80.彼は反省する。
クラリネスを抱きかかえると、頭に昇っていた血は降りて行き段々と落ち着きを取り戻していくのが分かった。
それと反比例するように体中から湧き上がっていた力は鳴りを潜める。
「あぁ、やってしまいましたね。」
目の前に居る体中から様々な水分を垂れ流して気を失っている男女と、部屋に広がる悪臭を感じながらそう呟いた。
俺はアルセムの大魔窟に挑む前、ララ達妖精族から一時的に限界を超える共鳴魔法をかけられた。
それがアルセムの大魔窟を越える上で大きな助けになったのだが、どうもそれ以来感情が高まり頭に血が昇り切ると限界突破状態になるようなのだ。
既に共鳴魔法の効果は切れているはずなのだが、所謂後遺症の類なのだろうかと疑っている。
ダルク様に話を聞いてみてもこちら側の妖精族は限界突破の共鳴魔法を使えないらしく、詳しいことは分からないと言われた。
一見すると力が上昇するのだから便利に思えるが、感情に振り回されている状態であの力を使うのは正直怖いのだ。
今でも覚えている、強力な魔物達を湧き上がる力でねじ伏せたことを、そして俺があの時確かに快感を感じていたことを。
「とはいえ、今回の場合は良かったのかも知れません。」
無事に取り返すことの出来たクラリネスを見ながらそう呟いた。
そうしてふと、彼女を助けられたにも関わらずレリアさんから反応がないことに気がつく。
後ろを振り返ってみれば彼女は気を失って倒れており、もしかしなくても俺が原因なのだろう。
異変に気付いたらしい兵士達がこの部屋へと向かってくる音を聞きながら、レリアさんにどう謝罪しようかと頭を悩ませることにした。
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兵士達から簡単な事情聴取を受け、彼らが襲撃者達を捕縛していった後に俺はベッドの上で並んで眠るレリアさんとクラリネスの看病をしていた。
クラリネスの怪我は既に治癒魔法で治療しており、傷が残る心配はないだろう。
一方目の前で人が殺された上に自分自身が誘拐される寸前までいった心の傷がどうなっているのかまでは分からない。
「んっ・・・」
やがて、小さな声と共にまずはレリアさんが目を覚ました。
彼女は寝ぼけ眼で瞼を上下させていたが、自分がベッドで寝ていることに気が付くと勢いよく体を起こして叫ぶ。
「お嬢様は!?」
「大丈夫です、隣で寝ていますよ。」
俺のその言葉に反応した彼女は、隣で眠るクラリネスの姿を認めると安心したように顔を緩ませる。
それから俺へと視線を向けると、理解できないものを見るような目をして呟いた。
「一体何をしているのでしょうか、セイランスさん。」
「我が故郷に伝わる最大級の謝罪をさらに発展させた三点倒立土下座をしています。ぜひ受け取って下さい。」
「どう見てもふざけているとしか思えませんが?」
幻人の身体能力を存分に活かして足を爪先までピンと伸ばした三点倒立を披露する俺に、彼女はそう冷たく言い放つ。
これが前世であれば誠意を受け取ってもらえるはずなのだが、やはり異文化の壁は大きいようだ。
「そもそも謝罪なんて必要ありませんよ。むしろ気を失ってしまった私を笑って下さい。」
「ちなみに本当に笑ったらどうなりますか?」
「ぶっ飛ばします。」
返事を待たずともそんな気がしていた。
彼女は笑顔でそう告げた後、真面目な表情に戻してから一瞬迷いを見せながらも俺へと質問した。
「セイランスさん、あの時のあなたは一体何だったのでしょうか。正直私達とは異なる何かに見えました。」
「そうですね、クラリネス様が殴られたのを見て頭に血が昇ったとしか言えません。あの料理人の男性が利用されるだけ利用されて殺されたことにも腹が立っていました。」
「怒っていた、ですか。確かにあれは怒っていたのでしょうね。」
そう呟いて、彼女は一瞬身震いをする。
そしてそれ以上は追求することなく、今度は頭を深く下げた。
「改めまして、お嬢様を助けて頂き本当にありがとうございました。セイランスさんがいなかったら、お嬢様は間違いなく攫われていました。」
その姿からは俺への感謝と共に、自分が何もできなかったことに対する後悔が感じられた。
だが、彼女にはこれから俺には解決できない問題を解決してもらわなければならないのだ。
「レリアさん、確かに物理的な側面に関しては俺が頑張ったかもしれませんが、精神的な面に関してはどうすることもできませんよ。クラリネス様の心には今回のことで深い傷跡が残っているはずです。」
「・・・そうでしたね。私がしっかりと支えなければなりません。」
それからレリアさんは何かを考えるように口を閉ざしたため、俺達は静かにクラリネスが目覚める時を待った。
彼女が目覚めたのは日もすっかり暮れて、外の景色が暗闇に呑まれ始めた頃だった。
彼女はゆっくりと目を開き、そして意識が戻ってきた途端に悲鳴を上げる。
「いや!やめて!!」
ベッドの上で激しく取り乱すクラリネスにレリアさんは近づき、体を抱き寄せながらゆっくりと言い聞かせる。
「落ち着いて下さい、お嬢様。ここは屋敷の中です。」
「・・・レリア?」
「はい、お嬢様。あなたは攫われていません。辛い思いをさせて申し訳ありませんでした。」
「レリア!!」
彼女は自分が屋敷の中にいて無事であることを知ると、涙を浮かべながらレリアさんに抱きついた。
「私怖かったですわ!目の前で人が突然死んで視界が真っ赤に染まって、一生懸命逃げようとしたけれど逃げられなくて。殴られて痛かった。意識を失う瞬間に私もう駄目だって思いましたの!!」
「えぇ、分かっております。本当に怖かったですね。お嬢様はよく頑張りました。もう大丈夫です、全て終わりましたから。」
レリアさんはその後もクラリネスが何かを喋れば優しく返事をし、そして沈黙している時は髪を撫で続けた。
どれくらい時間が過ぎただろうか、やがてクラリネスはレリアさんの胸から顔を上げて瞳を真っ直ぐに見る。
「心配をかけましたわ、もう大丈夫です。」
「今までに経験したことがないことをいくつもしたのですから、もっと泣いていいのですよ。」
「私はこれでもアルセムの大魔窟に最も近い街を治める領主の娘です。こうして無事でいるのに、いつまでも落ち込んでなどいられませんわ!」
宣言するようにそう叫んで勢い良く立ち上がった彼女の瞳は力強く輝き、デルムの街の子爵令嬢として相応しい気配を放っていた。
おそらく地球でも異文化だと思います。




