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異世界で生きよう。  作者: 579
4.彼はこうして街で過ごす。
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68.彼は孤児院を訪れる。

 昨夜のことはまだ何十年と続くはずの人生の中でも忘れられない出来事になるという確信がある。


 薄暗い店内で蠱惑的な妖精さん達が撓垂れ掛かり、初めてセシルに抱きつかれた時に匹敵する程に胸の鼓動が高鳴る中、運ばれてきた食事を一つ一つ食べさせてくれたのだ。

 幾度となく接触する上腕二頭筋や大胸筋、混じり合う吐息、そして驚く程に巧みな話術は時間が過ぎるのを忘れさせた。

 深夜に宿へと帰って眠りにつくまでの間に、人生とは果たして何なのかを静かな心で考える機会を得たことも忘れてはならない。


●●●●●


 3の鐘が鳴る頃に依頼をこなすために向かった孤児院は、良く言えば年季の入った建物だった。


 外壁はところどころが破損しているために不均一な高さで敷地の周囲を囲んでおり、空いた穴からは容易に敷地の中を覗くことが出来る。

 敷地の中に入って建物を間近で見れば、深夜にこの場所を訪れることで肝試しを行えることを確信させた。

 一方で敷地自体はそれなりの広さを持っており、現在も子どもたちが元気良く遊んでいるためそちらに声をかけることにした。


「こんにちは、皆のアイドルセイランスです。」


 子供とは知らない存在に怯えるものである、ならば親しみやすさを強調するためにアイドルであることを笑顔でアピールする作戦なのだ。


 俺はこの時点で成功を疑っていなかったものの、呼びかけに対してどういうわけか緊張した顔をする子供と胡散臭そうな顔をする子供とに別れていた。

 果たして笑顔で近寄ってくる予定の子供たちはどこに行ってしまったのだろうか。


「アイドル?何言っているんだお前、怪しいやつだな!怪しいやつには近付くなって院長せんせーが言っていたぞ!!」


 まだ見ぬ子供の行方に疑問を持っていると、一番年上らしい男の子が皆を庇うように前へ出てそう叫んだ。

 このままでは依頼を達成する以前に依頼主まで辿り着くことができそうにないため、俺は作戦を変更して説明に力を入れることにした。


「違うんです、聞いて下さい。むしろ一家に一人いれば強盗から魔物の襲撃まで幅広く対処可能な安全安心な獣人なんです。今日は依頼を受けてお手伝いに来ました。院長先生のところまで案内してもらえないでしょうか。」

「手伝い?そう言えば今日はひとが訪ねてくるって院長せんせーがいってたな。いいよ、僕があんないするからついてこい。ただし、変なことをしたらしょうちしないからな!」


 疑われて涙が出てきそうだが、話は通っているようで一安心である。


 一体どこで選択肢を間違ってしまったのかを考えながら男の子に案内されて孤児院の中を進むと、やがて中央に細長い机が設置された大きな部屋へと辿り着いた。

 どうやらここは皆が集まって食事を摂る場所のようだが、現在は3人の女性たちが向かい合って談笑している。


「あ、クラリネスじゃないか!きょうもこそこそと裏口からきたんだな。また悪いことをしたのか?」

「いつも言っておりますが違いますわ!お忍びなんですの!!」

「そうなのか。全く、お前はいつも偉そうだなー。」

「あなたに言われたくありませんわ!?」


 彼は彼女たちの姿を視界に収めると、この場に相応しくない上品な白いワンピースが目立つツインテールの少女と会話を始めた。

 その光景に対して少女の側に居る武装した獣人女性は眉間に皺を寄せ、白髪の混じった髪に年齢を感じさせる院長らしき女性は困ったような顔をする。


「ファーガス!いつも言っていますが、お嬢様に対してその態度は許されませんよ。」

「確かにレリアの言う通りね。ファーガス、クラリネス様に謝りなさい。それと、後ろの方は依頼を受けてくださった方ね。ここで院長をしているグレンダです、今日はよろしくお願いしますね。」

「こんにちは。冒険者ギルドから依頼を受けてやってきました、セイランスです。」


 ファーガスがクラリネスと呼ばれた少女に謝罪をする中、勧められた椅子に座った俺はこっそりとレリアと呼ばれた女性に視線を向ける。


 こちら側で初めて間近に見る獣人は集落にいた者たちと比較すると、表面上大きな違和感はないものの武装していて尚雰囲気が丸いように思えた。

 無論彼女も武装しているところを見ると鍛えているのだと思うし鋭い気配を放っているのだろうが、野生の中で己の力を頼りに生きている者と壁に囲まれた外敵のいない空間で生きている者の違いと言えばいいのだろうか。

 彼女はこちらの視線に気付いたのか、耳をピンと立てて少し警戒した様子で口を開いた。


「先程からこちらを盗み見ているのは何なのでしょうか。」

「ごめんなさい、年頃の少年特有の異性への関心というやつです。ちなみに、今会話をしていることで鼓動が少し上昇している気がします。」

「そうですか。一応言っておきますが、私はあなたに興味がありません。」


 あっさりと拒絶されてしまった俺は、セシルと過ごした日々が無ければ泣いていたかもしれない。

 

 ファーガスの謝罪は無事に受け入れられたようで、クラリネスが子供たちと外で遊ぶことを決めるとレリアさんもまた彼女たちに続いて部屋を出ていった。

 その場に残ったグレンダさんと俺は、改めて一対一で会話をする。


「レリアがごめんなさいね。あの子にもクラリネス様を護衛するという大事な役目があるから、どうしても冷たく接してしまうの。」

「あの、先程から気になっていたんですが、もしかしてクラリネスさんは偉い立場なんでしょうか。」

「えぇ、彼女はこの街を治めるサモンド子爵家のご令嬢ですよ。」


 その言葉を聞いて、妙に静かな気持ちでいられるのはやはりダルク様の影響が大きいのだろうか。


 グレンダさんの話によるとレリアさんはこの孤児院出身であり、その繋がりもあってクラリネスがたまに訪ねてくるらしい。

 だが貴族の令嬢というには些か平民との距離が近いように思えたため、そのことを尋ねてみると彼女は微笑みながら口を開いた。


「確かにそうかもしれませんね。けれどクラリネス様がこうして訪れて下さることで、領主様が孤児院に目をかけて下さっているという証明になるの。」


 ギルドでの出来事といい何とも面倒な話だが、クラリネスの訪問によってこの孤児院は丁度いい立ち位置にいるようだ。


 目をかけるならば支援を強化すればいいように思えるが、こういった施設の場合は貧しいことで守れるものがあるらしい。

 金目のものを置けばその身を危険に晒すことは勿論、貧困生活を送る者など幾らでもいる中で孤児院の子供たちが豊かな生活を送れば反感を買うのだろう。

 一方で何も後ろ盾が無ければそれもまた侮蔑の視線を向けられるため、貧しくも領主の娘がたまに訪問する程度には後ろ盾があるという状況は好ましいようである。


「クラリネス様の言動に関しては、年齢と環境によるところが大きいのだと思うわ。」

「やっぱり彼女が一般的なご令嬢というわけではないんですね。」

「えぇ、私も昔は王都に居たことがあるけれど、貴族と平民の距離というのはそう近くないの。ここがアルセムの森に接した辺境であることやクラリネス様自身がまだ中央学院に通う前であること、それに領主様が中央政治にあまり関心を持たれていないことなど複数の要因が重なっているのでしょう。」


 彼女の言葉を逆に捉えるならば、複数の要因が重ならなければならない程度には特殊に違いない。


●●●●●


「いいですか皆さん、日常生活で使う魔法とは如何に消費を少なくして目的の現象を起こすかです。」


 場所は建物の外、地面に直に座る子供たちの視線が集中する中で俺は日常生活で使う魔法についての講義を行っていた。


 グレンダさんから聞いた依頼内容は、どのような分野でもいいから将来子供たちの役に立つことを教えて欲しいというものである。

 冒険者は依頼をこなす上で様々な知識や技術を身に付けているため、定期的に呼んでは彼らに生きるための術を身に付けさせているらしい。

 そう言われて俺が選んだのが魔法講義であり、本場の魔人仕込みであるから安心して聞いて欲しいのだ。


「例えば日常生活で良く使うのは火魔法を使った火起こしです。火属性に適性のある子はどれくらいいますか?」


 質問に対して火属性の魔力を持つ子供たちが元気よく手を上げ、その中にはファーガスも含まれていた。


「ありがとうございます。皆さんが将来どういう職業に就くのかはわかりませんが、いずれにせよ火属性の魔力を持つならば火起こしを頼まれることが多いでしょう。ですが、この場合余分な魔力を使って無駄に大きな火を起こしていても仕方がありません。」


 これは本当に極端な例なのだが、竈の火を起こすのに攻撃魔法級の火を出しても意味がないのだ。

 無駄を無くすことで魔法の使用回数が増加するため日常をより便利なものへ、あるいは就職先で重宝されることになる。


「さて、ここに薪があります。皆さんはこの薪を燃やす時、どういうイメージをしますか?」

「はい!木がぶわって燃える!!」

「手から火を出してぶつける!」


 単純に薪に火を付けるのだとしても、このように皆がそれぞれ違ったイメージを持っている。


 魔法の正式な講義を受けられるのは一部の者たちだけだから、一般市民は人が使っているところを真似して覚えることになるらしい。

 同じ目的を持っていても人によって発動する現象は異なるし、同じ現象に見えても消費魔力が全く違うということは珍しくない。

 例えば消費魔力を少なくして火を起こすには人差し指を近づけて小さな火を起こせばいいのだが、ただ真似をするだけの者と明確な意図を持っている者という差でも消費魔力が違ってくる。


「皆さんいろいろな方法があるようですね。今日は日常生活で使用する場面を例に、効率的な魔法とその理由について一通りお話します。その後に低ランクの魔石を使って少し練習をしましょう。」


 そう告げると、座っている子供たちからは相変わらず元気な声が返ってきた。


 魔力は一晩寝なければ回復しないから、必然的に若い頃というのは経験不足で日常魔法の腕前が拙い傾向にある。

 これを逆に捉えるならば、若いにも関わらず大人並みに日常魔法を使えるだけでも十分評価を得られるということだ。

 今日の講義が、いつか自分の身一つで生きていかなければならない彼らの助けになれば幸いである。

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