75.彼は執事。
丁度いいサイズがなかったために少し余裕のある執事服を着た俺は、すれ違う者たちに怪訝な視線を向けられながらもクラリネスの部屋へと辿り着いた。
一度咳払いをしてから扉をノックすると、やがて扉が開きレリアさんが姿を現した。
警戒しているからか部屋の中でも武装した状態であり、依頼を受けてやって来た俺に対してもまるで不審人物を見るような目を向けてくる。
「セイランスさん、その格好は一体何でしょうか。」
「あれ、知りません?執事服って言うんですよ。」
「いえ、それは勿論知っていますがそういうことを言いたいのではありません。」
何故か呆れている彼女を宥めて部屋の中へと入れてもらうと、何十畳あるのか分からない程に広い空間に高そうな家具がずらりと設置されていた。
またクラリネスの趣味であるのか、部屋の至るところに可愛いぬいぐるみが飾られている。
本来であればこの豪華な部屋でその主が優雅にお茶を飲んでいる光景が見られるのかもしれないが、現在は重苦しく静かな雰囲気が流れていた。
部屋の主の姿を目で探していると、ベッドの上で膝を抱えて蹲っている彼女を発見する。
「お嬢様、セイランスさんがお見えになりましたよ。」
「・・・セイランス?」
レリアさんの声を聞くとクラリネスは膝の間に埋めていた顔を上げるのだが、その表情は暗く孤児院で会った時のような明るさは存在しなかった。
このような状況では無理のないことだが何とか元気づける方法はないものかと考えていると、こちらを見た途端に何故かその顔からは暗さが消える。
「何ですのあなた、その格好は・・・。」
「何って執事服ですよ。知りません?」
俺はくるりとその場で一回転してから、先程と同じ言葉を告げた。
この屋敷で執事服を着た者が何名か歩いているのを見ているのだが、まさかこの事態にショックを受けすぎて記憶が抜け落ちているのだろうか。
それ程までに心の傷が深いのだろうかと心配になっていると、彼女はベッドから立ち上がり声を荒げる。
「いや、それは知っていますわよ!そうではなくて、何で護衛として依頼を受けたはずのあなたが執事の格好をしているのかと聞いているんですわ!?」
「よく考えて下さい。護衛というのは側にいるものです。貴族令嬢の側にいると言えば執事に決まっているじゃありませんか。」
一分の隙もない完璧な二段論法を披露する俺を呆然と見て、彼女は小さく呟いた。
「護衛を依頼する相手を間違ったかしら?」
「お嬢様、おそらく彼は不安にかられているお嬢様を元気づけようとしてくれているんですよ。ほら、実際いつの間にかいつもの調子に戻っているではありませんか。」
「あっ、本当ですわ!?」
頭を悩ませるクラリネスだったが、そこにレリアさんからフォローが入ることで気が付いた。
確かに先程まで暗い顔をしていた彼女は普段の様子を取り戻しており、雰囲気も明るくなっている。
「驚きました。執事服ってそんな効果もあるんですね。」
「まさか本当に先程のふざけた理論で執事服を着ているんですか?」
「すみません、実は一回着てみたかったんです。」
もうしばらく満喫したら脱ぐため、どうかその怒りを収めて欲しいのだ。
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「セイランス、私何か音楽が聞きたいわ。」
「はい。『音精よ、我が記憶の彼方にある音を紡ぎ出せ』」
その瞬間に前世で聞いたことのある、落ち着いた音楽が周囲に溢れ出した。
この世界との違いは分からないが、音楽にあまり興味がなかった俺の記憶に残っている以上は誰もが知っていたような有名なものである。
クラリネスは酔いしれるように目を閉じてその音を堪能した後、小さく息を吐いた。
「素晴らしい音楽でしたわ。あなた、意外と執事に向いていますのね。」
「でしょう?」
実は自分自身でもなかなか様になっているのではないかと思っていたのだ。
何せ様々な魔法が使えるのだから主の要求には大概応えることができるし、護衛としての役割まで兼ね備えているのだから高性能な執事に違いない。
一方でレリアさんは違うところで感心しているようだった。
「よくも魔石をそう潤沢に使えるものですね。疑問なのですが、自分が持っている魔石を売ればそれだけで生活できるのではありませんか?」
「残念ながらそううまくはいかないんですよね。諸事情で俺の魔石は他人へ常渡できないんです。」
いくら俺でも、全属性対応の魔石を市場に流せば面倒な事態になることは容易に理解できる。
そもそも魔石と言うのは、以前推測した通りに魔力を溜められる乾電池のような代物だ。
強力な魔物を倒す程容量の大きい魔石を手に入れられ、基本的にその容量によってA~Eのランク付けがなされている。
大まかな目安として、Aランクの魔石には妖人数人分の魔力、Bランクには魔人数人分、Cランクには普人数人分、Dランクには獣人数人分、Eランクにはわずかな魔力を貯めることができる。
そしてCランク以上の魔石になると、その価値は跳ね上がるのだ。
人は日常生活に魔法を取り入れ、また魔力が高い者程魔法を主体とした職業に就くため、前提として魔石に貯める魔力が残りにくいのだが、その他にも伝導率の問題がある。
早い話が、魔石に魔力を溜めようとしてもその一部しか蓄積されないのだ。
魔石は魔力で全てを満たさないと使えない性質があるため、比較的魔力を貯めやすいDランクやEランクの魔石は市場にもよく流通しており魔道具に利用されているが、Cランク以上のものとなると手間が大きくかかる。
更には高ランクの魔石自体の入手難易度や希少属性の要素も絡むため、一般的な視点からすると魔石を湯水の如く使うのは正気の沙汰ではないのだろう。
クラリネスが音楽に包まれてゆったりとしているのを横目に、レリアさんは俺に近づくと小声で話しかけてきた。
「まぁ、あなたの出鱈目さは一旦置いておきます。それよりも、お嬢様の身の安全はあなたからするとどの程度確保されているものなのでしょうか。」
「そうですね。本来であれば屋敷にこうして篭っていれば安全だと言えるのですが、何せ相手は得体の知れない武器を持ち、何よりも自らの命を血の誓約によって縛るような連中です。正直、何をしてくるのか分かりません。」
普通ならば貴族の屋敷に突入するような真似などしないだろうが、そもそも貴族令嬢を誘拐しようとする時点で普通からはかけ離れているのだ。
屋敷の中で守られている現状を危険とは言わないが、かといって安全とも言い切れない。
「そうなると残党を捕まえることに夢中になっている今の状況より、守りを固める方が良いということでしょうか。」
「いや、前者は前者で大事だと思いますよ。規模が大きいほど早く居場所を特定できますしね。」
だが相手も自分たちを捜索する規模が大きいことは理解しているだろうし、そのうち割り出されることも覚悟しているだろう。
そう考えると黙って見つかるのを待っているだろうか。
もっとも、相手の思惑がどうであれ俺とレリアさんがするべきことは変わらない。
「一つ確かなのは、俺達がしっかりと護衛していれば何が起きたとしてもクラリネス様の身は守られるということですね。」
「違いありません。ただそう言うあなたの服装が執事服であることに私は不安を感じますが。」
そう言って冷たい視線を向けてくるレリアさんを見て、俺は本格的に怒られる前に格好を戻そうと決めたのだった。




