44.彼は妖精樹を旅立つ。
装備を手に入れてからまた時が経ち、今日妖精の住処を発つ予定だ。
昨日はこれまで続けていた実戦を中断して妖精達と過ごすことに専念した。
会った時と同じ様にお風呂を提供し、夜はしりとり大会で盛り上がり、そして一緒に花畑で眠る。
ただ一つ違ったのは、最初の頃よりもずっと賑やかだったことだろうか。
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(ララ、これは一体どういう状況なの?)
朝起きて準備を整え、ララと妖精達に最後の挨拶をしようとすると、何故かそのまま立っているように言われたのだ。
何事かと見ていると、妖精達は各々手を繋ぎながら俺をぐるりと囲み始めた。
(えっと、もしかして2回抱きついたことに対するお礼参り?ララって結構陰湿・・)
(そんなわけないでしょ!!いい?よく聞いてセイランス。あんたに今から共鳴魔法をかけるわ。共鳴魔法については知っているわよね。)
確か、第3防衛ラインを越える魔物が現れた時に強力な幻影魔法で肉体に直接作用を及ぼす魔法だ。
あれ、やはりお礼参りじゃないだろうか。
(何を考えているのか想像が付くけど、だから違うわよ。何も共鳴魔法は相手を害することのみに使うものじゃないから。あんたに使うのはヴェル一族に伝わる限界を超える魔法よ。)
(限界を超える魔法?)
(そう、よく分からないかもしれないけど、生き物っていうのは普段頭で自分の力を抑えているのよ。そしてこの魔法は、幻影を見せるよりも遥かに強く頭に働きかけてそれを止めさせるわ。)
つまり、脳のリミッターを解除する魔法ということだろうか。
確かに共鳴魔法が肉体に直接影響を及ぼせるほど強力な魔法ならば、脳のリミッターを解除させることも可能なのかもしれない。
だが、これには一つ欠点があるだろう。
(諸刃の剣だね。)
(えぇ、そうよ。この魔法を発動させている間あんたは、普段の何倍もの身体能力を発揮することができるし、不眠不休で何日も走り続けることができる。ただし、魔法が切れるか肉体そのものが耐えられなくなって限界を超えてしまったら、倒れて動けなくなるわ。)
つまり、どうにもならない時の最終手段ということだ。
そして、実際にアルセムの大魔窟がどうなっているか分からない以上、最後の切札にもなり得る。
(ララ、お願い。共鳴魔法をかけてほしい。)
(えぇ、分かっているわ。皆、いくわよ!)
彼女のその掛け声を合図に、妖精達は一斉に同じ言葉を紡ぎだした。
「「「「「「「「ヴィルヴァ、レヴァネ゛ダスルィネ゛ グラ゛ジィレ゛ グラ゛メ゛リナレ゛イニ グラドリ゛ヌ゛ レ゛シゥグラ゛イネ ワリ゛デセ ヴィネ リ゛ヴィリ゛スゥレヂ ヴェリ゛クゲルドネギゲルエ゛!!!!!」」」」」」」」
360度から聞こえてくる、一字一句、リズムまで違わぬその大音量の詠唱は、全く意味を理解できていないにも関わらず強く脳に刻み込まれていく。
詠唱が終わった瞬間、ララを除く妖精達は皆荒い息を吐いている。
どうやら余程魔力を消費したらしい。
(見た目には何の変化もないけどこれで終わりよ。効果の発動条件は、あんたがそれを強く願うこと。)
(ありがとう。ところで、皆疲れているけどララは平気なの?)
(当たり前よ。伊達に長生きしているわけじゃないんだから。これでも魔力のほとんどをあんたにつぎ込んであげたんだから感謝しなさい。あ、抱きついてきたらぶんなぐ・・)
とりあえず俺はララに抱きついておいた。
もう大分孤独感は薄れてしまっているから、今回は10割が意図的だ。
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俺はもはや慣れてしまった正座をしながら、妖精達との別れを惜しむ。
いささか絵がシュールなのだが、数百年間生きた偉大な妖精が顔を真っ赤にして怒っているのだから仕方がない。
(セイランス、あんたそんなに私と戦いたかったのね。いいわ、ボコボコにしてあげるから魔力が回復するまで待ってなさい。)
(ララ、よく聞いて欲しい。俺の故郷の別れの挨拶には3段階があるんだ。まず1段階目は、言葉だけで告げる別れ。そして2段階目は、手を握り合う別れ。そして3段階目は、お互いに抱きしめあう別れだ。段階が上がる度に親密度が高いんだよ。)
(それ本当なの?)
少なくとも間違ってはいない気がする。
最終的に彼女の許しを得られた俺は、改めて妖精達へと向き直った。
(皆、今まで本当にありがとう。一つ約束するよ。森の向こう側で困っている妖精を見つけたら必ず助ける。)
(当たり前でしょ。こんだけ世話をかけさせておいて、私達の仲間を見捨てた日には本当にぶん殴りにいくわよ。だからセイランス、その約束を果たすためにしなきゃいけないことは分かっているわよね?)
彼女の問いに、俺は頷いて答える。
(うん。必ず生きてアルセムの大魔窟を越えるよ。)
(分かっているならいいわ。それじゃあ最後に、人生の先輩としてのアドバイスよ。常に色んなことに備えなさい。何百年生きたかも分からない私でさえ、あんたの特殊な力に驚いたように未知というのは尽きないわ。未知というのはいつだって、普段自分が想像しているものを超えてやってくる。だからこそ、備えが役に立つのよ。そしてそれが、いつか命運を別ける。)
長い時を生きた大妖精の助言に、俺は神妙に頷く。
(分かったよ。お年寄りの言葉はちゃんと聞きなさいって教わっているから。)
(とりあえず衝撃に備えてもらおうかしら。)
ララから綺麗なストレートキックを頬にもらった俺は、結局最後まで締まらないまま妖精樹から旅立った。
ちなみに教えたのは前世の母です。




