60.彼はギルドに登録しようとする。
冒険者というのは冒険者ギルドに所属している者達のことで、依頼をこなしたり魔物を討伐したりしてお金を稼いで生活している。
ギルドの建物は各国の街や都市に存在しており、設立当初は各国での魔物素材や魔石の奪い合いを止めることを目的としていた。
魔物から得られるものというのは国を豊かにする上で価値のあるものが多く、昔は国が主導で魔物資源を手に入れていたために当然それらを巡って争いが幾つも起きたのだ。
だが、そのような争いをしていたら国が疲弊して本末転倒である上に、魔物資源の獲得のために犠牲になる人員というのも見過ごせなかった。
魔物を相手にすれば当然死ぬことも珍しくはなく、国が雇用した者たちである以上は怪我の治療や遺族に対する保障等の出費もかさむ。
それらの問題を解決するために設立されたのが冒険者ギルドであり、当初は各国の代表者による運営がなされていたものの現在は独立機関として成立している。
魔物の討伐には強さが必要なのは間違いないが、それだけではなく魔物がいる場所まで行かなければならないのだから多彩な能力も必要となった。
多彩な能力を持つ者達が集まる組織があれば魔物狩り以外にも需要が増え、そこに需要があるのならば人々は冒険者として活躍しようとするために供給も増える。
結果的にギルドには多額の資金と冒険者という強大な戦力が集まり、力をつけた冒険者ギルドはいつしか独立機関となっていった。
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開いたままになっていた扉を通って中へと入ればちらほらと人が居り、革鎧を身につけた者を始めとしてその姿は様々だ。
右は酒場になっているようで今も利用している者達がいるのだが、俺が入ってくると一瞬視線が集まるだけですぐに霧散した。
見知らぬ者への興味がすぐに尽きる辺り、確かに新しく冒険者になろうとする者は少なくないようだ。
視線を奥に向けると綺麗なお姉さん達が受付に座っているのが見えたのだが、今は昼過ぎということもあって然程混雑していないのか切れ長の目に泣き黒子が特徴的なお姉さんの受付が空いている。
そちらに向かって歩を進めると、彼女も俺に気付いたのか笑顔で話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用でしょうか。」
「お姉さん、冒険者登録がしたいです。」
「かしこまりました。一応確認ですが、この街では多少システムが異なることはご存知ですよね?」
別段何かを咎められることもなくすんなりと登録手続きに移行したのだが、そのように尋ねられる。
どうやらこの街で登録する者達の間では常識らしく、本当にさらりとした確認だがこちらの答えは勿論決まっているのだ。
「知らないです!」
「・・・分かりました。では、そちらの説明を先にさせて頂きますね。」
一切の躊躇なく堂々とそう返事をすると尋ねながら動かしていた手が一瞬止まるのだが、その後は何事もなかったかのように説明を始める。
やはり世の中大事なのは一点の曇もない素直さのようだ。
「普通のギルドの場合、新人の皆さんには講習会に参加してもらうといった取り組みはあるものの、基本的には無条件で登録を行えます。ですがこの街のギルドでは、登録の際に試験を設けているんです。」
「試験ですか?」
「えぇ、簡単に言ってしまえば、冒険者登録試験でしょうか。毎回試験内容は変わりますが、それに通らなければこの街での登録はできません。」
なるほど、冒険者に始まりの街と言われるこの場所では登録の時点で既に一味違うらしい。
その後も話を聞き続けたのだが、どうやら冒険者の層が厚いからこそ出来る芸当のようだ。
新人冒険者の死亡率というのは高く、その対策としてどこのギルドも講習会は開催している。
だが所詮講習会で教えられることなど限られており、結局は死亡率が多少低下するに留まっていた。
それらを改善するべくクリークという現在の支部長が採用したのが登録試験であり、身も蓋もない話をすれば、能力の高い者を採用すれば死亡率が低下して冒険者の質自体も高まるのではないかということだ。
当初は反対意見も多かったらしいのだが、結果的に目論見通りの展開になったために今尚このシステムが継続している。
「一見厳しいようにも思えますが、冒険者の危険性を考えれば妥当かもしれませんね。」
「そう言ってもらえると助かります。正直なところ、その程度を乗りきれないようでは冒険者になっても早死するだけというのが当ギルドの見解です。」
お姉さんは申し訳無さそうな顔をするものの、その口調ははっきりとしたものだった。
その後に続けて、あくまで採用試験はこのギルドに限ったものであるため不満ならば他の街で登録を行えばいいとの補足が入る。
「不満はありません。試験日はいつになるでしょうか。」
「三日後ですよ、大分いい時期に申請に来られましたね。二から七の鐘の間が試験時間となります。それでは、エントリーシートの記入だけお願い致します。」
そう言って渡された紙に、少し辿々しい字で必要事項を記入していった。
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ギルドを出た俺は、次に宿探しを始める。
今まで散々野宿生活をしてきたために門の外や路地裏で寝られないこともないと思うのだが、街に来てまでそれは悲しい。
宿らしき建物を探して視線をキョロキョロと動かしていると、ふと足元から声をかけられる。
「お兄ちゃん、もしかして宿をお探しですか?」
未だ十五歳の成人を迎えていない俺をお兄ちゃんと呼ぶ声の主に視線を向けると、十歳に届くかどうかという小さな女の子が見上げていた。
「はい、絶賛宿を探しています。宿が見つからないと号泣するといっても過言ではありません。」
「ちょうどよかったのです。でしたら、私のパパがやっている所に来ませんか?」
天然の上目遣いで見つめてくる彼女は、どうやら俺を宿へと勧誘しているようなのだ。
無論宿を探していた俺に断る理由など存在しないため、こちらが返す答えは一つだった。
「じゃあ、お願いします。」
そう言うと、彼女は笑顔を一層大きくさせて俺の手を引っ張っていく。
「私のパパは怖いので、なかなかお客さんが来ません。だから私が連れてくるのです。」
「だったら安心してください。こう見えて怖い人に対する耐性は高いですから。」
宿へと向かう道中で話を聞くと、彼女はそう言って鼻をふんすと鳴らしていた。
怖い顔をした父親からこのような可愛い少女が生まれるとは到底思えないのだが、もしかしたら母親似なのかもしれない。
だが例えどのように強面をしていようとも、暴力的な人物であろうとも、魔物とダルク様による耐性を持つ俺ならば怯えないから安心して欲しいのだ。
そうして彼女に引っ張られて到着した建物は思わず目を見張る程に特徴的なものだった。
壁は全体が桃色に塗装され、その外観は宿というには些か派手過ぎるようにも思えた。
この時点で少し嫌な予感もしたのだが、こちら側ではこういった宿も存在するのだろうと納得して中へと入っていった。
どうやら内装は普通らしく、掃除の行き届いた清潔感のある食堂や受付が広がっていた。
「なるほど、宿の外観をあえて派手にすることで興味を持たせる作戦なんですね。興味以上に怪しい雰囲気から敬遠されそうですが気の所為に違いありません。」
獣人界の孔明としてその戦略に関心しながらそう呟いていると、少女は父親を呼ぶために声を大きくした。
「パパー、お客さんを連れてきたよ!!」
「はぁーい。」
少女の可愛らしい声を相殺するだけでなく押し潰すように、ゾクリとするような野太い声が返ってくる。
続けて床が振動するような力強い足音が聞こえてくるのだが、少女へと視線を向けても彼女は相変わらず笑顔を浮かべていた。
「なるほど、彼女のお父さんも怖さを消そうと努力しているということなんですね。なかなか声質や挙動を変えることは難しいですが、少しでも柔らかい口調にしようと努力しているに違いありません。」
それにしては俺の肌が粟立っているため逆効果のようにも思うのだが、作戦というのは必ず意図した通りにいくわけではないのだ。
獣人界の孔明ですら作戦の成功率はそこまで高くないことを考えると仕方がないだろう。
可能ならば後でフィードバックをしようかと考えていると、奥から姿を現した人物を見て一瞬思考が停止する。
その人物は髪にカチューシャを付けており顔は元の肌色が分からない程厚い化粧に覆われていたのだ。
目には紫色の派手なアイシャドウが塗られ頬には軽いチークが入っているのだが、それら全てが悪い方向に機能しているため脳が視覚から入ってきたそれらの情報を拒む。
「あの、一つ質問ですが怖いの意味が違うと言われることはありませんか?」
俺はこれまでの考察を全てごみ箱に放り投げた後に身に付けた恐怖耐性が役に立たないことを悟ると、隣にいる少女にそう尋ねた。
「よく言われるのです。」
「だと思いました。」
「あら、随分とかわいい坊やじゃない、ここへは一泊かしら?」
街へと訪れてそうそうに知識だけでは及ばない世界の広さを実感した俺に、彼は野太い声でそう問いかけてくる。
少女へと視線を向ければ、彼女は先程までとは異なって緊張したような顔をしていた。
無論一泊だけで他の宿へと移る選択肢もあるのだろうが、ララやダルク様を踏まえるに受け止めるというのは大事なことだと思うのだ。
「いえ、とりあえず10日間お願いします。」
「やった!」
どうやら多くの人々がこの少女の愛らしさに惹かれて宿へと導かれ、父親を見て諦めと共に一泊だけするのか、彼女からは喜びの声があがった。
俺はふと、宿に入る際にひそかに視界に映っていた『乙女の館』の意味が理解できた気がした。
それは何よりです。




