61.彼は本を読む。
「セイランスちゃん、おはよう。」
「おはようございます。」
翌日、朝食を食べるために一階へと降りた俺は同じ宿に宿泊している者たちと挨拶を交わす。
既に彼らとは昨日の夜に食堂で面識があり、どうやらここはお兄さんでありお姉さんでもある妖精さん達がよく利用する宿らしい。
俺が見た妖精族はもっと可憐だった気がするのだが、こちら側の妖精は逞しいようだ。
無論親しみやすさが全くないかといわれるとそうではなく、やたらと体を触ってきたり部屋に訪れたがったりとすぐに仲良くなれるのだ。
「セイランスお兄ちゃんおはよう、昨日はよく眠れましたか?」
「おはようございます。よく眠れました。」
この宿唯一の癒やしと言っても過言ではないカナに話しかけられたため、そう返事をした。
実際時代を大きく先取りした外観と逞しい妖精さんたちを受け入れるならばこの宿は至って快適である。
部屋の中は掃除が行き届いており落ち着くことが出来たし、昨日の夕飯も十分に満足のいくものだった。
「セイランスちゃん、はい朝食よ。」
「ありがとうございます。」
どうやら今日の髪型は三つ編みらしく、肩まである髪の毛を揺らしながらこの宿の主であるロメオさんが食事を運んでくる。
髪を二房に分けることで少女のような幼さを感じさせるところがポイントであり、ダルク様が放つ魔法の破壊力にも引けを取らないに違いない。
口の中で溶けるような素晴らしいスクランブルエッグを食べていると、隣の席にカナが座って無邪気な笑顔で話しかけてくる。
「セイランスお兄ちゃんは昨日この街に来たのですよね。今日は何をするのですか?」
「今日はギルドに行く予定です。備え付けの図書室があるみたいだから、少し情報収拾をしようと思いまして。」
「図書室になんて行かなくてもお姉さんが二人きりで何でも教えてあげちゃうのに。」
聴力の優れた種族に生まれて初めてどこからか幻聴が聞こえた気がするのだが、図書室で主に調べたいことは二つである。
一つはセイクッドさんの手紙を届けなければならないアルバント国までの道のりについて、もう一つは俺を今まで鍛えてくれたダルク・アルフォードその人についてだ。
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「室内の本及び資料は持ち出し禁止です。発覚した場合は最悪ギルドカードを剥奪されるのでご注意下さい。本の内容を書き写したい場合はこちらで販売している紙とペンを使用して下さい。」
ギルドの二階にある図書室で一通りの説明を受けた後に俺は目当ての本を探し始める。
スペースは学校にあるものよりも尚狭いといったところで、そこにあるものは小説の類ではなく冒険者としてより高みを目指すものに集中していた。
その代表と言えるのは魔物に関する知識で、実際それらの本は棚を一つ占領する程に充実している。
ただその一方で大まかな地図や歴史書、果てには字の読み書きに関する本まで存在しており、冒険者として大成するためには幅広い知識が必要なことを伺わせた。
時には係員に尋ねながらも目的のものを探し出すと、備え付けの椅子に座って周辺の地図を広げる。
アルセムの大魔窟及び俺の故郷は、このグランドレル大陸において最北端に位置している。
そしてそれらと接するこのデルムの街はグレラント王国に所属しており、当然グレラント王国はこの大陸において最北端に位置する国だ。
この国はダイヤモンドに似た形状をしているため、最北端にも関わらず3つの国と接している。
一つ目の国はケルンハット王国。林業を主産業とする国で、グレラント王国の5分の1程しかない小さな国土を持っている。
二つ目の国はクレイノット王国。かつて二つの国は一つの大きな国であったらしく、この二つの国の王族には同じ血が流れているそうだ。
そして三つ目が、ケルンハットよりも更に小さい世界最小の国アルバントである。
この国では魔道具が独自の進化を遂げており、その分野においては魔法に長ける魔人や妖人の国の追随すら許さない。
また最小の国であるにも関わらず独自の魔道具が発展しているという、好戦的な国からすれば格好の獲物にしか見えないこの国の防衛に代々大きく貢献しているのがヴォルテン家だそうだ。
俺がアルバント国を訪れるためには、方角的にまずこの国の王都を目指すのが良いだろう。
手に持っている本を閉じて一息つくと、今度は横に置いてある本を手に取った。
それはダルク様について知る上で係員に薦められた一冊の歴史書であり、そこに記される程に有名な彼に関わる項目を探しだした。
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大陸に存在する国の大半は普人を主体としているが、普人が関係しない数少ない国の一つがディランド国、つまり魔人の国である。
ディランド国は魔力、身体能力共に優れた魔人が発展させているために大陸でも有数の富める国と言えるだろう。
現在は魔法資源を主産業として多くの国々と国交を持っているが、かつてはそうでなかった。
ディランドを語る上で欠かせないものの一つに魔王の存在があげられる。
彼らはその武力において魔力、身体能力共に優れた種族の中でも群を抜いた強者として君臨しており、その強大な存在によって自国を守る戦争の抑止力として機能している。
今日では年に数回開催される武闘大会において魔王となる権利が得られるが、魔王の始まりはここにない。
そもそも魔王が武闘大会に絡む称号だけであるならば、抑止力として機能する程の存在には成り得ないだろう。
実際魔王の抑止力としての役割は、現在一人の魔王によるものが大きい。
その者の名はダルク・アルフォード。
5人いる魔王の中でも特に第一魔王、あるいは大魔王として区別される原初の魔王だ。
彼を語るには、時代をいくらか遡る必要がある。
かつて、普人族と魔人族は戦争を繰り広げていた。
その頃はゼファス教と呼ばれる宗教が普人の国に広く浸透していたのだ。
かの宗教はこの世界を生み出したとされる神ゼファスを信仰する宗教である。
曰く、魔法は神から授かりし特別な力である。
曰く、魔法をほとんど使えぬ獣人は神から見捨てられた存在である。
曰く、魔法を使い過ぎると命に関わる魔人は神から拒絶された存在である。
曰く、魔法に長けた妖人は神に愛されし存在である。されど、その寵愛の上に胡座をかいて弱き身である彼らは愚かな存在である。
ゼファス教を国教としている国々は獣人を奴隷のように扱い、魔人は悪しきもの、人族の敵として扱っていた。
何せ獣人は神から見捨てられた哀れな存在であり、魔人は神から拒絶された忌まわしき存在なのだから。
当時ゼファス教が普及する中でも特に深く政治にまで関わっていた国がいくつかあり、その中の一つが遂に魔人の領土に侵入して聖戦の名の元に町や村を蹂躙した。
それまでにも小競り合いは多数存在したために不満や軋轢は蓄積しており、これをきっかけとして本格的な衝突が始まったのだ。
魔人達は当然怒り、その国に対して宣戦布告をする。
この二国間だけで済めばよかったのだが、宣戦布告を受けた国は他の普人の国々に共同戦線を求めた。
ゼファス教は普人の国に広く浸透しており、魔人が攻めてくるのを受けて獣人さえ巻き込んで各国は同意したのだ。
獣人は当時から普人の国にも多く存在しており、彼らはもとより獣人の国そのものも戦争に参加しなければ同胞達の立場を守ることができなかった。
こうして今も昔も外部へ不干渉を貫く妖人達を除き、3つの人族を巻き込んだ大戦が勃発する。
戦いは熾烈を極めた。
個人の戦闘力で言えば魔人に軍配が上がるが、大きな魔力にはリスクがある上に普人と獣人が相手では数に差があり過ぎたのだ。
そうして、何年にも渡って戦争が続いた結果少しずつ魔人は押され始める。
だがそんな時だ、魔人の中に量を圧倒的な質で覆す者たちが現れた。
彼らは目の前に広がる普人や獣人の群れを有象無象のように蹴散らし、数が増えれば増えるほど連合側の被害だけが大きくなっていく、そんな不思議な光景が見られるようになった。
個々の質で劣る相手に量で攻められなくなった連合側は魔人たちによって押し返されていく。
こうして魔人側は攻めるための量が足りず、連合側は攻めるための質が足りなくなった戦いは膠着状態に陥った。
結局どちらも決定打にかけたその戦争は最終的に和を結ぶことで終結した。
その後普人や獣人が魔人と少しずつ交流を持っていく中で、ゼファス教にあるような悪しき者たちとは異なるという事実が浸透していく。
この戦争により大きな被害が出ていたこともあって多くの国々でゼファス教は急速に廃れ、それに伴い魔人や獣人への差別もなくなり現在へと至る。
戦後、魔人側の形勢逆転に大きな影響を与えた5人は魔王と称され、その称号は魔人達の武力を象徴するものとして今も尚残ることとなった。
彼らの多くは今日までに亡くなったが、二人の魔王は存命している。
一人はヴァレリア聖魔王。数多の魔人達を癒やし、後方から戦争を支援した稀代の治癒魔術師。
一人はダルク大魔王。当時から他の魔王の中でも群を抜いた武を発揮し、何千何万という普人や獣人たちを葬った強者。
彼ら二人に対して、大戦期に連合側を追いやったその力を自国に向けられないように各国は細心の注意を払っている。
魔王の抑止力という側面でその効力を発揮しているのは間違いなくこの二人であり、その中でも特に武に長けたダルク大魔王が大きな役割を担っている。
そしてそれは同時にある種の危険も孕んでいると考えられ、ダルク大魔王が亡くなることにより抑止力は急激に低下していく恐れがある。
ゼファス教の影響が及んでいる国は未だに少数ながら残っており、魔人の国の豊富な魔法資源に目を付けている者達もいる。
もしも大戦が再び起こるとしたら、そのきっかけになり得る一つに大魔王や聖魔王の死があげられることは間違いない。
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「我ながらよく生きていましたね。」
それが本を読み終わった後に自然と口から出てきた言葉だった。
それと同時に、ダルク様にとった行動の数々が脳裏に浮かぶ。
頼まれたとはいえ会って早々体を放り投げたこと、戦いを挑んだこと、自分を鍛えろと申し込んだこと。
若かりし頃の過ちはさておき、もう一つ浮かんできたのは出発前に襲撃を仕掛けてきた者達のことだ。
ダルク様の死はかつて3つの人族を巻き込んだ大戦の再来に繋がり、この世界にはそれを望む者達が確実にいるのだろう。




