73.彼の知らぬ会話。
時間が分からないほどに外の光が絶たれた地下室で、唯一蝋燭の火だけが辺りを照らす中一人の男が床に膝を付いて懇願していた。
「なぁ、もういいだろう?情報は散々渡した。どうか妻と娘を解放してくれ!」
彼は人質に取られた家族を解放してもらおうと、涙を流しながら何度も何度も床に頭を擦りつける。
フードを被った者たちはしばらくの間その光景をつまらなさそうに眺めていたが、やがてその内の一人が彼に頭を上げるように促した。
涙と土により酷い顔をしている彼に、頭を上げさせた人物は落ち着いた声で告げる。
「確かにお前はよく働いている。ならば最後にもう一仕事してくれたならばお前の家族は解放しよう。」
「ほ、本当か!?」
「あぁ、勿論だ。最後にお前がやるべきことは・・・」
彼は一瞬顔に希望を浮かべるものの、その後に続けられた言葉を聞いて首を大きく横に振る。
「無理だ、出来るわけがない!」
「そうか。では枕元で毎日妻と娘の怨嗟の声を聞け。何故助けてくれなかったのかと深く恨んでくれるだろう。」
「待て!やるから家族を傷付けないでくれ!!」
自分が犯そうとしている罪と家族の命を天秤にかけた男は、その言葉を聞いて後者を選んだ。
家に帰ると娘と妻が笑顔で出迎えてくれたあの幸せな日々を脳裏に描き、例えそれが己の犯す罪により崩れてしまうのだとしても彼女たちだけは助けたいと思ったのだ。
フードを被った者は魔道具を取り出すと、それを彼へと渡して耳元で囁く。
「あぁ、分かっているとも。お前が我々の期待通りに動いてくれたならば、家族は無事に戻ってくる。さぁ、行くがよい。」
男は魔道具を握りしめた後、足を縺れさせながら地上へと続く階段を登っていった。
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「馬鹿よねぇ、生きているわけがないのに。そもそも大罪を犯せば、生きていたとしても家族がどのような目に遭うのか理解できないのかしら。」
男が去った後、地下室には彼を嘲笑するような笑い声が響く。
使い捨てにする男の人質を活かしておくメリットなど皆無に等しく、彼女たちは誘拐された当日に既に死んでいた。
彼に唯一救いがあるとするならば、妻も娘も眠ったままの状態で手に掛けられたことだろうか。
「それよりも、あいつが嘘の情報を流していたって可能性はない?イヴァンとクレイの二人はやられちゃったんだろ?」
「いや、それはないだろう。おそらく何らかのイレギュラーが起きたに違いない。やはり冒険者の街はそう容易くはないということだ。」
「『瞬転』ウィルフリッド、『爆炎』レオン、それに他にも色々と腕の立つ冒険者がいるものね。」
この街の場合は街中で誰かに見つかれば、それは腕が立つ人物である可能性が高い。
それでもこれから彼らが取る手段よりは穏便に済むだろうと選んだのだが、失敗してしまった以上はもはや仕方がないだろう。
彼らには世界を動かすための駒集めという重大な任務があり、間違った世界を正しく導くという大義があるのだ。
「領主の娘のスキルは効果範囲が広い。何としても捕えて我らが崇高な目的の礎になってもらわなければならない。」




