77.彼の知らぬ戦い(2)
路地裏で身を隠した状態から、彼らが目的地に辿り着くまでにかかった時間は僅か20秒にも満たなかった。
足音も立てずに建物の前まで辿り着くのに10秒、そこからレオンが扉を爆発させ中に入るまでに3秒、そして室内の床にウィルフリッドが手を当ててそのまま土へと変化させ地下へと落下するまでが5秒。
だが明らかに気付いても対処しようがない速度で侵入したにも関わらず、そこは既にもぬけの殻であった。
「くはっ。こりゃあ逃げられたな。」
「どうやら内通者がいるみたいねぇ。」
彼らは誰もいない状況を素早く分析する。
さすがにこの短時間で逃げることは不可能であり、そうであるならば事前にこの場所がバレたことを察知して彼らが路地裏で監視するよりも早く逃げたと判断する方が妥当だった。
「仮に情報漏洩したのだとしても、奴らが知ってから僕達がこの建物を見張るまでそう時間は無かったはずだよ。まだそう遠くに行ってないんじゃないかな。」
レオンがそう言いながらフィオンへと視線を向けると、彼は肩を竦めた。
そもそもこういった不測の事態のために、既に冒険者を引退している彼に来てもらったのだ。
「人使いが荒いわねぇ。『エアロサーチ』」
文句を言いながらもフィオンは辺り一帯の風の動きを読み始める。
一般的に高齢になるにつれて人間の能力は衰えていくものだが、殊魔法においては例外であり、むしろ年を重ねる程に洗練されていくものだ。
まして彼は現役だった頃から風魔術師としてその名を馳せており、高ランク冒険者がスキルの力を以ってその地位に就くことが多い中、ただ魔法の才のみによってAランクへとのぼり詰めた人物でもある。
「私の感知圏内に集団で逃げていると思われる気配はないわね。ただ息荒く必死に移動しているのが3人、それぞれ別方向にいるわ。もうすぐ圏外になるでしょうから追えるのは一人だけよ。」
「ここは順当に一番距離が近いやつにするのがいいだろうね。」
「分かったわ、付いてきてちょうだい。」
建物内がもぬけの殻だと発覚してからここまで僅か数分、素早く状況把握と判断を済ませた彼らは次の行動へと移った。
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「思ったよりも早く居場所がバレた。あの使い捨てが情報をよこさなきゃ危なかった。」
人通りの少ない場所を選ぶように、首に二杖の刺青がある男が息を荒くしながら走っていた。
本来であれば明日の夜に行動を起こす予定だったのだが、居場所が発覚したという連絡を受けて彼らはすぐに拠点から逃げ出した。
念のためにそれぞれが別方向へと逃げ、屋敷の近くで合流する手はずになっている。
こうなってしまっては合流してすぐに行動を起こすことになるだろう。
「よし、ここまでくれば大丈夫か。」
拠点にしていた場所から十分離れた場所で、男は一旦休憩を挟むことにした。
普段体を動かさないわけではないが長時間走り続ける習慣はなく、これ以上走り続ければ意識を失いかねない。
流れ出てくる汗を着ているローブの裾で拭いながら、今後の展開を頭に描く彼の耳にふと声が聞こえてきた。
「一つものを尋ねたいんだがいいか?」
少しでも身体を休ませたい男が忌々しそうに声の主を見ると、そこには髪を赤く染め上げて顔にいくつものピアスを付けた柄の悪そうな人物がいた。
チンピラの相手をしている暇はないと内心で舌打ちをしながらも、無視をして強硬手段を取られれば面倒だと返事をする。
「何の用だ。」
「いやな、お前たちはどうやったら無傷で捕まえられるんだ?」
その瞬間に男は休めていた体をすぐに反応させて、懐から地球において拳銃と呼ばれていたものを取り出した。
「一体何者だ!?」
「何者って、そりゃお前敵だよ。自分が追われている立場なのは分かってんだろ?」
ウィルフリッドは特に戦闘態勢に入る様子もなく、ポケットに手を入れながらそう言い放った。
「何だっけな。情報だと武器が壊れりゃ死んで、死にゃ武器は壊れる。あぁ、何だかお前ら下手なじじいや病人よりも死にやすくねぇか?」
「黙れ!神具を敵の手に易々と渡せないのだから当然だろう!!」
「いや、そもそもな。神具なんてもんは存在しやしねぇし、もし存在したとしてもお前ごときが持てるもんじゃねぇよ。」
「貴様っ!!!」
明らかな侮辱に対して男は怒りにまかせたまま引き金を引く。
轟音と共に亜音速で弾が発射されるが既にそこにはウィルフリッドの姿はなかった。
「くはっ。壁に穴があいてんじゃねぇか。対人相手にゃ脅威的な威力だな。」
瞬間移動により反対側へと移動していた彼は、弾がぶつかった壁を見ながらそう呟く。
彼にとってその武器は見たこともない始めて遭遇するものだったが、相手の使い方から遠距離武器に相当するものだという見当をつけた。
そのために挑発して相手の攻撃タイミングをコントロールすることで安全に回避し、更にはその機能を見ることと、容易く回避してみせることで相手の動揺を誘うことに成功したのだ。
そのチンピラのような言動はともかく実力だけは確かなものがあり、容易に攻撃を躱された男には焦りが見られる。
「馬鹿な!?この距離では防御も回避も間に合わないはずだ。一体どうして・・・いや、まさかお前『瞬転』か!?」
「おう、俺も有名じゃねぇか。」
自分の目の前にいるのがこの街に存在するAランク冒険者の一人なのだと男は理解すると同時に、自分の命運が尽きかけていることをどこか冷静に察していた。
戦うための体力は残されていない上に神具による攻撃も容易く回避され、何よりも相手は人外とされるAランク冒険者である。
一方でウィルフリッドから逃れることこそできないものの、彼にはまだこの場で時間を稼いで仲間たちを逃がす役目が残っていた。
私利私欲で動いているならばこの時点で心が折れていたかもしれないが、間違った世界を正すための礎となる覚悟は既に出来ている。
「そうか、Aランクか。だが、そう簡単にやられはしない。」
「いや、もう終わりだ。てめぇ、ただ少し便利な武器を持っているだけの雑魚じゃねぇか。それじゃあ時間稼ぎもできやしねぇよ。」
だがどれだけ覚悟があろうとも覆しようもない実力差の前では意味を為さず、銃弾を再び躱したウィルフリッドが地面に手を当てた瞬間に男の足元が流砂へと変わりその体を飲み込んでいく。
無論男は激しく抵抗をするが体を動かせば動かす程むしろ深く沈んでいき、最後に残ったのは頭部だけを地面から晒す姿だった。
隠れて戦いを見守っていたレオンによって口に布が詰め込まれると、男は意思表示をする術すらも失った。
「駄目だよウィルフリッド。ちゃんと舌を噛み切るのも防がなきゃ。」
「うるせぇ、見ていただけのやつがごちゃごちゃ言うんじゃねぇよ。」
「複数で襲いかかれば相手が自棄になって、うまく捕らえられない可能性があったんだから仕方がないだろう?それに、君も知っての通り僕は相手を殺しちゃうからね。」
ウィルフリッドの攻めるような口調にも動じることはなく、レオンはそう返事をした。
実際彼は相手の生死を問わない場合にその圧倒的な力を発揮するため、特に魔物狩りにおいて名を馳せる冒険者である。
殺すのではなく捕まえた敵から情報を手に入れたい彼らにとって、レオンの力は過剰だ。
またフィオンとウィルフリッドであれば、一線を退いている前者よりも現役の後者の方が戦闘に相応しいだろう。
「二人共、話をしているところを悪いけれどそいつ死んでいるわよ?」
フィオンのその言葉に反応して二人が男を見ると、口に詰め込んだ布は赤く血に染まっており、瞳は虚ろなままあらぬ方向を向いていた。
「まさかこの状況でも死ぬ手段を持っているとはね。自分の死を望むだけでいいのかい?」
「血魔法なら可能だろうが普通そこまで徹底するか?どうも二杖の光ってのはぶっ飛んだやつらばかりの組織らしいな。」
さすがに一切の身動きを取れなくして尚死ぬことができるという事実に彼らは呆然とすると共に、任務に失敗したという現実に対して苦い表情を浮かべた。




