41.彼は未来的な講義を受ける。
辺りが明るくなりかけた頃、ふと目が覚める。
体をそのままに頭だけ動かして辺りに視線を向けると、妖精達が俺の周りで寝ていた。
何とも不思議な光景だ。
そう言えば、昨日は入浴後大しりとり大会を開催して盛り上がったのだったか。
さて、今日から本格的にアルセムの大魔窟を越えるために活動したい。
ただ、装備だけはどうにもならないのが少し不安だ。
妖精達の中に武器や防具を作れる者がいるといいのだが、さすがに体長20cm程の身体にそれは期待できないだろう。
●●●●●
(この魔物の名前はニードルタートル。体が固い甲羅で覆われているのと、背中の針を射出してくるのが特徴ね。針1本1本は致命的な威力じゃないけど針自体は無数にあるから、攻撃を躱しきるのは困難だしまともに攻撃されれば出血多量で死ぬわ。甲羅で覆われているから有効なダメージを与えにくいのも問題よ。唯一の救いは動きが遅いことね。)
俺の目の前には今一体の魔物がいる。
2mを超える亀のような体をしており、背中からは20cm程の針が無数に生えている。
ここで問題だが、今解説をしてくれているララはどうしてこんなに冷静なのだろうか。
俺は彼女の説明を聞きながら目の前にいる魔物に手を伸ばす。
当然、魔物は唸り声をあげながら俺に襲って・・・来ない。
手は虚空を掴み魔物をすり抜けるだけだった。
そう、目の前の魔物は実物ではないのだ。
今朝目を覚まして食事を済ませ、ララに魔物を探しに行くことを告げた俺はこのようなことを言われた。
(は?何で魔物を探しに行くの?)
何でって、それは多くの魔物と出会うことで知識を身に着けるためだ。
百聞は一見に如かずという言葉がある。
(あんたそれって、めちゃくちゃ効率が悪くない?確かに実物を見て学ぶっていうのは一番良い方法だと思うけどさ、あまり現実的じゃないわ。ほら、思い出してみて。私が使える魔法は何?)
・・・幻影魔法だ。
つまり、俺は今ホログラフィックを元に魔物の知識を身につける未来的な講義を受けているのだ。
まさか前世より遙かに水準の低い暮らしをしていた俺が、前世の技術を超える講義を受けるとは思わなかった。
なるほど、これが魔法の支配する世界なのだろう。
今も、ララの説明に合わせてニードルタートルは動いている。
俺が目を丸くしていることに気付いたのか、彼女は説明を中断して話かけてきた。
(ちょっとセイランス、あんたやる気あんの?言っておくけど、あんたのためにやっているのよ。)
(ごめん。幻影魔法にびっくりしてた。)
(ふふん、そうでしょ。私は何百年もアルセムの大魔窟の近くで生きているし、あんたが何百日もかけて魔物を見ようとするよりも遥かに多い量を実際に目にしているわ。それをこうして幻影で見せれば、一気に理解が進むでしょ。)
そう言うと、幻影のニードルタートルが飛ばした無数の針が俺に押し寄せてくる。
スキルによって身を固めた状態でそれを受けるが、当然針は刺さらずに消えていった。
確かにこれだけのインパクトを受けて理解できないのなら、もはや俺の脳は粘土か何かで出来ているのだろう。
●●●●●
その後も講義は続いたのだが、やがて日も高くなってきたため一旦中断して昼食をとる。
そして木の実をせっせと齧るララを見ながら、ふと思いついたことを口にした。
(名探偵ララさん、もしかして魔法についても既に何か分かっていたりする?)
(だから、めいたんていララって何なのよ・・・。相変わらず何言っているか分かんないけど、あんたが動きながらうまく魔法を使えない理由なら見当がついているわ。多分だけど、あんたって人が魔法を使う所をほとんど見たことがないでしょ。)
軽い気持ちで尋ねてみたのだが、彼女からは肯定が返ってきた上に指摘は全くもってその通りだった。
確かに俺は、マルガリンさんが手本として見せてくれる限られたものしか他人の魔法を見たことがない。
もはや名探偵すら超越しつつあるララにそう告げると、彼女は満足そうに頷いた。
(やっぱりね。あんたが戦闘中に動いて魔法を使えないのは、客観的な魔法イメージが不足しているからよ。イメージっていうのは、主観性と客観性が合わさって初めて正確なものになるの。)
(なるほど、確かに言われてみるともっともだ。)
(さてセイランス、私を崇め奉って感謝しなさい。これも幻影魔法なら、探検者達が見せてくれたものを何度も再生することができるわ。)
そう平らな胸を張る彼女に俺は抱きついた。
今回は前回の反省を活かし、30秒ほどで済ませた点を評価してほしい。
(だからセイランス、何で私に抱きつくのよ!!)
(いや、嬉しくて?)
顔を真っ赤にして怒鳴るララに、正座をした俺は返事をする。
3割ほど意識的だった気もするのだが、やはり人恋しさがまだ残っているようだ。
(次抱きついたらここから追い出すからね!覚悟しなさいよ全く・・・。それで、あんたの属性は何なの?)
(属性?)
(あんたが使える属性の魔法を重点的に見せた方がいいじゃない。ほら、早く教えて。)
急かす彼女に自分が使える属性を正直に答えた。
(えっと、全部の属性が使えると思うよ。)
(は?こっちは真面目に聞いているんだけど?)
(いや、こっちも真面目に答えているから。)
お互いに見つめ合うことしばらく、先に口を開いたのはララだった。
(確かにあんたは私が見た限りでも空、火、水、土の4つを使っていたわね。普通そんなに属性は使えないし、第一空属性は人族の希少属性だったはずだからそれも含めて4つなんてあり得ないわ。)
(でしょ?)
(けどその手には引っかからないわよ。あんた魔石を使っていたんでしょ。)
(魔石?)
信じられるわけがないだろうと怒鳴られるのかと思いきや、少し方向性の異なる答えが返ってきた。
(魔石に自分が使えない属性の魔力を込めてもらえば、その属性の魔法が使えるでしょ。だからお金がある人族は魔石を使って自分が使えない属性を補うって聞いたことがあるの。)
なるほど、各属性の魔法を使えるアドバンテージというのはかなり大きい。
特に水属性は飲料水としての役割があるから死活問題だ。
自分が使えない属性の魔力が込められた魔石を使うのはかなり有効だろう。
(でも、どこにも魔石を持っていないよ?)
(どうせ体のどこかにくっつけているんでしょ。)
(いやいや、そんな手品師みたいなことしないからね。)
魔石を身体にくっつけている図というのはかなりシュールではないだろうか。
俺の否定に対して、彼女は胡散臭そうなものを見る目で告げる。
(ふぅーん、あくまで全属性が使えるって言い張るんだ?いいわ、そこまで言うのなら幻属性の魔法を使ってみなさい。幻影魔法は相手に幻を見せる魔法よ。私に適当な幻を見せてくれればいいわ。)
なるほど、それで納得してもらえるのならばやってみよう。
俺は上着とズボンを上から下まで叩き、魔石を身に着けていないことをアピールする。
何を見せるか考えて、結局無難に集落の草原を選ぶことにした。
幼い頃から散々過ごした緑豊かな草原をイメージし、そしてそれを精霊へと伝えながら現象にする。
「幻精よ、幻のごとく顕現し此の者に草原を映し出せ」
魔法を唱えた瞬間目の前には見慣れた草原が現れ、風が気持ちよさそうに草を撫でる光景が・・・見えなかった。
あれ?もしかして、いくら魂システムでも全ての魔法が使えるわけではないのだろうか。
ララにそれ見たことかと言わんばかりの表情が浮かんでいることを覚悟してそちらに視線を向けると、意外にも彼女は驚いた表情をしていた。
(へぇ・・・、辺り一面草原ね。これがセイランスの故郷なの?)
(うん、俺が10年間住んでいた所だよ。というかララ、成功しているの?)
(・・・成功しているわよ。幻影魔法は生き物に幻影を見せる魔法であって、幻影をその場に映し出す魔法じゃないわ。あんたが私にだけ見えるように使ったから自分でも見えてないんでしょ。)
なるほど、そういうことか。
俺がララの言葉に納得していると、彼女は呆れたような顔をして話を続けてきた。
(はぁ、まさか本当に幻影魔法が使えるとはね。幻影魔法は私達妖精族の固有魔法なんだけど。)
(固有魔法?)
(私達は、魔粒子が蓄えられた特定の食べ物からしか魔力を作れないっていう話はしたわよね。そうやって作られた魔力はそれぞれ種族固有のものなのよ。例えば私達妖精族だったら、皆幻影魔法しか使えないけれど代わりに私達以外のどの生物もが幻影魔法を使えないわ。)
お姉さんの作った魂システムは本当に優秀なようだ。
ようは、珍しいのではなくて生物的にあり得ないという次元の話らしい。
ララが自信満々に証明したければ幻影魔法を使ってみせろと言っていたのにも納得だ。
そしてこれは同時に彼女が認めざるを得ない状況にもなったようだ。
(本当に全属性が使えるのね・・・いいわ、アルセムの大魔窟を超えたいなんて巫山戯けたことを言うんだから、むしろそれくらいじゃないと困るわ。相手にとって不足なし!)
ビシっと俺に指差すララ。
一体俺達はいつから敵同士になったのだろうか。
抱きついた辺りからじゃないでしょうか。




