51.彼は戦う。
助けられてから数日が経ち、グレイシアさんから完治宣言を受けた俺はダルク様と対峙していた。
(さて。それではお二方とも準備はよろしいですね。事前に確認させて頂きましたが、今回の戦闘では魔石の使用は禁止です。)
いざという時すぐに治療ができるよう、審判役を務めてくれることになったグレイシアさんがそう告げた。
その言葉と共に俺の中では様々な緊張感が合わさり高まっていく。
これが運命の分かれ道になるという緊張感、初めて人と戦うという緊張感、そして遠く及ばない存在が相手という緊張感。
一方でダルク様にとっては何でもないことのようで、硬い表情をする俺と対象的に軽い調子で話しかけてきた。
(それにしてもなかなか豪華な装備ではないかセイランス。)
こちらとしては雑談する余裕などあまり無いのだが、無視するわけにもいかずに返事をする。
(そうなんですか?探検者達の遺品だと聞いているのですが。)
(数百年前だとまだアルセムの大魔窟に隙間があったとはいえ、生半可な探検者が通れるような場所ではなかっただろう。おそらくお前が身に着けているのは当時一流と言われた探検者達のものだ。例えば鎧はグリーンドラゴンの革を使ったものだろう。その防御力は攻撃の余波を体内に伝えることすらない。ドラゴンは人でも亜人でも動物でも魔物でもない、神獣と呼ばれる存在だ。)
(そんなにとんでもない生き物の革で作られた鎧だったんですね、これ。)
(あぁ、神獣はランクで言えば須くSランクに相当するから、貴重かつ防具として最高峰の性能を誇る。)
道理でナイフを突き刺しても傷付かず、ヘカトンケイルの攻撃を受けても砕けなかったわけだ。
(お前が着けているマントはセンサーカメレオンのものだ。センサーカメレオンは自分が傷付きそうになると景色と同化して姿を隠す魔物だが、すでに絶滅している。)
(魔物が絶滅するとは思ってもみませんでした。でも確かに、元になる動物が絶滅したならその魔物は存在しなくなりそうです。)
(そういうことだ。今はもう作れないという意味で、グリーンドラゴン程ではないが貴重だな。後はお前が履いている靴だが、それはクライムゲッコの革を靴底に使用している。ランクは最低のGだが、だからこそ動物にも倒されやすく、どこにでも登ることができる性質上見つけにくい。これに関してはそれなりに値が張る程度か。最後にナイフだが、ミスリルで作られているな。特殊な効果はないが、軽い、錆びにくい、頑丈、そして切れやすいと四拍子揃っている。)
ドラゴンの鎧、絶滅した魔物のマント、希少金属で作られたナイフ、自分が身に付けている装備の価値の大きさを知った俺は自然と気分が高揚していった。
改めてララからもらった装備を触って確認している俺に、ダルク様はニヤリと笑って告げた。
(少しは緊張が解れたか。万全の体調ではない者を相手にしてもつまらんものだ。さぁ、幻人の力を見せてみろ。)
その一言と共に彼の纏う気配が変わった。
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相手はアルセムの大魔窟にいた魔物たちよりもさらに強大であり、魔法を考えれば遠距離戦は圧倒的に不利だ。
足に力を込め、大地が深く沈み込む感触と共に最初から全速力で動いた。
視界に写る景色は一瞬で流れ、彼の目が大きく見開かれているのが分かる。
彼からすれば人族の限界を超えているだろう速度でそのまま拳を叩き込もうとすると、まるで全てを見透かしているかのように拳を躱された。
いや、躱しざまに彼は魔法を唱える。
「エアロインパクト」
一瞬で収束し渦巻くように集まった風は、俺に触れた瞬間に弾けるような爆風を巻き起こした。
脳が揺さぶられることで意識を失いかけると共に、気が付けば身体は攻撃した時の勢いも相まって大きく弾き飛ばされていた。
体勢を立て直して正面を見ると、彼は追撃しようとはせずに顎に手を当てて考えている。
(ふむ、Bランクの魔物にも匹敵しそうな凄まじい身体能力だな。人族としては確かに規格外・・・だが、それだけと言えばそれだけだ。つまり所詮は、Bランクの魔物程度ということなのだろう?)
アルセムの大魔窟で平然と戦闘を繰り広げられる彼にとっては、俺の身体能力など魔物で見慣れているということらしい。
そして、その程度ならば魔法で幾らでも対処が可能であり、実際に俺は今あっさりと後退させられた。
だが成長を終えていない俺では、母さんやガイさんのような更に圧倒的な身体能力を発揮することは出来ない。
つまり幻人としての力では彼に触れることさえ叶わないと思い知らされたのだが、それならば自分だけが持つ力を使って活路を見出せばいいのだ。
「火精よ 大鷲のごとく駆け抜けて 我が敵を燃やし尽くせ」
詠唱と共に大鷲を模した炎が出現して襲いかかろうとするが、彼はつまらなさそうに手を前に翳した。
「フレイムボール」
彼が容易く生み出したのは直径1mを超えようかという巨大な火の玉だ。
衝突すれば確実に俺の魔法が飲み込まれるのだろうが、そもそも魔王相手に魔法で太刀打ち出来ないことは最初から分かっている。
俺は魔法同士が衝突するのも見届けないまま、再び全速力で地を駆けた。
当然余波で炎が押し寄せてくるのだが、息を止めていれば後は肌が炎に晒されたところでスキルが守ってくれるのだから問題ない。
逆に彼からすれば俺の行動は予想外のはずであり、そこに幾らかの隙が生まれるだろう。
実際炎を抜けた先にはまだ何の反応もしていない彼の姿があった。
今からでは魔法の発動は到底間に合わない、そう考えていた俺に突如光の奔流が襲いかかる。
「ライトブラインドネス」
今まで経験したことのない光量が視界を覆い尽くし、そして次の瞬間には俺の瞳は何も映さなくなっていた。
手で目を覆って立ち止まった俺から、彼が距離を取るのが感覚で分かる。
(スキルを使った捨て身の攻撃か。実力の及ばぬ相手に意表を突こうとするのは間違いではないが、その程度では話にならん。安心しろ、お前は今の時点でそれなりの強さを持っている。こちら側でやっていくことも出来るだろう。だが、俺にとっては期待外れだったようだ。これで終わりにしよう。)
「火精☓、△□◯□◇、△△△◯□☓◯△☓☓、□◯△◯◯△」
俺がよく知る詠唱形態と共に、まるで火事場にいるような熱気が押し寄せてくる。
真っ暗な視界には何も映らないが、おそらく彼は俺の肺すら焼き尽くせるような火炎を生み出したのだろう。
(ダルク様!それはやり過ぎです!!)
(知らん。お前も備えろ。)
そのやり取りで、まだ魔法は放たれていないのだと理解した。
それならば後一つだけ、俺にはとっておきの意表を突く手段が残されている。
それは魂システムによって生み出された非常識であり、妖精族から学んだ前世の科学さえ超えた力だ。
「幻精よ 此の者に我が幻影を見せよ」
炎が燃え盛る音によって詠唱が飲み込まれる中、それでも魔法が発動したことを信じて駆け出した。
数秒後に背後で大きな音がして熱風が吹き付けるのが分かったが、そこに俺はもう居ない。
幻影を囮にして距離を縮めることに成功した俺は、視覚以外の感覚から得た気配に目掛けて拳を繰り出した。
「◯△・・・!?」
固い感触からしてどうやら鎧に当たったらしく、彼が後方へと飛ばされたのが分かった。
しばらくの間静寂が流れた後、やがて驚くような声が聞こえてきた。
(まさか今のは幻影魔法か?)
(セイランスくん、まさかあなた魔石を・・・。)
ララの時と同じく、グレイシアさんに魔石の使用を疑われたためにその誤解を解くことにした。
(いえ、俺は間違いなく魔石を所持していません。ただ7属性を使えるくらいなので、もう少し使える属性があってもいいと思いました。)
(ふはは!お前は固有魔法も使えるのか。これは愉快だ。)
さすがにダルク様も、妖精族の固有魔法を使えることまでは考慮していなかったようだ。
生物的にあり得ない力を使ったことになるのだが、彼はまるで気にした様子もなく笑っていた。
(事前に伝えなかったのは卑怯だったでしょうか。)
(そんなわけがないだろう。俺も自分の属性を告げていない。まさかそんなことができるとは思わなかった、などというみっともない言い訳はせんよ。約束は守ろう。ところでセイランス、その様子だと他の固有魔法も使えるのか?)
(はい、おそらくそうだと思います。あまり使わないようにと心掛けてはいます。)
(ふむ、どうして使わないようにする必要があるのだ?)
心底疑問だとばかりにダルク様はそう尋ねてきたのだが、俺は何かおかしなことを言っただろうか。
(亜人族の固有魔法を使えるのが俺だけならば色々と面倒なことになるじゃありませんか。唯でさえも珍しい人族みたいですから。)
(セイランス、お前は小さいな。人と違う力があるのならば、それは誇るべきだろう。そして人生は全力を尽くすからこそ楽しいのだ。降りかかる火の粉なんぞ振り払え。)
(あの、ダルク様。俺は紅茶とスコーンでティータイムをしながらお喋りしたい穏健派です。)
どうやら魔王と幼気な少年の思考回路には、海よりも深く山よりも高い隔たりがあるようだ。
幻影魔法を容易く受け入れた事といいこの台詞といい、ダルク様は器が大きすぎるのではないだろうか。
この隔たりを越えるためには潜水艦か飛行機を用意する必要があるのだが、きっと用意しても操作ができないから沈没するか墜落するに違いない。
だが脳内で救助要請を出している俺に、彼は何でもないことのように告げた。
(なんだお前、俺からその力を手に入れるのではないのか?)
(それは・・・いえ、その通りでした。)
(そうだろう?何、そこら辺にいる国王の話を欠伸しながら聞けるくらいにはしてやる。紅茶も飲みたければ火の粉が舞う中で飲めばいい。)
いや、さすがに紅茶に対してそこまで熱いこだわりがあるわけではないのだ。
だが俺は魔王の元で強くなりたいのではなく、この人の元で強くなりたいと思った。
ダルク様に惚れそうです。




