48.彼は自分の正体を知る。
快感によって脳を支配された挙げ句に頭を打って記憶が混乱しているらしい彼に、今しがた言われたことをもう一度尋ねることにした。
(あの、確認したいのですがダルク様は魔王様でいらっしゃいますか。)
(あぁ、その通りだ。)
その返事を聞いて俺は後5回程尋ね直すべきなのか、それともグレイシアさんに診てもらうべきなのかを迷った。
最終的に後者を選択してチラリと彼女に視線を向けると、残念ながら真顔を浮かべているため真実のようだ。
恩人が変態ではなかったことは朗報なのだが、そうなると新たな問題が発生したことになる。
彼が魔王だというのならば最悪の事態についても考えながら、俺は詳しい質問をした。
(あの、どうしてこちらに魔王様がいらっしゃるんでしょうか。)
(その質問には2つの答え方ができるな。まずはディランド国にいたって退屈だからだ。実際こうしてこの辺境で狩りをしていたらお前に出会えただろう?そしてもう1つの答え方をするのならば、俺は魔王になれる程強いからここにいる。)
ダルク様は自分がアルセムの大魔窟にいる理由を語るのだが、そういうことではないのだ。
まさか『世界征服は視野に入っているのでしょうか』などと尋ねるわけにもいかず、俺は何も知らないことを全面に押し出す作戦で情報を得ることにした。
(ダルク様、無知で申し訳ないのですが魔王とはどのような存在なのでしょうか。)
(ふむ、幻人なのだから知らなくても仕方がない。魔王はディランド国にとって戦争のための抑止力だ。セイランス、魔人についてはどの程度知っている?)
(魔力、身体能力共に高いけれど、魔力がなくなると命に関わることしか知りません。)
(それだけ知っていれば十分だ。つまり俺達は、他種族以上に戦うということに対して命をかけなければならない。俺みたいに戦うことが好きな奴らもいるが、魔人全体としてはなるべく戦いを避けたいのだ。)
戦争のための抑止力、そう答えが返ってきた時には想像と違って驚いたのだが、ダルク様の説明を聞いて納得が出来た。
魔人は能力が優れているのと同時に戦う上でのリスクが高いため、一部の者たちを除けば安易に戦うことを良しとしていないのだろう。
(そして、人族の戦いといえば当然戦争だ。魔王という強力な存在がいることで、ディランド国に戦争を仕掛ける際の抑止力になる。俺がこの場所にいるのは先程の理由だが、同時に魔王ダルクはアルセムの大魔窟で悠々と狩りをできるくらいに強いと知らしめることができるのだ。)
ダルク様の話が本当ならば、魔王とは悪の権化のような存在ではないということだろうか。
いや、前世のイメージという先入観に左右されるのではなく、現状から考えれば既に答えは出ていた。
一体どこにいる悪の権化が人命救助をした上に、優しい雰囲気を持つ女性から敬意を持たれるというのだ。
そのような結論に達したところで、今度は彼が興味深そうに尋ねてきた。
(さて。次は俺の質問に答えてもらおうか。お前はどうやってあそこまで辿り着いたのだ?俺がいなければ死んでいただろうが単身でやってこられた時点で異常だ。)
(魔王様がおっしゃる程にですか?)
(アルセムの大魔窟。周辺はD~Bランク、魔木の中はC~Aランクの魔物達がいる場所だ。魔物のランクも高いが何よりも問題なのは、この世界で最も面積の大きい森の中に魔木が広がっているというその性質だ。仮にAランクの魔物を倒せる力があったとしても、持久力的な意味で持ちはしない。)
確かにあの場所を再び越えられるかと問われれば首を横に振らざるを得ないし、奇跡的にもそれを成し遂げることが出来たのはお姉さんの魂システムや妖精族の共鳴魔法があったからだろう。
一体どこまで話をするべきか迷ったが、相手は命の恩人であり前世の知識にあるような魔王でもない。
それならば彼の質問に答えることが今の俺に出来るせめてものお礼である。
(基本的な生活ですが、普段から狩りをしていましたので食料は現地調達、その他必要な水や火などは全て魔法で対処していました。)
(ふむ、お前はいくつ属性を扱えるのだ?)
(今確認している段階で火、水、土、風、光、聖、空の7つです。)
(信じられんな。俺が知っている者の中でも最大はクアドだ。第一、属性の組み合わせが無茶苦茶だ。聖属性と空属性は魔力の質が違いすぎて必ずシングルになる。それに火と水の属性は一緒に持てない。)
さすがに生物的にあり得ないはずの幻影魔法は除いたのだが、それを抜きにしてもダルク様は驚いているようだった。
組み合わせがおかしいというのは、そういえばララも前にちらりと言っていただろうか。
菓子折りを配るために抽選会を開くお姉さんが、世界を運営するために組み上げた魂システムの異常性を再認識しながら俺は話を続けた。
(夜の安全は獣耳とランタン型の魔道具、それに姿を隠せるマントを使って確保していました。)
(あぁ、それは伝わっている通りの情報だ。お前たちは獣耳によって危険を察知できると聞いている。だが、アルセムの大魔窟の中心部はどうやって乗り越えたのだ。)
(防御性能の高いスキルを持っていまして、基本的にはそれで防いでいました。何でしたら試してみますか?)
(まぁ、それでアルセムの大魔窟にいる魔物の攻撃を防げたと言うのならば、遠慮はいらぬか。)
ダルク様はそう言うと、俺に向けて手を翳した。
「フレイムバースト」
その瞬間、彼の手のひらにはマグマのような灼熱の炎が渦巻き、周囲の気温が急激に上昇していく。
それが俺の身体に触れると、轟音と共に身体が大きく吹き飛び、テントを突き破って近くの木に激突した。
あまりの衝撃に肺からは強制的に空気が漏れ、先程まで居たテントは激しく燃え盛っている。
(ふむ、確かになかなかのスキル性能だ。)
(ダルク様!病み上がりの彼に何をしているのですか!?)
(あぁ、済まないな。だが言い出したのはこいつだぞ?)
確かにその通りなのだが、遠慮という文字はダルク様の辞書に載っていないのだろうか。
グレイシアさんの手を借りて立ち上がった俺を見て、些細なこととばかりに彼は話の続きを要求してきた。
(それで、どこまでお前は話をしていたのだったか。)
(・・・スキルまでです。中心部を越えている最中に、妖精族からかけてもらった限界を越える共鳴魔法が切れて、その直後にヘカトンケイルに吹き飛ばされました。後はダルク様が知っての通りです。)
(ふむ、妖精族の超越魔法か。お伽話の類だと思っていたのだが、こちらも実在するとはな。しかしヘカトンケイルに吹き飛ばされて生きているとは随分としぶといな。お前があそこまで来られたのは幻人の力とスキルの相性が大きいのだろう。)
ダルク様はそう言って一人で納得をしているのだが、先程から何度も出てくる幻人というのは一体何なのだろうか。
(あのダルク様、幻人というのは何でしょうか。)
(あぁ、やはり本人は知らんのか。アルセムの大魔窟を越えた先には自分の身に迫る危険を察知する力を持ち、人族では考えられないような圧倒的な身体能力を誇る、そんな獣人達がいるとこちら側では伝わっている。それを幻人と呼んでいるのだ。こちら側の獣人も外見は同じだが、中身が違う。確かに身体能力に優れているがお前のように圧倒的なものを持っているわけではないし、耳で危険を察知することもできん。彼らの耳は感情表現をするためのものだ。)
ダルク様の説明を聞いて、俺が長年疑問に思っていたもう一つの謎がようやく解明された。
やはり、この意味が分からない程優れた身体能力は、一般的なものでは無かったのだ。
セイルさんが別れ際に言っていたアシュというのは、獣人の亜種のことだったに違いない。
(ダルク様、俺達は何故こちらの獣人と違うんでしょうか。)
(魔窟によって孤立している地域だと、独自の進化を遂げた生物がいるのはそう珍しいことではない。ただそれが人族となるとお前たちだけだが。)
つまりこちらの獣人と俺達で祖先は同じだが、アルセムの大魔窟によって孤立した地域で生き抜かなければならなかった俺達は、危険を察知する力と身体能力が大きく発達したということなのかもしれない。
俺が理由を推測していると、ダルク様から一つの要求があった。
(ところでセイランス、体調が回復した後に俺と戦え。幻の人族とやりあえるとは楽しみだ。)
戦闘を避けたい魔人の中にダルク様は全くもって入っていないようだったが、俺は返事をしようとして、ふと考えた。
アルセムの大魔窟に挑んで骨身に染みて分かったのだが、この世界にはまだまだ俺の力など及ばない領域が数多くある。
そして俺は森の向こう側に辿り着くことがゴールではなく、辿り着いたここからがスタートだ。
妖精の住処で身につけた力と獣人界の孔明としての力だけでは、これから様々な場所を旅するためにはまだ足りていない。
(ダルク様、1つお願いがあります。)
(何だ?)
(その戦いでもしもダルク様の期待に沿えることができましたら、俺を鍛えて頂けないでしょうか。)
ダルク様は幻人である俺に興味を持ってくれているのだから、彼が俺を鍛えたいと思うくらい更に興味を持ってもらえばいいのだ。
俺の提案を聞いた後、彼はニヤリと笑った。
(幻人を鍛えるのか。それは面白そうだ、いいだろう。ただし俺が時間を割くのだから、相応の可能性を示せ。俺に一撃でも入れられる程度の力があるのならば、その望みを叶えてやる。)
俺は備えたい、こちら側でただ生きていくのではなく思い描いたままに生きていけるように。
真面目な作者再登場です。
ここも大きな別れ道の一つとなっています。
これまで旅をするという目的を持ちながらも集落ではのんびりと、そして妖精族のもとでは受動的に力を得てきたセイランスが、アルセムの大魔窟を経験してようやく能動的に力を得ようとした瞬間です。
大変ベタではあるのですが、それでも大きな存在に出会った時にチャンスを掴もうと手を伸ばそうとしたかどうかというのは、人生において大きな意味があると思うのです。




