70.彼は街中で戦う。
「あれぇ?確か令嬢の護衛は一人じゃなかったっけ?」
呟きの内容からすると彼らはクラリネスが目的のようだが、軽薄そうな声からは特に気負った様子が感じられない。
レリアさんが彼らから視線を隠すようにクラリネスの前へと移動したことを確認して、俺は口を開いた。
「クラリネス様の熱狂的なファンか何かですか?残念ですが、マネージャーを通してもらわないと困ります。」
「はぁ?ねぇ、こいつ何言ってんの?頭おかしいんじゃない?」
「知るかよ。おいお前、とそこの獣女。用があるのは後ろの娘だ。大人しく差し出せば見逃してやるぞ?」
どうやらクラリネスを差し出すことで俺たちは見逃してもらえるらしい。
だが見逃すという割には彼らの殺意はしっかりと俺やレリアさんにも向けられており、従ったところで碌な未来が用意されていないことを悟らせた。
彼らもまた当然のごとく俺たちが従うとは思っていないようで、雰囲気を鋭くさせる。
「ちょっと待って下さい。やり始める前に、一応自己紹介をお願いできませんか?」
「あははは、死ぬ奴に名乗ったってしょうがないだろ。」
「知りたければ俺達をどうにかすることだな。無駄話をしている時間はそうない。崇高なる目的のための贄となれ。」
どこの贄になるのか分からないのだが、せめて綺麗な衣装と美味しい食事を用意してもらえないだろうか。
「お嬢様!」
「分かっておりますの!!」
クラリネスとレリアさんがそう会話を交わした瞬間に周囲の空気が一変した。
上手く表現できないのだが、今まであったものが無くなった感覚といえばいいのだろうか。
「きゃはっ。魔法無効化が使われたみたいだね。でもさぁ、俺達はもうそんな相手を何人も捕らえてきたんだよっ!」
どうやら魔法無効化を発動したようなのだが、彼らは魔法が使えなくなったと理解した上で全く動じる様子を見せない。
魔法が使えない状況ならば、獣人二人を相手にしなければならない自分たちが不利な状況であるにも関わらず。
そして彼らがローブの中から取り出したものを見て心臓が高鳴る程に驚愕すると共に、何故冷静でいられたのかを理解した。
「銃にチェーンソー?」
彼らが取り出したものは間違いなく、この世界に存在しないはずの拳銃らしきものとチェーンソーらしきものだ。
クラリネスとレリアさんを見ても別段焦った様子は見られないため、それらが一般的に知られているわけではないらしい。
一体何がどうなっているのか理解できずに呆然とする俺を見て、彼らは告げた。
「何だお前、もしかして我らと敵対したことがあるのか?その様子だと神具を知っているようだな。」
「神具?一体何を言っているんでしょうか。」
銃が神具とは物騒な話だが、一つ確かなことはこの状況で魔法が使えないのは逆効果だということだ。
「クラリネス様、今すぐスキルを解除して下さい!」
「え?どういうことですの!?」
自分たちに有利な状況を作り出しているにも関わらず解除しろと言われてそれに反応できるはずもなく、魔法が無効化された状況で彼らが襲い掛かってきた。
「レリアさんは刃物の武器を持っている方をお願いします。あれは刃が回転するので武器で受ける際には注意して下さい。」
「何故あなたが指示を出しているんですか?」
「苦情は後で聞きます。」
話をしている間にも敵は動いているため、最低限のことを伝えた後に銃を所有している相手と距離を縮める。
当然相手が黙ってそれを許すはずもなく、爆音と共に発射された弾丸を正面から受け止めた。
「あれ?何で効かない・・」
疑問を言い終わるよりも早く、二発目を撃つ前に手の中にある銃を蹴り飛ばした。
続けて放った拳で肋骨が何本か折れた感触を味わいながら、勢いのままに相手を壁へと叩きつける。
肺から必要以上の空気を吐き出した相手は一瞬苦悶の表情を浮かべた後に目の焦点が定まらなくなり、やがて意識を失って地面へと倒れた。
後方を振り返ればチェーンソーの刃を受けようとした彼女の剣が手から弾き飛ばされ、その身を投げることで辛うじて攻撃を回避する。
「クラリネス様!早くスキルを解いて下さい!!」
「は、はいですの!!」
追い詰められるレリアさんを見て魔法を無効化していても状況が好転しないことを理解した彼女は、スキルを解除する。
「ハイグラビティ」
すぐに重力魔法を使用すると振り回そうとしていたチェーンソーが勢い良く地面へと落下し、それに釣られるように男は自身の体勢を崩した。
彼が顔を正面へと向けた時には、レリアさんの拳が目の前に迫っていた。
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「二人とも大丈夫ですか?」
戦闘が終わったことを確認すると、俺は彼女たちへと話しかける。
「えぇ、大丈夫です。」
「だ、大丈夫でしたの。けれど、立てそうにありませんわ。」
一段落付いて自分が狙われていたという現実に実感がわいたのか、彼女は地面に腰を落として小さく震えていた。
その体を抱き寄せ震えを止めようとするレリアさんを横目に、神具と呼ばれていた武器へと意識を向ける。
まずは自分の目で改めて確認をしようと拳銃を所持していた男の元へと近付いたが、どういうわけか武器が見当たらない。
そして身体を探ろうとして、後で事情を聞こうと意識を失わせるに留めていたはずの彼が死んでいることに気が付いた。
「レリアさん、すみません。そちらの男性は生きていますか?」
「いえ、死んでいますね。それに、あの厄介な武器も見当たらないようです。」
レリアさんにも確認をしてみるが、どうやら同じ状態のようだ。
死に直結する程の傷を負わせていないにも関わらず息絶え、先程まで猛威を振るっていたはずの武器が跡形もないというのは不自然にも程がある。
様々なことを考えようとした俺の耳に、レリアさんから安全を確保するよう促す声が聞こえてきた。
「確かに再び襲撃があると厄介ですね。ここからだとギルドが一番近いです。」
「分かりました。お嬢様、失礼いたします。」
震えるクラリネスをレリアさんが抱えたのを確認すると、俺達は周囲を警戒しながらギルドに向けて移動を開始した。




