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異世界で生きよう。  作者: 579
4.彼はこうして街で過ごす。
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79.彼は・・・。

レリア視点です。

 二人の人物が突如現れたのを見て、判断が一瞬遅れたことを後悔する。


 この屋敷において料理人が直接食事を運ぶことなどないのだから、そもそも彼がこの部屋にやってきた時点ですぐに気付くべきだった。

 これは普段屋敷で過ごすことのないセイランスには気付けぬことなのだから私の失態だ。


 すぐにお嬢様の身を守ろうとするが、そもそも料理人は彼女を引き寄せた状態で魔道具を発動している。

 ならば当然、空間魔法の魔道具であったらしいそれは転移してきた二人をお嬢様のすぐ側に召喚しており、女が素早くお嬢様の首に腕を回して筒状の武器を頭に突きつけていた。


 もう一方の男は辺りを見回して状況を確認すると口を開く。


「ふむ、予定通りターゲットの近くで魔道具を起動したようだな。人気も少ないしご苦労だった。」

「これで、これで妻と娘に会わせてくれるんだな!?」

「あぁ、今すぐにでも会わせてやる。」


 料理人を労うような言葉をかけた男はそう言うと、女が持つ武器よりも更に巨大なものを取り出して彼へと向ける。

 武器を向けられた彼は何が起きているのか理解ができないという表情をしていたが、その時間を与えられることもなく轟音と共に身体中から血を吹き出して倒れた。


「ひっ!?」


 それを近くで見ていたお嬢様は悲鳴を上げて顔を恐怖に歪めているが、自分のすぐ側で人が殺されたのだから当然だろう。


 そして今のやり取りから襲撃者達は料理人の家族を人質に取って従わせていたのだと分かった。

 おそらく彼の家族は既に殺されているのだろうが、そのように非道な手段を取る者たちによってお嬢様が攫われようとしていることに強い危機感を覚える。


「一度だけ言います。お嬢様を離しなさい。」


 危険な存在である彼らを一刻も早く彼女から引き離したい。

 腰の剣に手を添えて臨戦態勢でそう告げたのだが、男は特に表情を変えずに口を開く。


「先に言っておくが妙な真似をすればこの娘を殺す。俺が殺しに抵抗がないのは分かるだろう?」


 彼が視線を向けた先にあるのは身体中に穴の空いた死体だ。


 先程の光景を見た後にそう言われては身動きが取れるはずもなく、実際彼らの所持している武器の瞬発性を考えればそれが可能である。

 私がこの距離から動いたところで間に合わないし、それはセイランスの魔法であっても同様だろう。

 つまり私達は彼らが武器を発動させるよりも早くお嬢様を救う手段を持たないのだ。


「物分りがよくて結構だ。なに、お前のお嬢様は我々が有効利用してやろう。」


 身動きが取れない私を見て男は嫌な笑みを浮かべると、懐から新たな魔道具を取り出した。


 料理人が使用した魔道具は彼らをここに引き寄せるものならば、この状況で彼らが使う魔道具の効果など考えるまでもない。

 この場から転移して逃げるための魔道具だ。


「いや、離しなさい!やだ、やめて!!レリア、セイランス助けて!!!」

「うるさい娘だな。少し黙れ。」

「ぎゃっ!!」


 男は腕の中で暴れるお嬢様に顔を顰めると、泣き叫ぶ彼女の顔を殴りつけた。


 彼女は小さく悲鳴を上げると口から血を流して体から力が抜けていく。

 殴られた拍子に気を失ったようだが、私はその光景に唇を噛み締めながらもただ見ていることしかできなかった。


 彼女に助けを求められたにも関わらずそれでも何もできない自分。

 彼らに激しい怒りを感じているにも関わらずそれでも何もできない自分。

 余りの自分の無力さに打ちひしがれるが、今はそれでも先のことを考えるしかない。


 お嬢様がこの場から連れ去られることを防げないのならばその後に取り戻すことを考えるのだ。

 そもそも空間魔法の込められた魔道具が性能の高いものであるならば、彼らは最初からこの手段を取っているはずだ。

 そう考えると魔道具には距離的な制限があり、この街からは抜け出せないに違いない。


 お嬢様を取り戻せる可能性が潰えていないことが分かり、私は気力を取り戻す。

 街にいる兵士を全て、いや冒険者全てに依頼を出したとしても必ず彼女を救ってみせる。


───ゾクリ


 そう覚悟を決めた直後、唐突に私の全身を悪寒が駆け抜ける。


 一瞬何が起きたのか理解できなかったが、一度だけこの感覚を経験したことがあるのを思い出した。

 これは生物としての本能が感じる恐怖であり、それと同時に生存本能が発する危険信号だ。


 何故そのような気配を感じたのかを考えるが、消去法ですぐに答えが出た。

 この場にいる者は限られており、今自分の視界に映っている三人は違うのだから残りは一人しかいない。


 恐怖を押さえつけながらセイランスがいる方向をゆっくりと向くと、そこにいたのは彼の皮を被った化物だった。

 いや、彼は間違いなくセイランスなのだがあまりにも普段とは雰囲気がかけ離れ過ぎている。

 自分にその意識が向けられているわけでもないのに、ただ存在を感じるだけでどうしようもない絶望感に襲われているのだ。


 本能がひしひしと告げていた、彼は生物として次元が異なると。


『コツン』


 いつの間にか部屋の中は静寂に満ちており、彼が一歩踏み出す足音が妙に響いて聞こえた。


『コツン』


 また一歩。

 普通の人間が歩くよりも遅いとすら思える速度で、彼は襲撃者達の元へと歩を進める。


『コツン』


 妙な真似をすればお嬢様を殺すと言っていた襲撃者達は、彼が距離を縮めているにも関わらず一切行動を起こす様子がない。


 いや、起こせないのだ。

 直接意識を向けられていない私ですらこれ程までに恐怖を感じているのに、それを敵意として向けられている彼らが無事でいられるはずがなかった。


『コツン』


 襲撃者達は彼が近付くにつれて体をより大きく震わせて水のように流れる汗が服を湿らせる。

 顔は恐怖に歪みきっており呼吸さえもままならない様子だった。


『コツン』


 魔道具を起動させればすぐにこの場から離れられるにも関わらず、襲撃者達はまるで時が止まったかのようにただ硬直していた。

 ある程度の恐怖までならば人は反射的に逃避行動をとるが、どうしようもない程の恐怖の前では脳が全てを拒絶するのだろう。


『コツン』


 もはや言葉どころかうめき声としてすら成立していない音を発しながら、彼らの目は虚ろにあらぬ方向を向き始める。

 体中から吹き出した体液によって襲撃者達の足元には水溜りが出来、遂に立っていることも叶わないのか床へとへたり込んだ。

 

『コツン』


 セイランスは襲撃者達の元へと辿り着いたが、何かをするよりも早く彼らは自分たちの体液で満たされた床に正面から勢いよく倒れ込んで周囲に水音が響き渡る。


 そして私も彼から発する気配と圧力に耐えることが出来なくなり、最後に彼がお嬢様を抱きかかえる姿を視界に収めながら意識を手放した。

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