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異世界で生きよう。  作者: 579
4.彼はこうして街で過ごす。
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82.彼は働く。(デルムでの日々その1)

 デルムの街を訪れてからというもの様々な経験をしてきたが、その中でも指折り数えられる程に衝撃的な出来事は宿の食堂で麺をつるつると啜っていた時に起きた。


 忙しく動き回っていたカナが、客足も落ち着きだした頃に憂いを浮かべた顔でやってきたのだ。

 その表情から切実な何かを感じ取り、俺は思わず麺を啜るのをやめて彼女に尋ねる。


「どうしました?もしかしてお客さんに嫌なことでもされたんでしょうか。大丈夫です、俺がどうにかするので言ってみて下さい。」


 何か辛い目に遭っているのだとしても、俺に頼り無さを覚えてしまっては相談などできるはずがない。

 必ず力を尽くすと瞳にその意志を込めて彼女を見ると、しばらく躊躇した後にその口を重たげに開いた。


「セイランスお兄ちゃんはどうして働かないのですか?」


 幼いながらに一生懸命に仕事を手伝う彼女に言われたその一言は、心に深く突き刺さった。

 俺はしばらく無言で黙り込むと、震える手で彼女の頭を軽く撫でながら告げる。


「じ、実は今日から働こうと思っていました。」


●●●●●


 ギルドに到着しても未だにズキズキと痛むこの心の傷はどうすれば癒えるのだろうか。

 ふらふらと掲示板に近付いていく俺を見て、面倒見のいいマリーさんは様子が気になったのかカウンター越しに尋ねてくる。


「セイランスくん、一体どうしたのですか?」

「心が・・・痛いんです。」

「はぁ?」


 痛い人を見るような目で見ないでもらえるだろうか。

 痛いのは俺ではなく俺の心である。


「ほら、この前の件でサモンド子爵から報酬として金貨を100枚もらったじゃありませんか。だから、しばらくはのんびりしていようと思ったんです。そうしたら宿の女の子にお兄ちゃん働かないの?って言われてしまいました。」

「至極真っ当な意見ですね。冒険者など不安定な職業なのですから、稼げる時にはしっかりと稼いで下さい。」


 どうやら慰めの言葉は得られないらしく、それどころかこのままだとお説教コースへと突入してしまいそうだ。

 俺は危険を察知すると、マリーさんが言葉を続けるよりも先に口を開いた。


「仕方がありません、心の傷はおいおい癒やすとしましょう。カナが尊敬するような大きな依頼はありませんか。Aランク魔物をぶっ飛ばすくらいのやつが良いです。」

「そのような魔物の討伐依頼を出さなければならない状況でしたら、街は今頃大混乱ですよ。第一Dランクのセイランスくんでは受けられません。」


 彼女は呆れたようにそう返事をするのだが、全くもってその通りである。


「それならば俺が受けられる範囲で大きな依頼がほしいです。」

「そうですね、大きな依頼はありませんが大変な依頼ならありますよ。サンドスネークは知っていますか?」


 一枚の依頼書を取り出しながら彼女がした質問に対して俺は首を縦に振った。


 サンドスネークは体長50cm程の小さな蛇のような魔物だ。

 基本的に魔物は強さと大きさにある程度の比例関係があるのだが、この魔物の場合は小さき身にも関わらず下から3番目のEランクとなっている。

 本来であればGランクでもおかしくないこの魔物がEランクである理由は2つあった。


 1つ目に、皮が茶色く地面と同化しているため発見が非常に困難であること。

 2つ目に、尾の先についた鏃状の刃は鋭く容易に皮膚を切り裂くため革鎧でさえも傷つけること。

 一方で、それらにさえ注意できれば討伐は困難ではないためEランクに収まっている。


「冒険者の一人がサンドスネークを共に最大30匹討伐してくれる人物を募集しています。」

「冒険者からの依頼ですか?」

「えぇ、冒険者が冒険者に依頼を出すことはそこまで珍しくないですよ。パーティーを組んでいれば仲間と協力できますが、1人だと困難なことも多いですから。」


 個人的には不思議な感覚だが、そういうこともあるらしい。


 確かに大きくはないが大変な依頼であり、小さい上に地面と同化しているサンドスネークを30匹というのは骨が折れる。

 彼女によると依頼主はサンドスネークの尾を集めているらしく素材は全て買い取りで、魔石はギルドに売却した上で協力に対する依頼料を払うとのことだった。


「どうされますか?」

「そうですね・・・」


 悩みつつも断る方向に結論が傾きかけていた俺の目に、依頼書に記載されている『クレア』という名前が映る。

 もしかして、この街に入る時に口添えをしてくれた女性ではないだろうか。


「すみません、この依頼主って髪が長くて腰に鞭を着けている女性じゃありませんか?」

「えぇ、そうですよ。もしかしてご知り合いですか?」

「街に入る時にお世話になりました。」


 彼女ならば借りを返す必要があるため、俺は依頼を受けることにした。

 確かにサンドスネークを目で探し続けるのは困難だが、幻人しての嗅覚を利用すればどうにかなるだろう。


●●●●●


 俺たちが初めて出会った門に近い広場前で待っていると、やはり以前助けてくれた女性がこちらに向かってくるのが分かった。

 俺の姿を認めると彼女もそのことに気が付いたのか少し驚きの声を上げる。


「あら。あなたは確かこの前の獣人さんね。」

「こんにちは、正義のお姉さん。Dランク冒険者のセイランスです。」


 俺がそう挨拶をすると、さらに彼女は驚いた表情をした。


「あなたが例の・・・」


 そう、例の胡散臭い獣人である。

 優しさなのか彼女はそれ以上そのことに関して触れずに、依頼についての話を始めた。


「なかなか受けてくれる人がいなかったのよ、助かったわ。」

「この前の借りがありますから。ちゃんと返しますよ。」

「あら、そう?けれど無理はしなくていいわよ。最大30匹だけど、今回だけでどうにかなるとは思っていないもの。」


 彼女によると主武器としているソーンクロコダイルの鞭が寿命に近く、新たにサンドスネークの鞭を作りたいそうだ。

 サンドスネークの尾を使ったならば、これまでとは違い当たれば皮膚ごと切り裂けるような強力な武器になることだろう。


「私は光属性なのよ。だから魔法に殺傷力は期待できないし、その分武器に殺傷能力と遠隔性を持たせなきゃ駄目ね。」


 そう語るクレアさんと共にアルセムの森に繋がる門へと向かうと、幼気な少年に疑いの目を向ける例の門番は既に正門へと異動していた。


 ぜひその鋭い視線と洞察力で、怪しい者が街に入らないかを見張っていて欲しいのだ。

 新しく配置された柔和な笑みを浮かべる門番と軽いやり取りをして街の外へと出た後に、彼女へと話しかけた。


「サンドスネークならば森の奥まで行く必要はないですね。」

「えぇ、森の浅いところで探しましょうか。」


 人里近いところに大型動物がいれば人に殺されるため、当然近いところに小型動物、深いところに大型動物がいる傾向にある。

 魔物は年月を経た動物がなるものだから、基本的にはそれに準じているのだ。


「最初の一匹さえ見つけて匂いを覚えれば、後は俺が鼻で探しますよ。」

「いくら獣人でもそれは難しいでしょう?知り合いにも獣人はいるけれど、森の中は色んな獣の匂いが入り交じるから難しいって言っていたわよ。」

「安心してください、俺はできる獣人ですから。」


 クレアさんは半信半疑のようだが、できる獣人たるもの有言実行をすればいいだろう。


 二人で地面を注視しながらしばらくサンドスネークを探していると、やがて視界の端に地面で何かが動いたのを発見する。

 俺が腰のナイフを抜こうとすると、彼女が制止したために任せることにした。

 彼女が腰に着けた鞭を手にして勢い良く振り上げると、空気を裂く音と共にサンドスネークの小さな頭が打ち砕かれた。


 光魔法の殺傷力の無さを武器で補っているだけのことはあり、サンドスネークは自分が攻撃されたことにすら気付かないまま灰に還ったようだ。


「これだけ早く一匹目を見つけられたのは幸運ね。」

「サンドスネークの匂いは覚えました。近くで感じたら教えますね。」

「お手並み拝見といこうかしら。」


●●●●●


 ミスリルナイフがサンドスネークを貫き灰に変え、17個目の尾を回収しながらクレアさんは呟く。


「サンドスネークってこんなに簡単に見つかるものじゃないのだけど。この様子だとDランクへのスピード昇格も実力なのね。」

「繊細な男心を持つ俺としては、噂の内容が気になる反面聞きたくありません。」

「乙女心は複雑だけど男心は単純だから大丈夫よ。傷ついてもすぐに治るわ。」


 ふむ、そう言えば先程負った心の傷もいつの間にか癒えているように思えるのだ。


「私の知っている範囲だと、媚を売って合格したヘタレ、勢いだけのガキ、魔石を使うインチキ野郎、虎の威を借る屑、サモンド子爵の靴底を舐めた・・」

「あの、すみません。そろそろ泣くのでその辺にしてください。」


 男心は単純な分傷付きやすいのかもしれない。


 クレアさんの話によると噂は主に低ランク冒険者達の間でされており、感情としては嫉妬によるところが大きいのだろうか。


「できることならば改善したいですね。」


 そのうちにこの街を出るから関係がないと言ってしまえば無論それまでなのだが、敵は少ないに越したことはない。


 それにギルドは各地に設置されている以上、冒険者の間で囁かれる噂は広まりやすい可能性もある。

 そう呟く俺に対して、彼女は顎に手を当ててしばらく考えた後唐突に手を叩いた。


「だったら勇健祭のイベントに参加したらどうかしら。この街の冒険者に浸透しているものだし、イメージ改善になると思うわよ。」

「勇健祭ですか?」

「えぇ、冒険者って危険と隣り合わせでしょう。だからこそ一年間無事に生き延びられたことを祝い、来年の無事を願う祭りがあるのよ。」


 どうもその祭りでは屋台の他にも体術や魔法的なものを始めとして、冒険者を対象としたいくつかのイベントが催されるらしい。


 そしてそれを冒険者や街の住民達が見て盛り上がるため、彼らの前で何らかの実力を見せれば噂は自然と消えていくのではないかという話だ。

 おそらく冒険者と住民の交流を図り関係を良好なものにする側面があるのだろうが、今の俺にはうってつけである。


「是非参加してみたいです。」

「えぇ、それがいいと思うわよ。受付は勇健祭当日に行われるから、何に参加するか後で考えてみるといいわ。さて、日が暮れるまでもう少し時間があるし続けましょうか。この調子だと一日で終わるかもしれないわね。」


 本来長引くと思っていたものが短期間で終わるとあってか、クレアさんは嬉しそうな顔をする。

 そんな彼女を見て、俺の頭には天啓の如き閃きが浮かんだためにそれを言葉にした。


「クレアさん、今日中に集め終えることが出来たらボーナスとして俺の泊まっている宿で一緒に食事をして下さい。」

「それは全然かまわないけれど・・・。」

「お代は勿論俺が持ちます。クレアさんはただ、配膳をする少女に俺の活躍を話してくれるだけでいいんです。」


 まるで意味がわからないという様子のクレアさんを尻目に、次のサンドスネークを求めて俺は歩き出した。

 そう、全ては一人の少女から尊敬の眼差しを向けてもらうために。

すでに修正済みですが、今までヘカトンケイルをヘカントケイルだと思っていました。

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