、それはAランク冒険者として名を馳せるレオンとウィルフリッドがそこにいるからである。
ちなみにレオンの言う通り、原因に占める割合でいけばウィルフリッドの方が多いのだがレオン自身も大概である。
確かに彼はその言動こそ穏やかなものの、その戦い自体はウィルフリッドの遥か上を行く荒々しさなのだから。
『爆炎』レオンが戦った後には血肉が降る、とは有名な話である。
そもそも、そんな彼らが何故観客席などにいるのかといえば、それは1人の少年を見るためであった。
「それにしてもあいつ、どうして闘技部門に参加するんだおい。」
「マリーさんからクリークさんに行った情報によると、何でも力の証明として相応しいそうだよ。」
「はぁ?この形骸化した部門がか?あいつの考えることは相変わらずよく分からねぇな。」
セイランスが闘技部門に参加するという情報はすぐにクリークの元へと寄せられ、その情報はレオンやウィルフリッドへと流れたわけだが、彼らは皆揃って首を傾げていた。
現在セイランスの急激なランク上昇は良くない噂を招いており、それを払拭する方法として勇健祭に参加しようというのは分かるのだが何故闘技部門なのかと。
この街はアルセムの大魔窟の近くということもあり獣人の国ウォルフェンと並び幻人に馴染み深い場所だ。
それ故にどんな動物も素手で圧倒するという幻人の伝説にあやかり、最初に大型動物と己の肉体のみでぶつかる闘技部門が設けられているのだが、これは一種の式典のようなものであった。
それはそうだろう、魔力やスキル、あるいは武器を使用するならばともかく人が肉体一つで動物と渡り合える範囲には限界がある。
そもそも動物が必ずしも魔物より弱いならば既に滅びているはずであり、闘技部門に登場するような大型動物ならば下手な魔物よりも余程強い存在だ。
力を持った魔物と魔法やスキルを使わずに素手で戦うと言えばその難易度も明らかであり、正統な由来が無ければ趣味の悪い処刑や見世物の類である。
そのような部門に好き好んで参加するものなどおらず、通常は運営が用意した者が1人形式的に参加して降参するのだ。
「くはっ。見ろよあの糞ガキ、1人で登場したぞ。戸惑ってやがる。」
「あれは、どう考えても闘技部門のことをよく知らなかったようだね。」
確かに闘技部門のアナウンスが流れた後に登場したのは、大会側で用意された一般的な防具に身を包んだ獣人の少年1人だけだった。
運営が1人用意するのは誰もこの形骸化した部門に参加しないからであり、誰かが参加するというならばその必要はない。
観客たちが例年と様子が異なることに気付いてざわつき始めると、場内に選手紹介を告げるアナウンスが流れた。
『さぁ、この闘技部門を持って幕を開ける勇健祭闘技会場!例年であれば主催者側が手配した戦士が出場しますが、今年はなんと立候補者が現れました!!』
そのアナウンスを聞いてセイランスが驚いた顔をすると、ウィルフリッドの笑い声は一層大きくなった。
『しかもなんと、立候補したのは新進気鋭の冒険者!僅か1ヶ月にも満たないその期間でGランクからDランクへと昇格した実力者です!!果たして彼は自分の力を驕っているだけなのか!!!それとも勇健祭に名を刻み伝説となるのか!!!!』
Aランク冒険者をその場に居らずして笑いで追い詰める新進気鋭の冒険者の前に現れたのは、十人以上に引っ張られた巨大な檻だった。
中からは檻が揺れているのを不機嫌に思ったのか、会場中に響き渡るような巨大な鳴き声が聞こえる。
『おっと、もの凄い鳴き声です。手元の資料によりますと、中にいるのはディザスターエイプ!動物ながら並の魔物では歯が立ちません!!草食ではありますが魔物化するとBランクを超えるジャイアントエイプへと変わると言えばその凄さも分かることでしょう!!!』
檻が開けられるとそこから出てきたのは、まさにジャイアントエイプへと変化し災厄に至る可能性を秘めた肉体だ。
ただの動物であるにも関わらず筋肉ははち切れんばかりに膨れ上がり、その大きさは優に3mを越えている。
檻を揺らされた怒りのままに足で地面を踏みつけると、地面がその形に沿って沈んだ。
「普通だったらここで降参して終わるんだけど、セイランスくんはどうするんだろうね。」
「さぁな。だがレオン、もしかしたら面白いもんが見られるかもしれねぇぞ?」
「ウィルフ?」
先程まで大きな笑い声を上げていたウィルフリッドが意味深な笑みを浮かべるものだから、レオンは思わず尋ね返す。
だがウィルフリッドはそれ以上語ることなく、対峙するセイランスとディザスターエイプを面白そうに眺めている。
レオンもそれに釣られるように眺めていると、ふとおかしなことに気が付いた。
まずセイランスが呑気に準備体操をしているのだが、それは置いておこう。
それよりも先程まで怒りを露わにしていたディザスターエイプが、彼を視界に捉えると心なしかたじろいでいるように見えるのだ。
ディザスターエイプと言えば肉食動物ですら手出しをせず、強力な魔物を除けば自然界において天敵はほとんど存在しないはずだ。
当然、今の姿はそれに似つかわしくない。
果たしてそれはレオンの気の所為なのかそうでないのか。
その答えは、準備体操を終えたセイランスがディザスターエイプ目掛けて駆け出した時に明らかになった。
「おいおい。なんでディザスターエイプが逃げ出すんだい?」
そう、接近するセイランスに対してディザスターエイプはその巨体を翻してその場から逃げ出したのだ。
『おおっと!これは一体どうしたことでしょう。セイランス選手が突っ込んだ瞬間にディザスターエイプが逃げ出しました!今眼前には珍しい光景が広がっています!!』
肉食動物が接近して尚、お前など敵ではないとばかりに食事を続けるはずのディザスターエイプが逃げ出すその光景に、観客席からもざわめきが起こる。
そしてそれを更に大きなものにしているのは、セイランスが距離を縮めているという事実であった。
それはつまり、少なくとも移動速度においてディザスターエイプを上回っていることを意味していた。
彼はどんどんと距離を縮めていくと、やがて真後ろへと迫る。
ディザスターエイプもそれに気付いたのか、これ以上は逃げ切れないと悟るとセイランスに向かって振り向きざまにそのはち切れんばかりの拳を振るった。
当然、その背を追っていた彼がそれを避けきれるはずもない。
観客の多くは次に起こる事態を想定して目を閉じたが、そうしなかった者達は目撃する。
セイランスはその拳を同じく片手で受け止め、そしてその勢いのままディザスターエイプの巨体毎投げ飛ばして地面へと叩きつけたのだ。
気が付けば、会場には静寂が漂っていた。
その静寂の中でセイランスが振り下ろした拳がディザスターエイプの頭を潰し、ぐちゅりと嫌な音を立てたのが不思議と響いた。
「「「ウオオオォォォォォ!!!」」」
それから数秒間会場をそのまま沈黙が支配し、そして次の瞬間には割れんばかりの歓声がこれまでの沈黙を塗りつぶすように響き渡った。
この日、勇健祭に一つの伝説が生まれたのだ。




