62.彼は街を歩く。
「セイランスお兄ちゃん、荷物を持ってくれてありがとうです。」
「どういたしまして。俺ほど重い物を持つことに長けた人材はこちら側にいないと自負しています。なかなかお目が高いですね。」
昼下がりの太陽が街を明るく照らし出す中、食材の入った袋を片手に歩きながらカナにそう返事をした。
図書室を訪れた翌日、俺は彼女と共に買い出し兼街の散策に来ていた。
特に用事のなかった俺は街を見て回ることにしたのだが、食堂で口に出して呟いたばかりに妖精さん達に耳聡く聞かれ、デート云々というよく分からない話へと発展した。
幕を開けてはいけない何かが押し寄せている気がして冷や汗を流していた俺に、女神の如く現れて手を差し伸べてくれたのが隣にいる少女である。
例え荷物持ちとして体よく利用されているのだとしてもその神々しさに陰りはないのだ。
「次はどこに向かうんでしょうか。是非太陽が沈むまで付き合わせてください。」
「うーんと、次は牛乳屋さんなのです。」
そういえばメニューに乙女の愛情たっぷり特性ミルクなどという名前が載っていたことを思い出す。
軽い現実逃避のように視線を遠くへやると、公衆浴場らしき建物が視界に入った。
この世界では獣人以外の種族は大なり小なり魔法を使えるため、日常生活においてはそれが遺憾なく発揮されているのだろう。
公衆浴場であれば水属性に適正のある者達がお湯を作ることで実現しているものだ。
他に例をあげるならば目の前に整然と広がる街並みこそが土魔法の産物であり、それによって比較的容易に建造物を作れるのだから木造建築などないのも納得である。
牛乳を求めて辿り着いたのは全体を厚い壁で覆われた物々しい建物だった。
刑務所と勘違いしそうになるここは間違いなく牛乳を販売している場所であり、何故こうも物々しいのかといえばそれは動物を飼育しているからだ。
街の中では基本的に魔物化する動物がいないという環境で、数少ない例外が日常生活に欠かせない家畜である。
それらは魔物化した場合のことを考えてこのように厳重な環境で飼育されているようだ。
中へ入ると鉄格子の柵から、ここで飼育されているブーレルという動物が目に入った。
全身が白い毛で覆われており、つぶらな瞳が愛くるしいのだが、その体は牛程の大きさがあるため魔物化した場合に厄介だと分かるだろう。
実際彼らが魔物化した場合にはファイティングブレルというDランクの魔物になる。
カナが牛乳を購入するのを待つ間、ブーレルを眺めていると柵の中から連れ出される一匹を見かけた。
「ありゃあ、間引かれるんだねぇ。」
「間引かれるんですか?」
「魔物化しないように一定年数経ってもまだ生きているブーレルは処分されるのさ。可哀想だけど、魔物化してからじゃ遅いからねぇ。」
手から買い物袋をぶら下げた女性が、その光景を見て首をかしげる俺にそう説明してくれた。
係員は処理する予定のブーレルを一旦近くの柱に縄で縛ってから扉を閉め始めたのだが、尚も鳴き声を上げ続けるブーレルの様子がどうもおかしい。
鳴き声が段々と低く荒々しいものへと変わっているのだ。
その光景を見て嫌な予感がしていると、突如ブーレルの体が膨れ上がり辺り一帯に眩しい光を放った。
その光量に誰もが目を瞑る中、徐々に光が収まるとそこにはDランク魔物であるファイティングブレルの姿があった。
全身の筋肉が遠目で見ても分かるほどに盛り上がっており、頭にはネジ曲がった頑強な角が2本生えて鼻息荒くそれらを揺らす。
縛られていた縄など容易く引きちぎり、その獰猛な視線は最も近くにいた係員へと向けられた。
「ひっ!?」
まさかこの瞬間に魔物化するとは予想していなかったのだろう。
戦闘準備などまるで出来ていない彼は悲鳴を上げるとその場から逃げ出してしまったのだが、このままでは魔物が暴れ回る未来しか見えない。
俺は咄嗟に腰に帯びているミスリルナイフを握るとファイティングブレルに向けて投擲した。
ナイフは鋭い勢いでファイティングブレルの魔石が位置する場所に深く突き刺さると同時に、魔物の体は勢い良く爆散した。
『ブモォッ!?』
ファイティングブレルは短い悲鳴だけをあげて灰へと還り、周囲からは歓声が上がる。
ナイフを投げたのは間違いなく俺なのだが、関与していない爆発が気になり辺りに視線を巡らせると青いローブを身に纏った人物が視界に入った。
人の良さそうな笑顔を浮かべているが、一人だけ纏っている気配が違うのだ。
「おい、今のってあれじゃねぇか?」
「まさか『爆炎』のレオン?」
どうやら周りの者は今の現象に心当たりがあるらしく、口々に何かを発する。
「やっぱり『爆炎』だ!ほら、Aランク冒険者の!!」
やがて誰かがローブの男性に気付いてそう叫ぶと、人々は歓声をあげながら彼の元へと集まっていく。
どうやら俺の投擲を目撃した者はいない様で、少し悲しい気分になりながら爆発によって飛んでいった哀れなナイフを回収するのだった。
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「牛乳が半額になってホクホクです。」
騒がせたお詫びにと、その場にいた者たちは牛乳を半額で購入できたためにカナの機嫌は上々である。
「それにしても高名な冒険者さんがいてよかったです。動物さんが魔物になった時はどうしようかと思っちゃいました。」
「確かにびっくりしましたね。買い物がこうもスリル溢れるものだとは思いませんでした。」
この街を訪れてからまだ3日目だが、ただ日常を送っているだけにも関わらず既に驚くようなことばかりだ。
人に気付かれること無く終わった俺の活動はさておき、先程の爆発も驚くべきものだろう。
只の火魔法であれば爆発のように激しい火はともかく爆発そのものは起こせないはずだから、彼は何らかのスキルを絡ませてあの現象を起こしていた可能性が高い。
数年の間にララやダルク様によって多くの現象を目にしてきたつもりなのだが、やはり世界は広いのだと実感させられる。
「あ、そう言えばセイランスお兄ちゃん。最後にちょっと寄りたいのですがいいですか?」
「勿論です。一流の荷物持ちたるもの付きそうのは当然ですから。」
荷物持ちとして重い物を持つ能力は重要だが、それと同時に激しい自己主張をせずに雇い主の意に従うこともまた大切なことである。
いつかこの経験が何かに役立つことを期待しながら彼女と共に向かった先には一件の古びた薬屋が存在した。
表通りから一つ離れたところにあるため入りにくい印象だが、彼女にはそれを気にした様子もない。
店内にはむせ返るような薬品の匂いが充満し、棚に無造作に置かれている薬品を眺めながら奥へと進むと店主らしき老人が椅子に腰掛けていた。
「フィオンおじーちゃん、遊びに来ました!」
「あら、カナじゃない。いらっしゃい。」
何ということだろうか、もしかしたら俺は一瞬で人を見抜く能力を身に着けたのかもしれない。
少ない会話と髭一つない顔を見ただけで、俺は彼がどういう類の人物なのか、そしてカナとの繋がりを理解してしまった気がするのだ。
新しい力を身に付けたというのに全く喜びがこみ上げてこない俺を見て、フィオンさんは微笑む。
「あら、後ろにいるのはカナのお連れの方?やだ、おいしそうじゃない。」
「初めまして、セイランスです。」
「動じない所が素敵ね。青い果実食べてみたいわぁ。」
そう言って身をくねらせるフィオンさんはさすがに歴戦の猛者とあって、宿にいる妖精さんたちよりも一段階アグレッシブである。
一見すると只の危ない老人にも思える彼だが、店に存在する薬を見る限り腕は確かなようだ。
店の棚にある商品は乱雑に置かれている上に包装もいい加減なのだが、ポーションの色や薬の出来具合を見るに品質には問題ないと思うのだ。
俺も街に来たばかりで詳しくは分からないが値段も安めに設定されているようだし、この店は貧しい人々を客として運営されているのではないだろうか。
こちら側でも治癒魔術師の数は少なく必然的にかかれる者は限られているため薬は現役である。
「フィオンさん、いるかしら?」
この店が薬屋として確かな需要があることを証明するように、俺たちが訪れてからしばらくすると後方から女性の声が聞こえてきた。
「いらっしゃい、ラヴィちゃん。いつもの薬でいいかしら?」
「えぇ、お願いするわ。」
どうやら彼女は常連のようで、その会話だけでフィオンさんは薬の準備を始める。
近くまでやって来た声の主へと視線を向けると、彼女は随分と扇情的な格好をしていた。
まだ年齢が若いのだろう、だらしなく開いた胸元からは張りのある肌と弾力のありそうな谷間が覗き、膝よりも上で終わっているスカートからはすらりと伸びた生足が覗く。
目の下にある泣き黒子が一層色気を醸し出す中、彼女の視線が俺へと向いた。
「あら、随分とかわいい坊やがいるのね?」
そう言って微笑む彼女を見て、頭の中を一つの可能性が荒れ狂うように駆け抜けた。
それを否定したいという気持ちとそれを肯定するような街での経験が接戦を繰り広げる中、俺は混乱の末に呟く。
「あの、まさかそんなに魅力的なのに妖精さん達と同じ・・え・・・?」
「ふふ、あなたが何を考えているのかは分かったわ。安心して、私は正真正銘女よ。あなたをかわいいって言ったのは、いつもむさ苦しい男ばかり相手にしているから。私、娼婦なのよ。」
「危うくこの世に存在する女性全てを疑わなければならなくなるところでした。」
さすがにこの世界も幼気な少年を女性不信に陥らせない程度には良心を持ち合わせていたようで何よりである。
「この店に来たということはもしかして何かご病気ですか?まさか精力・・・いえ、何でもありません。」
「変な想像をしているところ悪いけれど、私じゃなくて父の薬よ。フィオンさん、準備出来たかしら?」
「フィーちゃんって呼んでっていつも言っているのに。出来たわよ。」
彼女は銀貨を支払い薬を受け取ると、急いでいるのか話を続けることなく出口へと向かった。
「あぁ、私の務めている所は『ラブゾーン』って言うの。精力剤が使いたくなったら来てね?」
振り向きざまにそう笑みを浮かべながら告げて、彼女は去っていく。
隣で少女が疑問を浮かべているようだがそれを知るのは後10年程早く、老人が鼻息を荒くしているのは純粋に遠慮して欲しいのだ。
「乙女の愛情たっぷり特性ミルク」は銅貨3枚で販売しています。




