76.彼の知らぬ戦い(1)。
「一般市民からの情報提供かい?」
各方面から集まった情報をまとめ整理していたレオンの元へ、そのような報告が寄せられたのはセイランスがクラリネスの護衛を始めてから三日目のことである。
「はい、何でもセイランスという冒険者から、何か分かったらギルドに知らせるようにと頼まれていたようです。」
「なるほど、彼が・・・分かった。通してくれ。」
そう返事をしながら、レオンは今しがた名前の出てきた人物のことを脳裏に描く。
街で偶然見かけた時から彼には驚かされてばかりだが、どうやらまた何かをしていたらしい。
彼は現在子爵令嬢の護衛についているはずだから、おそらくその前に布石を打ったのだろう。
現在様々な情報がレオンの元へともたらされているが、確定的なものは何一つ寄せられていない。
さすがに多くは求めないが、彼が打った布石ならば何か驚かせてくれるのではないかと期待している自分に気付く。
そうして彼の元にやってきたのは三人の人物だった。
一人は若い女性、一人は小汚い格好をした男性、もう一人は何故か化粧をした男性とバラバラで共通点は存在しない。
一体セイランスとどういう繋がりなのかを疑問に思いながらも、レオンは話しかけた。
「散らかっていて済まないね。今回の件のまとめ役をしているA級冒険者のレオンだ。さっそくだけれど、話をしてもらっていいかな。」
その言葉に三人は顔を見合わせていたが、それでは私からと若い女性が口を開く。
「セイランスに娼婦への情報収集を頼まれたんだけど、昨日『甘美の館』のヘレナが首に二杖の刺青が入った男の相手をしたそうよ。」
「ふむ、それで?」
「何でも近々大仕事があるとかで、景気付けにやってきたみたい。寝物語でどこかの家を襲うってもらしていたらしいわ。」
その話が本当ならば、彼らは屋敷を直接襲うつもりだというのだろうか。
レオンが考えを巡らせていると、次の者が口を開く。
「じゃあ、今度は俺だな。杖が交差した刺青を持つ者に絡んだことのある奴を見つけた。そいつによると、随分おっかなかったみたいだぜ?」
「具体的には分かるかな?」
「突然ルーレット板と筒がくっついたようなよく分からねぇもんを取り出して、そいつを壁に向けた瞬間轟音と共に人差し指大の無数の穴が壁に開いていたらしい。それを見て一目散に逃げちまったようだから、後のことは知らねぇ。」
彼が言うのは、二杖の光のメンバーが神具と呼んでいる武器だろうか。
だが、一瞬にして無数の穴が開いていたというのが気になる。
当然の如く壁に穴が開くということは容易に人間の体を貫通し得るということだ。
そうであるならば、その武器が人に向けて放たれた時そこには凄惨な光景が広がることは想像に難くない。
レオンはこの時点で、屋敷内でその武器を振り回された時のことを考えて寒気が走る。
「最後は私ね。私の友達が街中で腕に二杖の刺青が入ったいい男を見つけて、参考までに後をつけたって話をしていたのよ。」
一体何の参考だと尋ねても、おそらく禄な答えは返ってこないのだろう。
「そうしたらね、薄暗い路地にある建物に入っていたそうよ。必要ならすぐに連絡をとって案内できると思うわ。」
「それはつまり、居場所が特定できているということかい?」
「そうなるわねぇ。」
報告している者はあまり自覚がないようだが、それが事実ならば一気に事態が動くことになりそうだ。
レオンは彼らにしばらく待つように告げて、すぐにクリークの元へと向かった。
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「くはっ。兵士と冒険者がこぞって動いておきながら、娼婦とゴロツキとオカマに負けるたぁ何だそりゃ。」
「あぁ、それに関しては僕もびっくりだよ。」
「ちょっとウィルフリッド、オカマが何だって?あぁん?」
「あ、くそっ。てめぇ痛ぇんだよ!年寄りなら年寄りらしくしていやがれ!!」
スラム街に近い薄汚れた路地に3人の男が身を潜め、小声で会話をしていた。
彼らはそれぞれがAランクと呼ばれ冒険者の中でも高位に位置する存在なのだが、今交わされている会話からは想像が付かないかもしれない。
一般市民から提供された情報を受けて、現在彼らは二杖の光が潜伏する拠点を抑えに来ていた。
大勢で向かえば敵に気付かれる可能性が高くなるため、少数精鋭にて襲撃する方向で話がまとまったためだ。
本来であれば既に引退しているフィオンは対象外なのだが、万が一敵に逃げられた場合は彼の精密な風魔法が役に立つということで抜擢されている。
フィオン自身は自分が一線を退いていると断ろうとしたのだが、恩人であるセイランスが関わっていると聞かされては断るに断れなかった。
「二人とも、この状況で下らない口喧嘩をするのはやめてくれるかな。緊張で体が動かないっていうのも困るけど、君達の場合は緊張感が無さ過ぎだよ。」
「そうは言ってもねぇ、レオン。私はもう隠居の身だし、正直子爵令嬢がどうとかどうでもいいのよね。ただ、セイランスちゃんが彼女を護衛しているっていうから力を貸すだけなんだし。」
「くはっ。俺も貴族のガキのことなんてどうでもいいな。ただ支部長命令だから動くだけだ。」
悪びれもなくそう告げる彼らを見て、レオンは思わず溜息を吐く。
確かに貴族令嬢が攫われたところで彼らには何の関係もないのだが、いくら何でも割り切りすぎだ。
普通であれば彼らのそういった事情を抜きにしても、少女がその身を狙われているとあれば率先して動こうとするものなのだから。
けれどもその反面で、レオンが彼らをそこまで強く非難する気になれないのも確かである。
というのも、冒険者を長く続ければ続ける程人の死や不幸に鈍感になっていくからだ。
魔物討伐や護衛依頼で昨日まで共に馬鹿話をしていた者が次の日には死んでいることなど珍しくはない。
それ故に自分に親しい者達に関わらなければ徐々にそういったことに対して鈍感になっていく、いや鈍感にならなければやっていけないのだ。
ウィルフリッドもフィオンもAランクである以上幾度となく仲間の死に出会い、不幸な出来事を目にしてきたはずだった。
「とはいえまぁ、確かに任務は任務だ。めんどくせぇがとっとと終わらせるか。」
「そうね。セイランスちゃんは私に何も要求してこないし、ここでしっかりと恩を返して置きたいわねぇ。」
「二人共やる気になってくれたなら何よりだよ。それじゃあ行こうか。」
いよいよ行動に移ることが決まるとそれまでの雰囲気は途端に吹き飛び、三人とも歴戦の猛者のそれへと変わった。
足音さえ立てずにそれでいて迅速に、彼らは目的の建物へと疾走する。




