67.彼は説明を受ける。
「セイランスお兄ちゃん、起きるのです!!」
ランドルフさんの治療が成功していたことによる達成感で気持ちよく眠りに付いた翌朝、俺は誰かに身体を揺さぶられる感覚と共に目を覚ました。
意識が朦朧としながらも周囲を見回すと、そこには腰に手を当てて鼻をふんすと鳴らすカナの姿がある。
俺は数秒間彼女を見つめた後に、再度目を閉じると頭に布団をかぶせた。
「おはようございます。後少しだけ寝かせてください。」
「もう、今日は3の鐘からギルドで結果発表があるのですよ。起こして欲しいといったのは誰ですか?」
そう言って頭を何度か叩かれているうちに、昨日の反省を活かしてモーニングコールを頼んだことを思い出す。
「分かりました、すぐに起きます。」
「それじゃあ、朝食の準備をしておくので早く一階に来てください。」
カナはそう言うと、布団をしっかりと膝の辺りまで捲ってから元気に部屋を出て行った。
これまでを思い返せばそう寝起きは悪くないはずなのだが、やはり野宿ではなく屋根の下ベッドで安眠できるという点が大きいのかもしれない。
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「今日は早く来ました、褒めて下さい。」
「・・・それが当たり前です。合格おめでとうございます、セイランスさん。」
ギルドに到着後、受付嬢のマリーさんに昨日の反省を活かして早く訪れた事をアピールしたのだが、素っ気なく対応される。
まさか小さな女の子に起こしてもらったことが筒抜けになっているのだろうか。
自主的に目を覚ましたことを強調して健気に頑張る少年をアピールする作戦を実行するべきか迷っている俺に、彼女は声を小さくしながら告げた。
「そんなことよりもセイランスくん、周りからの視線に気付きませんか?」
「視線ですか?俺に向けられた胡散臭いものを見るようなものなら気付いていますよ。」
「気付いていたんですね。今回の試験結果は、正当性を兼ねて誰がどの依頼をこなして合格したのかまで公表されています。つまり、セイランスくんは今良くも悪くも目立っているのです。」
特に今回は普段とは趣向が異なるとあって、冒険者達の間でも注目が集まっていたようなのだ。
そこでウィルフリッドさんの依頼をこなしてしまったから、年齢や見た目も相まって一層注目が集まったということなのだろう。
「彼の依頼は、その内容自体も強者を求めるという曖昧なものでしたから。かといって彼が承諾した以上は依頼が達成されたことになりますし、Aランク冒険者とあっては誰もその判断に口出しをしません。その分のしわ寄せもセイランスくんに来ています。」
困ったような顔をしながらマリーさんはそう説明した。
幻人の集落で育っているために半ば忘れかけていたのだが、そういえば人間社会というのはひどく面倒なものだった。
とはいえ、だからといって小さく縮こまっていてもそれはそれで仕方がないことだと思うのだ。
「状況は分かりました。何というか、なるようになるんじゃないでしょうか。」
「確かにしばらく時間が経てば落ち着くとは思いますが、私はやっぱり心配です。」
登録試験の時にも思ったことだが、マリーさんは間違いなく面倒見の良い人なのだろう。
その後もしばらく彼女の心配は続くが、どうやらウィルフリッドさんが俺の度胸を買って依頼達成と見做したという認識らしい。
誰も本当に彼が俺を依頼にあったような強者として認めたとは思っておらず、だからこそ子供が調子に乗っていると判断して快く思わない者たちがいるようなのだ。
ところでこの話に基づくと彼がやたらと人格者に思えるのだが、実はとても心の優しい人物だったりするのだろうか。
飴玉を手に引きつった笑顔で子供に近づく怪しいウィルフリッドさんを脳裏に描いていると、一通り心配しきったのか彼女は業務に戻ろうとしていた。
彼女の説明によると冒険者にはランクがあり、それに対応してカードの色も変わっていくようだ。
色は上から黒、金、銀、銅、紫、赤、緑、白となっており、俺の場合は一番下のGランクのため白色になる。
基本的にはそのランクの依頼を20回こなすことによって昇格の機会が得られるものの、何か大きな功績を残した場合はその限りではない。
ランクが上がるにつれて高難度で報酬の大きな依頼を受けられる他様々な面で融通が効くようになるらしい。
「ちなみにGランクだと、どんな依頼があるんでしょうか。」
「そうですね、基本的には街中での仕事になります。例を上げるとこのようなものでしょうか。」
そう言って、マリーさんはまだ掲示板に貼っていない依頼書のいくつかを取り出して提示した。
内容を確認すると掃除や仕事の手伝いといった街中で行うものが目立っているが、その中でも一つの依頼に目が止まり質問をする。
「この孤児院の手伝いというのは何でしょうか。」
「あぁ、それはちょうどいいですね。そこの院長からは定期的に依頼が来るんですよ。」
彼女の話によると報酬は安いが悪い依頼ではないらしく、現在お金に困っているわけではないためにまずはこの依頼を受けることにした。
集落で日々の生活のために動物を狩り、アルセムの森で動物や魔物と戦いながらこちら側へと辿り着き、そしてダルク様との時間を過ごした今は子供たちと過ごす穏やかな時間も必要だと思ったのだ。
酷く今更ではあるのだが、もしかして俺はとてつもなくハードな人生を送っているのではないだろうか。
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ギルドを出て歩き始めようかという時、遠方からどこか覚えのある声が聞こえてくる。
「セイランスちゃん!」
そう呼ぶのは妖精さん達だが、この少し高めのトーンは間違いなくフィオンさんのものだ。
高齢にも関わらず元気よく駆け足でやってくるそのバイタリティは見事である。
街行く人々だけでなくギルド内からも視線が向けられ、更に目立っている気がした。
「フィオンさん、どうしました?」
「ほら、あなたにまだしっかりとしたお礼をしていなかったじゃない。昨日もランドルフの様子を見に来てくれたって聞いているわよ。」
「それなら本当に気にしないでください。俺も昔大怪我を負ったところを、無償で治療してもらったことがありますから。」
それに治療自体が難しかったというわけでもなく、魔石の在庫はまだ大量にあるため治療費を請求する必要性は本当にないのだ。
もっともランドルフさんが完治していなかったという点から見て、治療に難しさを感じなかったのはグレイシアさんの治療水準が普人のものよりも遥か先をいっているからだろう。
俺は透視スキルと治療を組み合わせた彼女の知識を教わり、どういう症状を訴えて表面にどういう症状が出ていたら、体の中はどういう状態になっているからそれを治療するにはどうすればいいのかということを学んだのだ。
後は前世の知識で幾らか補足はしているが、彼女の治療と比べれば遥かに劣るのは間違いない。
「気軽に頼んだ私が言うのもなんだけど、普通の治癒魔術師が匙を投げた体を完治させたのって『ありがとう』の一言じゃ済ませられないのよ?私にできることは何かないの?」
「ありません。大人しく『ありがとう』の一言で済ませてください。」
中途半端に断っても仕方がないためそう断言すると、フィオンさんは困ったように微笑む。
「分かったわ、これ以上は逆に押し付けになっちゃいそうね。だけどせめて今日の夕飯くらいはご馳走させてくれるかしら?」
「そういうことなら大歓迎です。」
「良かった。綺麗どころが何人もいる良いお店を知っているのよ。今日は楽しみましょう?」
なるほど、どうやらフィオンさんは綺麗な人が一杯いるお店に連れて行ってくれるようだ。
無論年齢を考えると控えた方が良いのだろうが、フィオンさんがぜひにと言うのだからこれ以上断るのはさすがに失礼だと思うのだ。
そう、礼儀的な観点から言ってもこれは受けざるを得ないと、菓子折りを好む脳が激しく主張している気がした。
唯一残った問題があるとしたら、それは俺がフィオンさんの言う『綺麗どころ』の意味を理解できていなかったことだろう。




