6.彼は外出する。
彼は外の世界にふれ始めるようです。
ある日の午後、母が部屋に入り俺に声をかけてくる。
「セイくん。今起きているかしら?」
遅くなってしまったが俺はセイランスと名付けられたようだ。
母の名前はまだ判明していない。
父とはまだ一度も会ったことがなく、家でその影を見ることもなかった。
あなたが生まれた時に・・・。
というパターンなのかとも思ったのだが、母ならばともかく父でそのパターンは意味が分からなかった。
妻が頑張っている横でオロオロしていたら滑って転んで頭を打って死んだのだろうか。
随分とおっちょこちょいな父のようだ。
母もきっと複雑な気分だろう。
子供の生まれた日が夫の命日、原因は滑って転倒だ。
まだ見ぬ父に思いを馳せながら、俺は彼女に返事をする。
「どうしたの?まま」
「セイくんも大分動けるようになってきたし、そろそろお外に出てみましょうか。」
「ほんとう!?」
どうやらついにお外デビューができるらしい。
最近はいくらか眠気も減り、木彫人形で遊ぶのもちょうど飽きてきた所だ。
「あら、うれしそうね。それじゃあこの帽子をかぶって、ママと手を繋ぎましょうね。離しちゃだめよ?」
「うん。」
俺は母と手を繋いで玄関へと向かった。
ついに異世界の風景をこの目にする瞬間が訪れるのだ。
「それじゃあセイくん。ドアを開けるわよ。」
彼女がそう言って玄関のドアを開けると、そこから見えた風景は一面緑だった。
どこまでも広がる草原で草が風に吹かれて揺れている。
よく見ると家がポツンポツンと建っているようだ。
「どうかしら、初めてのお外は。」
「みどりいろがいっぱいだね!」
けれど、いささか緑色が一杯過ぎないだろうか。
これではまるで草原の中にいるみたいだ。
「ここは辺り一帯草原ね。そこら中に緑色のものが生えているでしょう。これを草って言って、この草が広がっているところを草原って呼ぶのよ。」
みたいではなくて、本当に草原の中にいたようだ。
いや、獣人であることを考えると、草原の中で野性味あふれる生活をしていても不思議ではないのだろうか。
彼女は初めて見る外の光景に目を丸くする俺を見ながら微笑みつつ、今日の目的について話をする。
「今日はこの集落の長・・・ここで一番すごい人のところに行こうと思うの。」
「そうなんだ。ままいがいのひとにあうのははじめてだね。」
「そうね。セイくんのかわいい姿を見てもらいにいくのよ。それじゃあちょっと歩きましょうか。」
心地よい風が吹き付ける中、俺は広い草原の中を歩き始める。
母の話にもあった通り、どうやらここは集落のようだ。
広大な土地を贅沢に使用するかのように各家が数百メートル以上離れて建てられているのが、前世で所狭しと並んでいる建物を見てきた俺には酷く新鮮だった。
だが、お姉さんの話だと確かこの世界には魔物が存在するはずなのだ。
ならばいくら広い草原とはいえもう少し集まっていた方が防衛上有利だと思うのだが、俺の考えは何か間違っているのだろうか。
いや、今日始めて外に出た俺の考えなど浅はかなもので、きっとこの配置にも深い意味や理由があるに違いない。
やがて他の家よりも少し大きな家が見えてくると、彼女はその家を指さして説明する。
「あそこに大きな家がみえるでしょう。あれがすごい人の家よ。」
どうやら、あそこが集落長の家のようだ。
他の家より少し大きい以外は何も特徴がないのだが、始めて外に出る幼気な子供のためにでかい看板を掲げてくれるサービス精神がない辺り、気の利かない人物らしい。
家の前へと辿り着くと、母がドアをノックして要件を告げる。
「マリアです。息子のセイランスをお連れしました。」
意外なところで彼女の名前が発覚したようだ。
「いらっしゃい。あの人が中で待っているわ。」
しばらくすると、中から声がして獣耳の中年女性が姿を現す。
中年女性の獣耳など随分と衝撃的な光景のように思うのだが、意外にも彼女に馴染んでいて全く違和感がない。
身体が引き締まっているのもあるのだろうが、やはり本場の獣人は違うようだ。
彼女の案内に従って歩いていくと、やがて一つの部屋へと到着する。
「あなた。マリアとその息子をお連れしました。」
「うむ。入ってもらってくれ。」
中からは低く威厳のある声がした。
本物とコスプレの違いは年を重ねて尚似合うかなのです。