55.彼は学ぶ。(4)
ある日朝食のためにテントの外へと出ると、その場にはダルク様とその配下達全員が揃っていた。
普段はレックスさんやキリカさん、ジェドさんを見かけることが少ないため、非常に珍しい光景である。
(おはようございます。今日は皆さんいらっしゃるんですね。やっぱりお仕事が忙しいんでしょうか。)
(よう、セイランス。まぁ、今は既に決まっていた予定がいくつも入っているからな。時期に落ち着いたら本格的にお前の面倒を見られるさ。)
(僕はそうでもないけど、キリカとレックスは希少属性だからねぇ。結構需要が高かったりするのさ。)
彼らの言葉を聞いて、改めて俺のために時間を作ってくれていることを実感した。
特にダルク様とグレイシアさんはほぼ常時と言っていい程アルセムの森で時間を過ごしており、実際どうしても必要な時以外はディランドには戻らないと宣言している。
だが希少属性を持つ彼らがそうなのだから、5人しかいない魔王の一人が暇なはずがないのだ。
(セイランス、つまらぬことを考えるな。お前は俺から鍛えられる権利を勝ち取ったのだ。そして俺は、鍛えると決めたからには容赦をせん。ただそれだけの話だ。)
(分かりました。)
最近はグレイシアさんに癒されながら一般常識と治癒魔法の勉強をし、ダルク様に地獄を見せられながら実践的な鍛錬を行っている。
状況的には前世にあった飴と鞭という言葉が相応しいのだが、鞭からは日々大怪我を負わされていた。
それはグレイシアさんが治療しなければ命に関わるような状態になるまで続く地獄であり、場合によっては拷問とも言えるのだろう。
それでも耐えることが出来るのは、何よりダルク様が真剣に俺を鍛えようとしていることが感じられるからだ。
(ところで、希少属性と言えばグレイシアさんはいつもいらっしゃいますよね。)
(聖属性は空属性や重属性に比べると数が多いというのもあるけど、グレイシアさんだけは余程の事がない限りダルクさんから離れないよ。)
(これは野暮な質問をしたみたいですね。申し訳ありませんでした。)
やはり美貌と優しさが溢れるグレイシアさんが側にいては、ダルク様といえども湧き上がる欲求を抑えきれなかったようだ。
あるいはグレイシアさんによる一方通行の可能性もあるのだが、その場合はそっと見守らせて頂きたい。
俺が全てを悟って深く頷いていると、顔を赤くしたグレイシアさんが慌てた様子で告げる。
(違います!どの魔王様にも必ず聖属性の部下は存在していて、私達は基本的に魔王様の側から離れないんですよ!!各魔王様にもしもの事があってはいけませんから!!!ダルク様も何か仰って下さい。)
(ふむ、お前はまだ判断力というものに欠けるようだな。仕方あるまい、明日から極限の中で身に付けさせてやろう。)
(すみません、ダルク様とグレイシアさんは清く正しい関係だと思いました。)
時間を巻き戻す魔法か記憶を消失させる魔法を知っている大魔法使いがいれば今すぐ俺の前に姿を現してもらえないものだろうか。
今ならば三食昼寝に加えて、毎日の肩たたきと眠る際の子守唄まで付けて雇用する所存だ。
不幸なことに大魔法使いは幼気な少年の願いに応じてくれなかったため、最終的に早く空間魔法について学びたいことを主張して有耶無耶にする作戦を決行したのだった。
そうして始まったキリカさんの講義だったが、最初に彼女から一つの質問をされるのだった。
(さて。セイランス、今空属性って何に使っているんだ?まずはどの程度のことが出来るのかを把握しないとな。)
(空間収納にしか使っていないですよ。)
俺はキリカさんのように瞬間移動をすることは出来ないし、今のところそれ以外には使い道を見出だせていない。
そして彼女はそれを聞くと、状況を理解したのか確認の言葉を投げかけた。
(空間収納か。つまり離れた場所同士を繋げることはもう出来るみたいだな。)
(離れた場所同士ですか?いえ、出来ませんよ。)
(え?いや、だから物を保管しておけるんだろ?)
お互いに理解が出来ないような顔をして、しばらくの間沈黙が訪れた。
どうして空間収納が使えることと離れた場所同士を繋げることが結びつくのだろうか。
何かとてつもなく大きな齟齬が生じている気がするのだ。
(えっと、空間収納って空間に物を保管するんですよね?)
(とりあえず、やってみろ。)
俺の確認に対してただ一言そう告げる彼女の前で、これまで幾度となく使ってきた空間収納を発動する。
「空精よ」
今は鞄を持っていないためズボンのポケットに手を入れて、異空間に保管してある魔物の爪を1本取り出した。
(こんな感じです。)
(面白いな。そうやって本来物を出し入れするところを利用して補っているのか。いや今はそうじゃなくて・・・それを異空間に仕舞っていたんだな?)
(はい。空間収納ですから。)
変なものを見るような視線を向けてくるグレイシアさんにそう返事をすると、彼女は首を横に振った。
(セイランス、それは違う。空間魔法っていうのは場所と場所を繋げる魔法だ。普通空間収納を使う場合はどこか保管場所を決めてマーキングしておいて、自分がいる場所とそこを繋いで物の出し入れをするんだ。異空間に仕舞うってなんだそりゃ。)
キリカさんの言葉を聞いて、自分が如何におかしな使い方をしているのかを理解した。
確かに冷静になって考えると、異空間に物を仕舞おうとする発想は突拍子もないことだ。
『場所と場所を繋ぐ魔法』を『異空間へと繋ぐ魔法』と勘違いしていたにも関わらず、発動できていたことが奇跡的である。
(不思議ですね。)
(そうだな、不思議だな。お前の存在からしてそもそも不思議だし、今更どうこういうつもりはないが、私は普通の空間魔法しか教えられないぞ。)
(独学で学んだ結果こうなっただけなので、ぜひキリカさんが使っている空間魔法を教えて下さい。実際、空間収納以外に全く使い道がなくて困っているんです。)
俺がそう告げると、キリカさんは頷いた後にニヤリと笑った。
「スペースゲート」
次の瞬間にはキリカさんの前に直径15cmほどの歪みが現れ、彼女はその歪みに向かって思い切り拳を繰り出した。
すると腕が歪みに飲み込まれるように消失し、代わりに空中から突然現れた拳によって俺が殴られていた。
何をしたのかは何となく分かるのだが、その前に一つ言いたいことがあるのだ。
(あの、俺を殴る必要性ってあったのでしょうか。)
(戦いには痛みが付き物だって魔王さんも言っているだろ。私は誰かの鍛え方なんてよく分からないから、魔王さんの方針に従うことにしたんだ。こんな感じで、視認出来ない場所を繋ごうと思うとマーキングが必要だけど、視認出来る場所なら下準備なしで場所を繋げられる。それに身体の一部を移動させるだけなら魔力の負担も小さいぞ。空間魔法のイメージだけど別の空間を通って近道しようとすればいい。一度やってみろ。)
いずれは視認できる範囲ならば自分の身体を移動出来るようになるだろうが今はここからだと、キリカさんは告げた。
ダルク様の例を出された上で果たして痛みを伴う必要があったのか未だに疑問を感じながらも、俺は魔法を使ってみることにした。
彼女の話を聞いてあれこれと考えてみたのだが、確か紙を折り曲げるという例え話が存在したことを思い出した。
俺は視界に映る離れたところと自分の目の前を、折りたたんで繋げるイメージをしながら詠唱する。
「スペースゲート」
すると目の前に歪んだ空間が出現し、そこに向かって手を伸ばせば腕が途中で消えて遠くに消えた腕が現れた。
(おぉ、やっぱり凄いなお前。実は上手くイメージが出来なくて、空属性の魔力を持っていても下手くそな空間魔法しか使えない奴がいるんだよ。)
(そういうことはやる前に言って下さい、お願いします。)
(こういうのは試すまで黙っていた方がいいもんだ。先入観は駄目だからな。まぁ、空間魔法の基本はこれだから、後はこれをベースに応用を身につけていけばいい。後、空間収納を磨き続ければ戦闘中でも気軽に魔石を取り出せるようになるから便利だぞ。)
キリカさんの言葉を聞いて、ララの話を思い出した。
確かお金持ちは魔石を使って自分が使えない属性を使うと言っていたのだが、これは俺の魔力の低さにも応用できないだろうか。
お姉さんの魂システムならば魔石に魔力を貯めるのは早いはずだし、戦闘中に魔石を出せるのならば気軽に魔法を使うことが出来るはずだ。
セイランスの空間収納は本来ならば下界の生物に理解出来る概念ではないため、例えキリカであっても実現することはできません。
彼の場合は魂という特殊な状態で二度も神様がいる空間を体験したことにより、大幅な補正を得て実現可能となりました。




