59.彼は街に入る。
ゲートをくぐると視界に入ってきたのは今までとそう変わらない緑豊かな木々であったが、鼻は一瞬で全く違う場所にいることを察知していた。
少し空気を深く吸い込んで見れば今までよりも鮮明に動物や魔物の臭いが分かるのだ。
現在いる場所は魔木から遠く離れたところのようで、空気の中に不純物が混じっていないと言えばいいのだろうか。
俺は生まれてから初めて感じるこの世界の純粋な空気を味わいながら、今後の方針について考えることにした。
まずはダルク様にも言った通りにこれから様々な場所を旅することを考えれば、冒険者になるのが一番都合がいいだろう。
ギルドカードは一種の身分証明書として機能するらしいし、お金を稼ぐ手段としても有効である。
また、獣人界の孔明であると同時に幼気な少年としての素直さも持ち合わせているため、ダルク様の言う通りにデルムでこちら側の生活に馴染んでから旅をしようと思うのだ。
確かにこちら側の知識を幾らか身に付けたが、経験という意味では全くの世間知らずなのだから。
森の中で誰かに出会うのではないかと多少緊張していたものの、しばらく歩いたところで森が開けると裸の土と草が交じる平地が広がっていた。
更に少し遠くへと視線を向ければ、奥には石造りの防壁で囲まれた街が見える。
グレイシアさんによると、この世界では人が住む所にはその規模はともかく必ず防壁があるらしいのだ。
魔木の範囲にあった俺の故郷が例外であり、普通魔物というのは人々にとって身近な存在である。
また、魔物化するような動物は基本的に街から排除されている。
どうも魔物は各動物により魔物化するまでの年数がある程度分かっており、基本的には寿命が長い動物程魔物化しやすく、また身体が小さい動物ほど魔物化しやすいようだ。
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「止まれ!」
街に近づくと門には門番が一人立っており、こちらに気付いた彼は少し身構えながらそう叫んだ。
教えてもらった通りに普人は金色の髪をしており、イメージとしては前世の西洋人に近いのだろうか。
「こんにちは。」
「何の用だ?」
まずは笑顔で挨拶を試みたのだが、突き放すような調子でそう返される。
門番という意味では正しいのかもしれないが、幼気な少年が笑顔で話しかけているのだからもう少し愛想よくほほ笑み返して欲しいのだ。
「この街に冒険者になりに来ました。」
「なるほど、そういう奴は少なくない。だが、どうしてこちらの門からだ?こちらはアルセムの森に続く門だ。始めてこの街に来る者であれば、正門から入ってくるはずだろう。」
そう言われるとなるほど、確かにアルセムの森に続く門からやって来るのは不自然なのかもしれない。
それに加えて空間収納を使っているが故にセシルからもらった肩掛け鞄以外に荷物はないのだ。
身軽な格好をした若い獣人が、アルセムの森に続く門にやってきて笑顔で挨拶をしながら冒険者になりたいと宣う。
我ながら怪しさしかなく、これを少年の幼気さで許容するというのならばそれはもう門番として失格である。
「実は正門から大回りしてこちらに来ました。ほら、俺は冒険者になりにこの街に来たじゃありませんか。だから入る時もこちらの門がいいなぁ、なんて思ったんです。」
そう言って、軽く照れ笑いをしてみせる。
題して冒険者に憧れて張り切っています作戦であり、ポイントはさり気なく歯を見せつつ無邪気に笑うところである。
こちらの言葉を聞くと幼気な少年の空回りを理解してもらえたのか、門番は初めて笑顔を見せてくれた。
「そうかそうか、なるほどな。若いってのは元気が有り余っていていい。」
「はい、つい張り切り過ぎちゃいました。」
「はっはっは。俺にもそういう年頃があったものだ・・・それでは、少しあちらで話を聞かせてもらおうか。」
そう言うと、彼は笑顔のまま俺の腕を強く引っ張って詰め所へと連れて行こうとするのだ。
どういうわけか想像していた展開と違う気がして、俺は嫌な予感がしつつも尋ねてみた。
「あの、これはどういう展開なんでしょうか。」
「取り調べに決まっているだろう。誰がそんな下手な言い訳に騙されると思っているんだ。だいたいお前、普通は正門から入ると言われた時に驚いた顔をしていただろうが。」
どうやら俺にポーカーフェイスはまだ早かったらしい。
正論であるが故に本気で抵抗することもできずにずるずると引きずられていく。
このまま開始早々に牢屋コースかと思いきや、そこにアルセムの森に狩りにいくらしい女性が通りかかった。
俺は作戦を変更して、引きずられながらも眼に一杯の涙を溜めるとかわいそうな獣人を演じることにした。
「あら、門番が獣人の虐待?」
作戦が功を奏して彼女の鋭い目が門番を咎めるように更に細くなったため、俺は勢いよく叫んだ。
「はい、そうなんです!」
「そうなんですじゃねぇだろ、お前!」
門番から振り下ろされる拳を軽く頭を下げることで躱す。
その様子を見てくすくすと笑っているのだから、どうやら彼女もこれが茶番だと理解しているようなのだが、この流れを逃す手はないと思うのだ。
「今のは完璧に虐待だと思いました。門番の仕事には虐待も含まれているんでしょうか。」
「いえ、含まれていないわね。これはこの街始まって以来の大問題だわ。ちょっと、どう責任を取るつもりなの?」
「・・・お前ら二人揃って俺をからかっているだろう。顔なじみのクレアはともかく、初対面のお前はいい度胸だ。」
そう言って睨んでくる瞳を、口笛を吹きながら明後日の方向を向くことで回避する。
「まぁ、茶番はともかくどうしたの?これ。」
あっさりと茶番だと認めた彼女は現状について改めて説明を求めてきたため、厄介な門番が事態の説明をすると彼女は一つ頷いてから口を開いた。
「別にいいんじゃない?怪しいなんて言っていたら冒険者なんて皆大概なんだから。そもそも怪しさがこの門から入ってきたってことだけなら不当だわ。ここでもそういった手続は普通にできるはずよ。」
「うむ、それはそうだが・・・。」
彼女の話を纏めるに、確かにここはアルセムの森に向かう者しか利用しないが別にこの門から街に入ることは違法でもなんでもないはずだろう、ということらしい。
「確かにクレアの言う通りだ。俺の長年の勘だとお前はきな臭いが、この門から入ろうとすることを理由に咎めることはできないか。分かった、嫌だが手続きをしよう。」
「そこは喜んで手続きをして下さい。前途有望な少年がやってきたんですから。」
愚痴を呟きながらも手続きを始める門番を見て、何とか街に入れそうだと安心する。
説得してくれた女性は気が付けば既に門を離れ始めていたため、俺は彼女の後ろ姿に向けて礼を言った。
「お姉さん、ありがとうございました!」
「別にいいわよ。あぁ、でもこれは貸し一つね?」
身体は振り向かないまま、彼女はそう言って軽く手を振りながら森の中へと入っていく。
冒険者には気性の荒い者も多いらしいが彼女のように親切な者もやはりいるのだと温かい気持ちになっていると、それを相殺するように冷たい視線を向けてくる門番は半眼で俺を見ながら通行料を請求してきた。
「おい、通るのに銀貨5枚必要だがそれは持っているんだよな?」
「もちろんです、どうぞ。」
俺がお金を持っている理由は比較的単純で、キリカさんを通して幾らかの素材を売却していたからだ。
現在の所持金は確か金貨300枚程であり、一家族が一年を慎ましく暮らしていける程度の金額だろうか。
ちなみに銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨50枚で白金貨1枚になるらしい。
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手続きを済ませてから門をくぐると、そこは円形の巨大な広場になっていた。
誰もアルセムの森近くの門に家や店を構えたがらないから広場になっているのだと、門番が別れ際に説明してくれる。
彼も存外面倒見の良い性格をしているのかもしれない。
更にその先へと視線を向けるとそこには古い町並みが広がっており、特徴的な点を上げるとするならばそのほとんどが石造りであることだろうか。
道の端には街灯のようなものも確認できるため、夜になれば明かりが照らされるだろうことが分かった。
この整備された街並みを見る限り文明レベルは前世と比べて落ちるものの極端な低下は見られないようで、それを実現しているのが科学に代わる魔法ということなのだろう。
幾ら前世の記憶があるとはいえ今まで草原や森の中で暮らしていた俺は、都会へ出てきたお上りさんのようにあちらこちらへ視線を向ける。
行き交う人々はそのほとんどが普人であり、魔人や妖人はもとより獣人ですら数は少ない。
無論先程の様子からして獣人が珍しいというわけではないのだろうが、いくら普人と獣人が共存しているとはいえやはり普人の国であるからだろう。
獣人には獣人の、魔人には魔人の、そして妖人には妖人の国がそれぞれ存在し、冒険者にしても普通は自分が生まれた場所で活動することが多いらしいのだ。
何せこの世界は一歩外に出れば常に危険と隣合わせであり、気軽に旅行というわけにもいかない。
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歩き続けることしばらく、俺は剣と盾が混じった看板が掲げられた3階建ての建物へと辿り着いた。
この門番は間違いなく有能です。




