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異世界で生きよう。  作者: 579
4.彼はこうして街で過ごす。
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65.彼は噂される。

 冒険者ギルド3階の一番奥に位置する部屋で、ペンを走らせる音だけが室内に響き渡る。


 この部屋の主は23歳という若さでギルド支部の長に就任し、以来30年以上この支部を纏め上げているクリークだ。

 年齢とは裏腹に全く衰えを見せぬ豊富な髪を後ろで一括りに纏めている彼は、ふと手を止めると随分と皺のある眉間を解しながら呟いた。


「今日の書類はもうすぐ片付きそうですね。そう言えば、そろそろ試験結果の報告が上がってくる頃でしょうか。」


 冒険者登録において試験を課すというのは、当時前例のない試みであった。


 死亡率の高い冒険者は一般的に消耗品として扱われているため、試験によって供給量を制限することに対して懐疑的だったのだ。

 無論冒険者として一人前と言えるDランク以上であれば社会的に一定の評価を得られるものの、Eランク以下はそれこそ社会の中でも底辺に位置している。

 そのような状況を憂い改善を試みたのが彼であり、30年以上支部長として君臨しているという事実からその功績の大きさが分かるだろう。


 実際冒険者の質が大きく向上したこの街においては、そのランクに関わらず一定の社会的評価を得ているのだ。

 最近ではこの街で冒険者登録を行ったということが、一種のステータスを持つと聞いている。


 そのような中で普段は単純に冒険者の実力を見ているのだが、今回は少し趣向を変えて擬似的な依頼達成を条件としてみた。

 普段とは異なる試験によってどのような人材が集まったのか、彼は興味を持っている。


●●●●●


 ちょうど書類が片付こうかという頃、クリークの耳に扉を叩く音が聞こえてきた。


 彼はてっきり職員が試験結果の報告に訪れたのだと思っていたが、扉が開くのと同時に聞こえた声は職員のものとは到底思えない乱暴なものだ。


「おい、クリーク。入るぞ。」


 冒険者ギルドの支部長を呼び捨てにするという、職員であれば真っ青な顔をする行為をして入ってきたのはウィルフリッドだった。


 とはいえ彼が並の人物であったならばクリークも苦言を呈するのだが、この街に数少ないAランクとあっては大目に見ざるを得ない。

 ウィルフリッドは当然の如く応接用に設置された椅子に深く腰掛けると、足を組みながら口を開いた。


「おい、聞いてくれよクリーク。」

「はぁ、全く。あなたの実力は認めていますが、もう少し礼儀と言うものを覚えてくれませんかね。」

「今はそんなこたぁどうでもいい。今日な、実は俺負けちまったんだよ。」

「また賭博ですか?稼いだ金を何に使おうがあなたの自由ですが、身持ちはもう少ししっかりとすることをお薦めしますよ。」


 部屋にやってきて何を言い出すのかと思えばまたいつもの賭け事の話かと、クリークはうんざりした顔をする。

 この男はたまに用事もないのにこの部屋にやってきては、人が仕事をしていてもお構いなしに雑談をして帰っていくのだ。


 だが、今回に限っては普段とはその内容が異なっていた。


「いや、そうじゃねぇ。訓練場で戦って負けたんだよ、しかもまだ成人していないような糞ガキに。」

「そうですか、それはまた笑えない冗談ですね。」

「いや本当なぁ。だけどあれ、実際バケモンだぜ。何てったってヒヒイロノカネで斬りつけて弾かれたからな。」


 ウィルフリッドの話をそこまで聞いた後、クリークは違和感を覚えて真剣に彼の方を見た。

 クリークは今まで目の前の人物が冗談を言っていると思っていたのだが、どうも冗談を言っているような雰囲気には見えないのだ。


「もしかして本気で言っていますか?」

「おい、そもそも俺がここに来て下らない話をしたことがあったとしても、冗談を言ったことがあったかよ。」

「いえ、ありませんね。詳しく聞かせてください。」


 未だ半信半疑ではあったが、実質的に普段のウィルフリッドの話を下らないと肯定してしまう程度には衝撃を受けたクリークは、彼に事情説明を求める。


 何せAランクといえば誤解を恐れずに言うならば人外の化物である。

 そのような相手に勝った挙句、化物をして化物と呼ばせる存在に興味を覚えないはずがない。

 ウィルフリッドがつい先程起こった出来事を話している間クリークは黙って耳を傾け続けた。


「あなたの話を疑うわけではありませんが、やはり信じ難いですね。貴重な空属性や、音属性の高ランク魔石を持っているのはまだいいとしても、あなたが近づき難い程の怪力とヒヒイロノカネでも傷つかない肉体ですか。」

「獣人の国ウォルフェンじゃ武術が発達しているらしいし、そっちのマスタークラスかとも思ったがどうなんだろうな。さすがにあの若さで辿り着けるもんかね。肉体の方は完璧にスキルだろうが。」


 ウィルフリッドの話が事実ならば尋常ならざる少年であると、クリークは思う。


 確かにウォルフェンにある一部の武術を高度に修めているならばあり得ないとは言い切れないが、そもそもあの国で生まれた獣人は15歳になるまで国外に出ることを許されていないはずだ。

 また身体強化系のスキル自体は然程珍しくもないが、切れぬ物を探す方が困難と言われている金属を通さないというのはやはり異常である。

 もっとも、だからこそAランクのウィルフリッドをして化物と言わしめているのだろう。


「お前いつも愚痴っているだろ。優秀な人材が足りないってよ。だったら唾でもつけとけ。」

「優秀な人材は確かに欲しいのですが扱いにくいのも困るんですよ。あなたみたいにね。」


 そう言ってクリークはウィルフリッドを睨むのだが、彼は怯みもしなかった。


「くはっ。お前にとって都合よく動いてくれる奴ばかりいてたまるかよ。だが、あいつはどうだろうな。俺の見立てじゃ、餌をぶら下げりゃ意外と扱いやすいがその餌が難しいってところだ。」

「金や名誉では動かないということですか。つまり探検者に近い気質を持っているのですね。」

「あぁ、それだそれ。まぁ、お前もよく分かっていると思うが、強いやつなんてな皆癖があるもんだ。」


 そう言いながら頭の後ろで手を組み、机の上に足を乗せて寛ぐウィルフリッドに対して、『あなたの場合はありすぎですけどね。』とクリークは内心ぼやいた。

 ちょうどそのタイミングで、ウィルフリッドの時よりも控えめに扉を叩く音がした。


「クリークさん、レオンです。例の件の報告に来ました。」

「あぁ、ご苦労様です。入って下さい。」


 クリークの許可と共に室内に入ってきたのは、ウィルフリッドと同じAランク冒険者であるレオンだ。


 体にローブを纏っているために体格は分かりにくいが、少なくともウィルフリッドのように好戦的な雰囲気は感じられない。

 レオンはソファに座っているウィルフリッドに気付くと、親しげに話しかけた。


「おや、ウィルフじゃないか。またクリークさんの部屋に雑談に来ているのかい?全く、君も寂しがり屋だね。その粗雑な格好と言動を直したら友達だってできるかもしれないよ?」

「うるせぇ、ほっとけ。それよりもお前は何のようだ?」

「いや、実はね。『二杖の光』の連中がこの街に入ったという報告があって、それを調べていたんだよ。」

「くはっ。そりゃまた面倒だな。」


 ウィルフリッドがそう呟くのも無理からぬ話で、二杖の光はゼファス教信者の過激派によって構成されている集団だ。

 普人と獣人が共存し、魔人とも一部国交を持つ現在の大陸情勢に対して神への裏切りだと宣言し、各地で破壊活動を行っている。


「ところで、君の方こそ今日の雑談の内容は一体何だったんだい?」

「あぁ?あー、負けちまったんだよ。糞ガキに。」


 同じAランク相手には言い難いのか少し言葉を濁すが、それでもウィルフリッドは今日起こった出来事を話した。


「へぇ、それはまたすごい新人が現れたもんだね。君が勝てないなら僕も無理かな。」


 ウィルフリッドの話を聞いたレオンは、別段からかうことをせずに素直に驚嘆の声を上げた。


 レオン自身ウィルフリッドの実力はよく認めているし、実際に単純な殺傷能力という意味では自分が優れているが、一対一でやりあったならば負けるだろうと予想している。

 レオンはその話を聞いて、ふと昨日目撃した面白い少年のことを思い出していた。


「そう言えば僕も昨日面白い子を見たね。買い物に行った時に、偶然ブーレルが魔物化したんだよ。被害が広がる前に倒したんだけど、一人の少年が僕よりも早くナイフを投げて魔石を破壊したんだよね。」

「Dランクの魔物をナイフを投げて一発たぁ見所があるじゃねぇか。なかなか出来る芸当じゃねぇよ。」

「うん、だから僕も面白いなって思ったのさ。次に会うことがあれば少し話をしてみたいね。確か他の獣人達よりも綺麗な茶色の髪をしていて・・」

「童顔で、緑色の鎧と黒いマントを着けた糞ガキか?」


 自分が続けようとした言葉を取られたレオンは目を丸くするが、その反応を見たウィルフリッドは溜息を吐く。


「そいつの名前はセイランス。俺が今言ったガキだよ。」

「なるほどね。うん、僕の目もまだ腐っていないようで安心したよ。」


───コンコン


 今日は随分と来客が多い日らしく、彼らの会話を遮ってまたも扉を叩く音がした。


「おう、なんだ。とっとと入ってこい!」

「勝手に返事をしないで頂けますかね。失礼しました。どなたですか?」

「私よ、私。」


 ウィルフリッドを諌めつつもその特徴的な喋り方で、クリークはやってきた人物に検討を付けた。

 そして実際に扉を開けて入ってきた人物は想像通り、引退したAランク冒険者フィオンだった。


「あら、Aランクが二人も揃ってクリークちゃんの部屋とは珍しいわね。」

「あはは、お久しぶりです。フィオンさんも入れれば3人ですよ。」

「やぁねぇ、私はもうそこまで力は残っていないわよ。最近は加齢ですっかり衰えちゃって。」


 フィオンは既に70歳を越えているため、確かに今も現役の時のような力を持っているかと問われれば否定せざるを得ない。


 実際フィオンの肉体は脂肪にまみれてこそいないものの、既に街の外で長時間活動することには耐えられないだろう。

 もっとも全ての力を失ったわけではないのもまた事実であり、ファイティングブレル程度ならばレオン同様に瞬殺できるのは間違いない。


 新旧Aランクの会話が一段落付いたところで、クリークはフィオンへと話しかけた。


「フィオンさんがギルドに来るのは珍しいですね。いつも稼ぎの少ない冒険者に薬を売ってくださり助かっています。今日はどうしたのですか?」

「いえね、人を訪ねにいったらギルドだっていうから来てみたんだけど、どうやらすれ違いになっちゃったみたい。せっかくだからここに顔を出したのよ。」

「そうでしたか。名前をお聞かせ頂ければギルド内にいるか正式に確認しますよ。」


 引退したとはいえかつてこの街のギルドに多大な貢献をした人物を無下にはできない。

 そういった判断から何気なく出た言葉だったが、フィオンが発した次の一言で驚愕する。


「セイランスっていう子を探しているの。」

「またですか・・・。」


 同じ日に新旧合わせて3人のAランク冒険者の口から出た名前に、さすがのクリークもそう呟かざるを得なかった。


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