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異世界で生きよう。  作者: 579
4.彼はこうして街で過ごす。
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64.彼は試験を受ける。

 5の鐘が鳴ると同時に目が覚めた俺は、瞼をこすりながらベッドから身体を起こした。


 こちら側では鐘の鳴る回数によって大まかな時刻が決まっており、故郷よりは時間がはっきりと分かる。

 現在は地球で言うところの午後12時頃に相当し、日の出と共に活動を始めるこの世界では寝すぎである。


 身支度を整えて一階へと降りると、当然の如くそこでは昼食が振る舞われていた。

 食事の配給でせわしなく動きまわっているカナはこちらに気付くと頬を膨らませた。


「セイランスお兄ちゃんやっと起きました。今日はギルドの試験日なのに大丈夫なのですか?」

「そうですね、一応指定では鐘2つから7つが試験時間らしいので大丈夫だと思います。」


 俺も確実なことは言えないため、彼女に対してそう曖昧に返事をした。


 少なくともギルドでそう説明を受けているのだから受験不可能ということにはならないだろうし、今更どうしようもないと思うのだ。

 それに加えてお腹が空いていては試験どころではないため、とりあえず昼食を平らげることにした。


●●●●●


「セイランスくん、遅すぎです!貴方は一体何を考えているのですか!?」


 どうやら昼食を平らげている場合ではなかったらしい。


 ギルドへと到着した後に数日前に受付を担当してもらったマリーさんを見つけてそちらに向かったのだが、何と彼女は俺に気づくと同時に迫ってきたのだ。

 この時点で怒っていることに気付いたのだがまさか逃げ出すわけにもいかず、何とか笑みを浮かべてコミュニケーションを図ろうとしたら上記の展開である。


「聞いて下さいマリーさん。実は昨日夜遅くまで人助けをしていたんです。それで、どうしても寝るのが遅くなりました。」

「そんな見え見えの嘘が通用するわけがないでしょう!?全く、試験日に寝坊とは何を考えているのですか!よりにもよって今回の試験で!!」


 初日の時とまるで対応が異なるのだが、こちらが彼女の素なのかもしれない。


「あぁ、頭が痛いです。2から7の鐘の間なんて説明をした私が悪かったのでしょうか。」


 俺の腕を強く引っ張り受け付けに到着すると、今度は自分の言い方が悪かったのだろうかと反省し始める。

 彼女の責任ではなくこちら側の問題であるため、まずは彼女を慰めることにした。


「そんなに落ち込まないで下さい、まだ時間はありますから。」

「それは私があなたに言う台詞です。本人が言ってどうするんですか!?」


 彼女は鋭い突っ込みを入れると、こうしている場合ではないと思ったのか首を少し振ってから説明を始めた。


「いいですか、よく聞いて下さい。確かに今はまだ試験時間内なので受けられますが、状況はよくありません。今回の試験は早い者勝ちですから。」

「早い者勝ちですか?」


 まさか先着何名様などというどこかの店の集客ではないと思うのだが、首を傾げる俺に対して彼女は依頼ボードを指差した。


「今回の試験内容は擬似依頼の達成です。冒険者になったら日常的に受ける依頼を、達成できれば合格になります。依頼者は今日一日時間のある冒険者やギルド職員です。難易度は本来同様に様々なのですが、擬似的であるが故に面白がって達成困難なものも混じっているのです。」

「つまり試験開始から半分以上経過している今は、難しい依頼しか残っていないということでしょうか。」

「えぇ、その通りです。試験について知らなかった時点で、開始前に来るように念を押すべきでした。」


 再び落ち込み始めた彼女を慰めながら、俺は先程指差された依頼ボードを覗き込んだ。


 既に多くの依頼書が剥がされた跡が残っており、現在張り出されているものは10枚にも満たない。

 それらの依頼内容を見ると、確かに無茶なものが目立っているようだ。


・デルム支部専属治癒魔術師プリジット

 万能治療薬『聖魔王の涙』の配達

 大戦期に多くの味方の命を救ったとされる聖魔王秘伝の薬を持ってくること。持ってくるだけで良いが、可能ならば研究のために一部常渡を求む。値段は応相談。


・B級冒険者・探検者グリフィス

 『幻人』に関する新情報

 今までに発覚していない幻人の新情報を証拠と共に提示すること。


・B級冒険者フレッド

 『重属性のAランク魔石』の買い取り

 魔人の固有属性である重属性が込められたAランク魔石を金貨1000枚で買い取りする。


「あれ、おかしいですね。不思議とどれも心当たりがあります。」

 

 魔人ですら入手困難な代物の要求や、道が塞がってから数百年経つ幻人の新情報を要求されているにも関わらず、無茶な要求に対して危機感を覚えないから不思議である。

 いざとなれば聖魔王の涙でも幻人の新情報でも重属性の魔石でも差し出そうと達観しながら、他の依頼書にも目を通していると一つ目を引くものを発見した。

 俺は少しだけ考えてその依頼書を手に取ると、依頼主が待っている場所へと向かった。


●●●●●


 ギルドの横に設置されている訓練場の扉を開くと、そこでは一人の男が地面に腰掛けていた。


 片耳と鼻、そして唇にピアスを付けて赤色に髪を染め上げた彼は、街で見かけたら是非道を譲りたくなるような人物である。

 彼は扉が開いたことに気付くと、こちらの方を見てから呆れた様に口を開いた。


「おいお前、その扉を開くのがどういう意味か分かっているんだろうな?それとも只迷い込んだガキか?」

「いえ、貼られた依頼書を見てきました。ちょうどいい機会ですから。」

「あぁ?ちょうどいい機会だ?」


 こちらの返事が気に障ったのか、彼はそれまでよりも口調を荒くして睨みつけてきた。


「自分の力を確認するのは大事なことだと思いました。」


 俺が手に取った依頼書はAランク冒険者であるウィルフリッドさんのものだ。

 依頼内容は至ってシンプルであり、『退屈故に強者を求む。第一訓練場まで来られたし。』


 彼はゆっくりと立ち上がると、その身から闘気を漂わせる。


「随分余裕じゃねぇか糞ガキ、少し調子に乗りすぎじゃないか?」

「違うんです、聞いて下さい。この数年の間になかなか怯えられない体にされてしまったんです。」

「冗談を言う余裕もあるのか。あぁ、悪くねぇな。いいさ、強者との戦いってのには期待できそうにないがお前みたいに生意気なやつとやるのもいい。お望み通り力の差を思い知らせてやろうじゃねぇか。」

「あの、それじゃあいきますね。」


 相手からの許可を得たため、そう告げた瞬間に力を込めて地面を蹴った。


 目に映る景色は瞬く間に後方へと流れていき、離れていたはずの距離は一瞬で縮まる。

 もうすぐ手が届きそうになろうかという距離で、彼の目が大きく見開いたのが分かった。


『アースシールド』


 それはもはや度重なる戦いで身についた反射とも呼ぶべきものなのだろう。


 彼は身動きよりも早く咄嗟に厚い土の壁を間に出現させるが、それに対して勢いを緩めることなくそのまま拳を大きく振りぬいた。

 拳と土の壁が接触した瞬間に壁ははじけ飛び当たりに残骸が霧散する。

 拳はそのままウィルフリッドへと到達し、次の瞬間には彼の姿がその場から消えていた。


 拳が当たって後方へと吹き飛んだのではなく、当たる前に消えたのだ。

 周囲を見回すと、どういうわけか彼は俺の後方から離れた場所に立っていた。


「あれ、もしかして空間魔法ですか?」

「おいコラ。てめぇ、戦う前にせめて情報収集くらいしてきやがれ。俺の称号は『瞬転』、瞬間移動の魔法系スキル持ちだ。」

「それはまた、随分と便利で厄介そうなスキルですね。」


 その範囲は不明だが、彼はほぼ無制限に瞬間移動が出来るということなのだろう。


「お前こそ一体何だ?今の一撃、どう考えてもガキの放つもんじゃねぇぞ。」

「普段厳しそうな人に褒められると照れますね。」

「まともに答える気はないってか。さっきから上等だこの糞ガキゃあ。『アースウェーブ』」


 彼の言葉と共に轟音を響かせながら訓練場にある地面の半分が持ち上がり、巨大な地の津波となって荒れ狂う。

 現在視界を覆い尽くしているのは雪崩のように押し寄せる流砂であり、飲み込まれれば本来大怪我を負うに違いない。


『スペースワープ』


 さすがにこの物量を正面から対処するのは難しいため、空間魔法でその範囲外へと逃げ出した。

 それから数秒後には先程までいた空間が流砂に飲み込まれて土煙が舞う。


「あの、幼気な少年をもう少し労るべきだと思いました。具体的に言うと小さな土の塊を衝突させるところから始めて欲しいんです。」

「ちっ、俺に早々にスキルを使わせたやつがこの程度でくたばるかよ。空間魔法たぁ、俺への当て付けかてめぇ。」


 彼は額に青筋を走らせながら悪態をつくが、Aランクというのはやはり伊達ではないらしい。


 何せ躱したはずの流砂が再び動き出して津波へと形を成しており、これだけの物量の現象を操作可能な状態で起こしているのだ。

 まるで生き物のように動きまわる流砂が休むことなく襲いかかってくる。


「おい糞ガキ、さっきまでの威勢はどうした?言っておくが、俺の魔力はまだまだ尽きねぇぞ。」

「確かにこのままだと辛いですね。『空精よ』」


 俺は空間収納から魔人数人分の魔力に相当するBランクの魔石を取り出した。

 使うのは亜人の中の一つハーピー族の音魔法であり、イメージするのは耳を劈き建物までをも物理的に振動させる程の爆音である。


「音精よ、混じり合わさりて音を奏でろ 脳を貫かんが如く 万象を揺らさんが如く『サウンドパニック』」


 その瞬間にまるで大地震が起きているかのように地面が、建物が、空気が激しく振動する。

 音は幾重の激しい波となってウィルフリッドの耳へと伝わり鼓膜を振動させ、そして脳には到底処理しきれない情報として伝達された。


「ふざけんな。こりゃ、ハーピー族の共鳴魔法かよ!?」


 処理の追いつかなくなった脳は魔法を拒否し、先程まで自由自在に動いていた流砂は一斉にただの土へと還る。

 おそらく今の彼の耳にはしばらく音という音が聞こえず、脳への過負荷で魔法も使用不能になっているはずだ。


「おいてめぇ、どこでその魔石を手に入れやがった!?」

「道で拾いました。『空精よ』」


 聞こえるはずのない彼に適当な返事をしながら、この機会を逃すまいと空間収納から弓矢を取り出す。


 それは幻人の力に耐えられるよう加工の難しいパワフルディアの角が本体に使われている。

 レックスさんからもらったもので、ジェドさん曰く金貨数百枚は下らない一品らしい。


 弓を左手に持ち構え矢を右手に持って弦を引き絞ると頑丈な弓と弦は幻人の力で引き絞っているにも関わらず壊れることなく、キリキリと音を立てて矢が発射される瞬間を待っていた。


 手を離した瞬間に矢はまさに銃弾の如き速さでウィルフリッドの元へと吸い込まれ、彼はかろうじてスキルによって遠方へと瞬間移動して躱す。

 標的を失った矢は、頑強に作られているはずの訓練場の壁を破り突き刺さった。


「今度は俺が一方的に攻める番ですね。」


 再び矢を番えると彼が居る場所に向けて亜音速の矢を放つ。

 魔法を使えない彼はスキルを使って逃げ続ける他なく、回避に失敗すれば身体が矢に貫かれることは避けられないだろう。


 矢を放つ。躱される。矢を放つ。躱される。矢を放つ、躱される。

 矢を放つ。躱される。矢を放つ、身体を掠める。


 いかにスキルがイメージだけで発動できようとも、矢を避け続けるというのはそれだけで難易度が高い。

 矢はついに貫くとまではいかないものの彼の身体を掠め取った。


 この調子で追い詰めていけばそのうちに勝てるだろうと思っていた俺の耳に、叫び声が聞こえる。


「この程度で終わるわけねぇだろ、糞ガキ!!」


 その言葉と共に、彼は腰に帯びた剣帯から一振りの剣を抜いた。


 今まで触る素振りも見せなかった剣の刀身は緋色に妖しく輝いており、ダルク様に一度見せてもらったこともあるそれは間違いなくヒヒイロノカネだ。


 この世界にはいくつか貴重な金属が存在し、俺が持つナイフのミスリルもその内の一つである。

 ミスリルは言わば優等生、切れ味・強度共に高い水準を持つ金属だ。

 それに対してヒヒイロノカネは切れ味に特化した、最攻の金属と言える。


 相応しい使い手が使用したならば斬れぬものはないと謳われており、以前ダルク様に使われた時はスキル使用状態の俺の皮膚に傷を付けた。

 彼はその剣を構えると瞬間移動によって姿を消し、コンマ数秒後には剣を振りかぶった状態で俺の目の前へと姿を現した。


 咄嗟に弓を手から離した俺は、腰のミスリルナイフを抜いてヒヒイロノカネの刀身を受ける。


───ガキンッ


 二つの貴金属が衝突し、甲高い音を立てた。


「ちっ、今度はミスリルかよ。てめぇは博物館か何かか!!」

「ヒヒイロノカネを振り回す人に言われたくありません。」


 接近戦なら歓迎したい所だが、彼の攻撃はただの接近戦ではなく強力なヒットアンドアウェイだ。


 これまでのやり取りで純粋な力勝負では勝ち目がないと分かっているのか、一撃加えると即座に瞬間移動で姿を消し、すぐ様全く別の方向から斬りかかってくる。

 まるで姿の見えない敵から攻撃を受けているかのようなそれは、悪夢以外の何物でもない。


 それでも本来であればスキルに絶対の自信を持って構えるのだが、相手が使うのは俺のスキルを持ってしても防ぎきれぬ可能性のある最攻の武器だ。

 縦横無尽にあらゆる方向から現れる斬撃に対処し切れなくなった俺はついに、その攻撃を自分の身に受けることを許してしまう。


───ギンッ


 刀身同士がぶつかるよりは一寸鈍い音をたて、持つはずだった魔力の大半を費やした俺のスキルと世界最攻の金属が相対する。


「おいおいおい、冗談だろ。」

「信じていましたお姉さん。」


 その刃は俺の皮膚に食い込めておらず、結果はスキルに軍配が上がったようだ。


 おそらくヒットアンドアウェイであるが故に十分力の乗った一撃を繰り出せず、ヒヒイロノカネ本来の力を発揮しきれていないのだろう。

 彼の想像を遙かに越える事態に対して一瞬できた隙を見逃すことなく、胴体目掛けて拳を滑りこませる。


「げウッ!」


 着けている装備だけでは衝撃を吸収しきれなかったのか、彼はうめき声と共に地面を何度もバウンドしながら吹き飛びその勢いのまま訓練場の壁へと叩きつけられた。

 それでも口から血を吐き出しながらすぐに立ち上がる辺りはさすがだろう。


「あぁ、そりゃねぇわ。この剣で傷付けられねぇならどうしろっていうんだ糞ガキ。」

「剣の腕が足りないんだと思います。」

「言ってくれるじゃねぇか。だが確かに、剣は苦手だな。」


 会話が成立しているということは、どうやら耳は聞こえるようになったらしい。


 再び魔法も使える程度には脳が回復しているはずだが、彼からは既に戦意が消えていた。

 彼は血の混じった唾を地面に吐き捨てると、頭を掻きながらぶっきら棒に告げる。

 

「今の俺にはお前に止めを刺す手段が思い浮かばねぇ。依頼は達成だよ、文句ねぇくらいに。なぁ、お前そういえば名前は何だった?」

「セイランスですよ。おっかない師匠達に鍛えられた幼気な少年です。」

「そりゃあ、おっかねぇだろうさ。」


 そう呟いて彼は地面へと座り込んだ。

どうしましょう、セイランスが格好良く見えるのです。

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