38.彼は妖精と出会う。
(ちょっと・・・え?ちょっと!?)
俺はその後1分程、彼女に抱きついたままだった。
そして、一通り気が済んだ後は地面に正座する。
あぁ、誠意を込めて木の実もお供えしよう。
俺から開放された彼女は、荒い息をしながら顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけていた。
(あんたいきなり何すんの!?人をベタベタと触りまくって!よし、もう敵だということは確定したわ。覚悟しなさい!!)
違うんです、これは違うんです。
俺は正座したまま頭を地面に擦りつけて謝罪する。
(言っとくけどね、今更そんな格好をしたって遅いのよ。第一さっきから会話する気がない時点で誠意も何もあったもんじゃないわ。)
色々と誤解されているのだが、まずは俺が会話をしたくないという誤解を解かなければならないだろう。
とりあえずボディランゲージ作戦を続行して、首を横に振ってみる。
(うん?拒否?わざわざアピールまでしてくれてどうもありがとう。)
『フルフル』
(うん?違うの?もしかして精霊を使えないってこと?)
『ウンウン』
(どういうことかしら。あんた魔力はあるのよね?)
『ウンウン』
(もしかして精霊の使い方がわからないの?)
『ウンウン』
(・・・魔法を使う時の要領で私に伝えたいことをイメージしながら、頭の中で使える精霊に呼びかけてみて頂戴。)
(あーあー、聞こえますか。)
(えぇ、聞こえているわよ。)
彼女の言う通り精霊を通して意志を伝えてみると、相手にうまく伝わったようだ。
色々と言いたいことはあるのだが、まずはちゃんと言葉にして謝罪をしなければならない。
(えっと、先程は本当に申し訳ありませんでした。これには深い訳があるんです。)
(・・・事情次第ね。話をしてご覧なさい。)
俺は1年間森を彷徨っていたこと、道中一人で寂しかったこと、久しぶりに会話ができそうな存在に会えて思わず抱きついてしまったことを正直に告げる。
彼女はまだ鋭い目つきでこちらを睨みつけてくるのだが、やがて溜息を一つ吐くと呆れたように呟いた。
(はぁ・・・。そういうことなら仕方ないわね。許してあげましょう。)
(ありがとうございます。)
セクハラ以外の何物でもない行為をした俺は、許してくれた彼女に再び頭を下げる。
そして問題が一つ解決したところで、先程から気になっていたことを口にした。
(ところで精霊ってこんな風に意志疎通もできるんですね。初めて知りました。)
(知らなかったこっちが驚きよ。魔法を使う時に精霊にイメージを伝えるんだから、精霊を介して意思疎通くらいできるに決まっているじゃない。)
いや、決まっているじゃないと言われても、そんなことができるなんて聞いたことがないのだ。
魔法を使えない者達が圧倒的に多いから、俺達の中では失伝しているのだろうか。
(ちなみにこの意思疎通方法って広く知られているんでしょうか。)
(おそらくそうじゃないかしら。第一、そうじゃなきゃ私達と人族は意思の疎通ができないわ。)
なるほど、確かに妖精と人族とでは使う言語が違っていて当たり前だ。
彼女は俺が知らないことを色々と知っているらしい。
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(ところで、ララって妖精だよね?)
お互いに自己紹介をして名乗りあった後、彼女にまずそれを確認した。
彼女はララ・ヴェルという名前だそうだが、勝手に俺が妖精だと思っているだけで、もしかしたら違うのかもしれない。
(えぇ、そうよ。妖精族を見るのは初めてなの?)
(うん。よかったら詳しく教えてもらえない?)
(そうね、妖精っていうのは人族が亜人って呼んでいる存在の1つよ。亜人と人族の違いを簡単に説明するなら、人族が色んな所を自由に移動できるのに対して、亜人は特定の場所からあまり離れられないかしら。)
つまり自由に移動できる存在が人族、自由に移動できない存在が亜人ということだろうか。
(どうして亜人は特定の場所から離れられないの?)
(亜人は特定の物を食べていなきゃ死んじゃうのよ。私達だったら妖精樹っていう木の実がないとダメね。その木の実に蓄えられた魔粒子からしか魔力を作れないから。)
魔粒子・・・おそらく魔力の素のことだろう。
だが魔力が作れないことと死ぬことに何の関係があるのだろうか。
(えっと、魔力を作れないことと亜人が死ぬことに何か繋がりがあるの?)
(あぁ、なるほど。亜人の事を知らないくらいだからだいぶ知識に偏りがあるのは分かっていたけど、それも知らないのね。)
(うん、俺達獣人は魔力がほとんどないけど死なないよね?)
(魔力が全くないわけじゃないでしょ。)
そう言われると確かにそうだ。
獣人がほとんど魔法が使えない状況を正確に表現すると、魔力が低すぎて精霊が応えてくれないということだ。
(これって本当に基本的なことなんだけど、人と亜人は魔力がないと命に関わるのよ?あんた達獣人は少し特殊だからいいけど、他の人族は魔力が少なくなると気絶したり、危ない状態になったりするわ。私達亜人の場合は空気中の魔粒子から魔力を作れないからもっと事態は深刻ね。)
ふむ、これまでに手に入れた情報と照らし合わせると確かに筋は通っている。
魔力自体はこの世界の生物が蓄えるように進化したということは、生きていく上で必要だったからだ。
(なるほど、確かにそれだと特定の食べ物がある周囲から離れられないね。けど、植物は置いておくとして動物も魔力がないよ。彼らはどうして生きられるの?)
(詳しいことは分かんないわ。でも、動物は私達と違って年月を経ると魔物になっちゃうじゃない。別に魔力がなくても生きられる彼らが優れているわけじゃないと思うわよ。)
彼女は何でもないような顔をしているが、今何かとんでもないことをさらりと言われた気がするのだ。
俺は改めて情報格差を感じながらも、おそるおそる彼女に確認を取る。
(・・・動物が魔物に?)
(何をそんなに驚いているのよ。まさか魔物がどこからともなく現れるとでも思っていたの?)
いや、実は半分くらいはそう思っていたのだ。
だが、もしもこれが本当ならばセイクッドさんが魔物の正体を伝えなかったことにも納得がいく。
動物が魔物になるなんて俺たちに知られたら、大混乱に陥っていただろう。
(どうもあんた色々と疎いわね。1年間森の中を彷徨っていたって言っていたけど、そもそもどこから来たの?確かアルセムの大魔窟は完全に封鎖されているはずよ。)
(えっと、ここから随分と先に俺達獣人の集落があるんだよ。俺はそこから来たんだ。)
(聞いたことがないわね。いや、そう言えば獣人がどうとか探検者達が昔言っていたことがあったかも・・・)
ララは何やら一人で呟きながら、考えているようだった。
その様子をしばらく眺めていると、彼女は手をポンと叩く。
(まぁ、いいわ。とりあえずあんたが魔物のことでそんなに驚く理由は想像が付いたもの。故郷でほとんど魔物を見たことがないでしょ。)
大正解だ、もしかして彼女こそが本当の名探偵なのかもしれない。
俺に間違いはねぇよ、の決め台詞を受け取ってもらえないだろうか。
「この世界は僕の思考の中で踊っているのさ」はキザ過ぎました。




