side.ダルク
俺があいつを見つけたのは、アルセムの大魔窟を訪れていた時のことだ。
何百体目になるかも分からない魔物を斬り伏せた後に、ふと何かが弾けるような音が聞こえた。
周囲を確認してみれば遠方の空に何かが輝いていたのだ。
アルセムの大魔窟にはこれまで幾度となく訪れたことがあったが、初めて目にする現象に興味を持った俺はその場所へと向かった。
辿り着くと、そこにいたのはボロ雑巾のように地面に倒れ、身体中が潰れ切り裂かれた無残な姿をした獣人だった。
パーティーに見捨てられた獣人、それが彼がこの場所で倒れている原因として最初に思い浮かんだものだ。
獣人は魔力が低いものの身体能力に優れていることから、こういった魔物狩りでは前衛を担うことが多い。
そして前衛を担うということは最も傷つきやすく、撤退する時には最も失敗しやすいということでもある。
この場所がかなり深いところであることを考えると、おそらく冒険者のパーティーが撤退しようとして、目の前の獣人はそれに失敗したのだろう。
いや、あるいはこの獣人が死んだことで前衛がいなくなり、撤退したのかもしれない。
いずれにせよ、せめて埋葬をしてやろうと近付いて、彼があまりに軽装なことに疑問を抱いた。
人族と中位以上の魔物には歴然とした身体能力の差があり、それは獣人とて例外ではない。
それにも関わらず、この獣人は皮鎧にマントを着けているだけというあり得ない身軽さだ。
そうしてよく見てみると、この獣人が着けているのはグリーンドラゴンの鎧だった。
グリーンドラゴンといえばSランクに該当する神獣、そのような生物の鎧を身に着けているなど尋常ではない。
更に鎧を確かめようとしてみれば、彼がまだ生きていることに気がついた。
大した生命力だが、それを確認した俺はグレイシアの元へと連れて行くことにした。
先程空に見た光景は、この獣人によるものだろう。
つまり、この獣人は最後まで必死に生きようとしていたのだ。
俺ならばここから運び出すことができるし、グレイシアならば治療することができる。
最後まで生きようと足掻いたこの者の心意気に免じて、助けるとしよう。
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「ダルク様、一応治療は終わりましたが、彼は少し変です。」
「変だと?」
グレイシアの元へと獣人を運び、治療を終えた彼女から聞いた言葉がそれだった。
「どうも私が治療している間、通常よりも多くの魔力を消費しました。それはつまり、聖精の手助けが通常よりも大きかったということです。彼はもしかしたら、普通の獣人とは異なる身体をしているのかもしれません。」
グレイシアは俺が選んだ一流の治癒魔術師だ。
彼女がそう言うのならば、そうなのだろう。
「ふむ、もしかしたら何か・・・」
何か障害を抱えているのかもしれない、そう言いかけて頭にある可能性が思い浮かぶ。
アルセムの大魔窟にいた普通の獣人とは異なる獣人、それはもしや幻人ではないのか。
幻人、それはその名の通り幻とされる人族だ。
その存在が確認されたのはおよそ1000年前、その時代の探検者達によってだった。
当時はまだアルセムの大魔窟には魔木に隙間があり、森を超えることができた。
といってもそれは生半可なことではなく、当時その名を馳せた探検者達の中でもほんの一握りが何とか、といったものでしかなかったらしい。
そういった一部の探検者達が森の向こう側で見たものは、原始的な生活を営む獣人達だった。
彼らは信じられないことに、魔法を使うこともなく、それどころかまともな武器さえ用いることなく日々狩りをして暮らしていたのだ。
魔法を使うのならば分かる、武器を使うのならば分かる、だがどうやって素手で大型動物を倒せるというのだろうか。
初めこの情報がもたらされた時、多くの者たちは事実の捏造を疑った。
だが、その後に他の探検者たちからも同様の情報がもたらされたことにより、それは段々と事実として認識されるようになった。
複数の探検者が口裏をあわせるのは難しいこともそうだが、何より彼らは超がつく一流の探検者だ。
彼らが揃って同じことを言うのだから、いかに信じがたいことでも信じないわけにはいかない。
以降、幾度となくその情報がもたらされ、時に幻人をこちら側へと連れてくる計画も立てられたが、それらは全て失敗に終わった。
やがて魔木は繁殖し続け、アルセムの森を超えられる者はいなくなる。
こうして、アルセムの大魔窟を超えた先には幻人が存在するという情報だけが残り現在に至るのだった。
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ダルクは考える、もしもこの獣人が幻人であるのならば楽しめそうだと。
かつてアルセムの大魔窟を越えてこちら側にやってきた幻人は確認されていない。
それはつまり、この者は優れた幻人であるということだ。
期待通りに興味をそそるようならば、面倒を見るのもいいかもしれない。
まぁ、全てはこの者が目覚めてからだ。




