66.彼は実感する。
「クシュンッ!」
吸った空気の中に埃が混ざっていたのかも知れないが、ギルドからの帰り道で唐突にくしゃみが出た。
あるいはどこかで誰かが噂をしている可能性もあるのだが、綺麗なお姉さんたちならば歓迎どころか今すぐ本人が駆けつける所存である。
今日の試験だが、ある意味曖昧な内容ではあったもののウィルフリッドさんから直々に合格とのお言葉を頂いているため問題はないはずだ。
受領印のついた依頼書をマリーさんに持って行った時には、幼気な少年に対して随分と偽造を疑っていたのが悲しい。
気持ちは理解できなくもないのだが、幻人に生まれて大魔王に鍛えられた挙げ句に弱かったら大問題である。
俺の戦闘力はこちら側で上位に位置するようで一安心だ。
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宿に着くまでに少し寄り道をして、昨日治療を行ったランドルフさんの家へと向かうことにした。
相変わらず家へと向かうまでの路地には貧しい人々が座り込んでおり、暗い瞳でこちらを見つめてくる。
魔物に囲まれるのとはまた違った危機感を覚えていると、目の前にある曲がり角から数名の男達が姿を現して進路上に立ち塞がった。
彼らは汚れきって元が何色だったのかもよく分からない服を身に纏い、手には質の悪そうなナイフを持っている。
「よぉ、一人でこんなところに何の用だぼく?」
「こんにちは、ちょっと人を訪ねるところでして。もしかして道案内の方ですか?」
こんな格好の道案内がいたらそれはそれで困るのだが、街に来て日が浅いために一応確認をしてみた。
残念ながら彼らは俺の言葉を聞くと、欠けた歯を覗かせながらゲラゲラと笑い出した。
「ぎゃははは。そうさ、道案内だよ。けどなぁ、そのためにはちぃとばかし高い料金がいるんだ。」
「あの、子供割引で無料にはなりませんか。」
ナイフをちらつかせる彼にそう言った後、道端に落ちている拳大の石を一つ拾い上げる。
彼らが何事かと少し警戒するのを横目に、手の中にあるそれを力任せに握りつぶした。
手の中の石は鈍い音を立ててその形を崩し、小さな石となって地面へとこぼれ落ちていく。
「もしも無理矢理お金なんて取られたら、人間不信に陥る余り別れ際の握手で力加減を間違ってしまうかもしれません。」
そう言いながら笑顔を向けると、良心の呵責に耐えかねたのか先頭に立っている男が舌打ちをした。
「ちっ。力はあるってことか。おい、お前ら撤退するぞ。」
「あれ、どこに行くんでしょうか。お金は払えないですが、道案内自体はして欲しいです。」
「くそっ!?体が動かねぇ。分かった!案内する、案内するから!!」
撤退しようとした男の肩を掴んで愛らしくお願いしてみると、無事に引き受けてもらえたために手を離した。
気が付けば彼の後方にいたはずの仲間たちの姿は既になく、見捨てられてしまったらしい。
「もうちょっと仲間は選んだほうがいいと思いました。」
「返す言葉もねぇ。それでどこに案内すればいいんだ?」
「場所は知っていますよ。ただ、またこういう状況になると困ります。面倒を見て下さい、臨時保護者さん。」
俺がそう返事をするとこちらを睨んでくるのだが、すっかりと図太くなってしまった神経には響かないようだ。
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ランドルフさんの家の近くまで移動したところで、臨時保護者さんとは別れの握手を交わした。
無論お金は要求されなかったので優しく包み込んだのだが、手汗で濡れていたのは探検者のアイドル相手に緊張でもしていたのだろうか。
「こんにちは、ランドルフさん。その後のお加減はいかがですか?」
相変わらず薄暗い部屋に足を踏み入れながら彼の居場所へと向かうと、そこには眠っているラヴィさんを見つめるランドルフさんの姿があった。
どうやら身体はすっかりと回復しているらしく、俺の存在に気付いた彼はこちらを向いた。
「その声は・・・間違っていたら済まねぇ。もしかしてお前がセイランスか?」
「はい、皆のアイドルセイランスです。その後の経過を少し確認しにきました。」
よく考えれば視力が回復してから姿を見せたのは初めてであるため、改めて挨拶をした。
彼は少し目を見開いた後、ラヴィさんの髪の毛を優しく撫でながらゆっくりと独り言のように呟く。
「目がな、見えるんだよ。ラヴィのやつ前に見た時はまだちっちゃかったのによう、すげぇ成長してんだ。母親似の美人になってらぁ。」
「それはまた随分と良い奥さんを手に入れたんですね。」
「それに足も動くんだ。何をどうしたってちっとも動かなかった足が、動くんだよ。まだうまく立てねぇが動くんだ。」
「徐々に慣れさせていけばまた歩けるようになりますよ。」
独白のような言葉に、一つずつ返事をしていく。
気がつけば彼の目からは涙が溢れ出しているのだが、きっと昨日まで酒を飲みながら流していたものとは種類が違うことだろう。
「済まねぇ。ありがとう、ありがとう。」
「いえいえ、どういたしまして。」
思えば練習を除いて最後に治療を行ったのは、魔物が集落に現れた7年前だっただろうか。
あの時は結局ガイさんを中途半端にしか治療できなかったから、ある意味これが俺が行った最初の正式な治療ということになるのかもしれない。
今でもまだ昔母にされた話のような展開になりたいとは思わないし、純粋な治癒魔術師として生きていきたいとも思わない。
俺にとって治癒魔法はやはり数ある手段の一つであり、力を付けたのはこの世界を旅するためだ。
だがこうして誰かを救い喜んでもらえるならば、縁を持った相手を治療するのもいいものだと思えた。
真面目な作者です。こう書くと普段は不真面目みたいですが、いつも真面目です。
ここは別れ道というより、幼い頃の選択の再確認となりました。
ダルク大魔王と出会い力を得ましたが、それでも昔と変わらずに『大切にされたい』よりも『自由が欲しい』を選ぶのか、と問いかける出来事でした。
力を得ると昔とは変わってしまう人も少なくありませんが、セイランスの場合は変わらなかったようです。




