78.彼は油断する。
「いいですかクラリネス様、魔法はイメージを伝えることで発動するのですから、その間に何らかの妨害を受ければイメージは乱れて現象が十分に引き起こせなかったり、場合によっては魔法そのものが失敗したりします。」
「大丈夫ですの。」
「つまり相手が魔法を唱えるタイミングに合わせることさえできれば、何も反魔法のような技術は要りませんし、防御に過剰な魔力を使う必要もありません。」
護衛三日目の昼下がり、机にノートを広げるクラリネスに対して俺は魔法講義を行っていた。
現在のテーマは魔法を防ぐために講じる手段であり、攻撃魔法に見合った防御魔法を展開せずとも詠唱そのものを妨害することで防御が可能だと説明する。
この手段を用いれば魔力的なアドバンテージを得ることができる上に相手の思惑を崩すことが出来るのだ。
「特に速さから光魔法がそれに向いていると・・」
「セイランスさん、あなたは何のためにここにいるのか分かっていますよね?」
真剣な表情をしながら話を聞くクラリネスに熱心に語っていると、ふとレリアさんがそう尋ねてくる。
「中央学院の魔法講義についていけるか不安なクラリネス様のためです。」
「護衛のためです!!」
俺が断言すると間髪入れずに彼女は怖い顔をしながら頭を叩くのだが、スナップの効いた素晴らしい一撃である。
「周囲を警戒して下さい。しっかりと私達が護衛していれば、何が起きても問題ないと言ったのはあなたでしょう。」
「まぁまぁ、落ち着いてください。何でしたら空間収納から紅茶を一杯出しましょうか?」
「どこの世界に紅茶を飲みながら護衛をする阿呆がいるんですか!?」
もしかして、先程クラリネスと一緒に紅茶を飲みながらクッキーを摘んでいた俺は阿呆ということなのだろうか。
いや、獣人界の孔明が阿呆であるならば世界中の人族がそうなってしまうため何かの間違いに違いない。
もう一度頭を叩こうとしたレリアさんだったが、俺を庇うようにクラリネスが間に入ったためにそれを中断した。
「レリア、そう言わないであげて。セイランスが阿呆なことをするおかげで、私狙われる恐怖が薄らいでいますの。」
「分かりました。お嬢様がそういうのであれば阿呆には幾らか目を瞑りましょう。その分私が周囲を警戒していればいい話です。」
「あれ、何だか雲行きが怪しいですね。」
このままでは、彼女たちの俺に対する認識が阿呆な獣人になってしまう気がするのだ。
実際俺の行動にはクラリネスの気を紛らわせる目的も存在しているため、周囲を警戒しているアピールをすることで何とか優秀な護衛としての立場を取り戻したい所存である。
「二人とも待ってください。ちゃんと護衛の役目も果たしていますから。今執事が一人階段を昇ってこちらの部屋に向かっています。俺だって目以外で周囲を警戒しているんです。」
「何を出鱈目なことを言っているのでしょうか。私は何も・・・いえ、確かにこちらに向かう足音が聞こえますね。」
発言を訂正するレリアさんに自慢げな顔をしてみると、睨まれるのだから全くもって理不尽ではないだろうか。
それからしばらくして察知通り扉を叩く音がすると、最初にこの屋敷へと訪れた時に出迎えてくれた壮年の執事が姿を現した。
彼は一礼した後に、少しだけ笑みを浮かべてクラリネスへと報告をする。
「先程冒険者ギルドから旦那様に連絡がありまして、二杖の光の拠点を見つけたそうです。これから精鋭たちが捕縛に向かうため、この件の収束は近いものと思われます。」
「本当ですの!?」
数日間部屋の中に篭りきりだった彼女は、その報告を聞いて喜びの声を上げた。
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「セイランスさん、難しい顔をしてどうしたのですか。言っておきますが、今更真面目なふりをしても手遅れですよ。」
執事が去ってしばらくした後、真剣な表情で考え事をする俺にレリアさんがそう話しかけてくる。
「いや、先程の件なんですが上手くいかなかった時のことについて考えていただけです。」
「上手くいかなかった時のことですか?」
そう、捕縛出来るならばこの件は無事に解決へと向かうだろうが、考えるべきなのはそうならなかった時のことだ。
ララには『常に備えろ』と言われているし、ダルク様には『まさか思わなかったというのはやめておけ』と言われている。
「今回標的になっているのは子爵令嬢であるクラリネス様だから、ギルドとしては捕縛に向かう冒険者にはランクの高い人を選ぶと思います。それこそ普通であれば絶対に取り逃がさないと確信を持てるような。」
「えぇ、それはそうでしょうね。というよりもそうでなくては困ります。」
「だとすると、それで失敗するとしたらどういう状況でしょうか。単純に考えられるのは相手の実力がひどく高い場合です。」
二杖の光は神具を持っているのだから、これは可能性としてあり得る。
もっとも、それだけ突出した力を持つ者がいるならば最初の襲撃で選ばれている気がするのだ。
「他にも何かあるのでしょうか。」
「ありますよ。事前に情報を入手していて逃げた場合です。そもそも出会さないのだからどれだけ冒険者が強くても関係がありません。でもそうなると、どうやって情報を入手したのかという話になるんですよね。」
「どうも何もそのことはギルドか私達しか知らないのですから、まさか内通者ですか?」
しかもギルド側と子爵側、どちらの方が可能性が高いかと言われればそれは後者だ。
何せギルドはサモンド子爵から依頼を受けなければ、クラリネスが狙われていたとしても関わる必要性はどこにもない。
情報が入手できるか分からないにも関わらずリスクを負って内通者を用意するのは割に合わないだろう。
そしてその先の展開についての考察をしようとしたところで、再びノック音が聞こえてくる。
進展があるにしてはいささか早過ぎる時間だが、果たして訪れた人物はこの屋敷の料理人であった。
「失礼致します。片手で軽くつまめるものをお持ちしました。」
「あら、気が効きますのね。ちょうど小腹が空いてきた頃でしたの。」
確かに事件が解決に向かっていると聞いて緊張が緩み、腹の空き具合を気にする余裕が生まれる頃である。
「待ちなさい、どうしてあなたが直接食事を運んでいるのですか?」
だがレリアさんは突如としてそのような疑問を投げかけ、そして数瞬後に彼女の言いたいことを理解した。
確かに彼が料理を作ったのだとしても、部屋へと運ぶのはメイドか執事の仕事である。
料理人は指摘を受けると料理を食べようと近くに来ていたクラリネスを素早く抱き寄せて懐から魔道具を取り出した。
「クラリネス様、申し訳ありません!」
次の瞬間、その魔道具が起動すると二人の男女が転移してきた。




