37.彼は困惑する。
「グオオォォォォォォォン!!!」
10体の狼に似た魔物たちが周囲を囲む。
特徴的なのは毛が生えていない黒い体表と、凶暴な顔にその赤い瞳だ。
彼らに一つ言いたいことがあるとしたら、ようやく肉が焼けてきたというのに食事の邪魔をするのは止めてもらえないだろうか。
いや、彼らも食事を取ろうとしているのかもしれないのだが、俺はおいしくないと思うのだ。
おそらく様子見で飛びかかってきた1体の口に、焼きかけの肉を突っ込んだ後左へと蹴飛ばす。
そのまま追撃を仕掛け、獣人の膂力のままに拳を振り下ろして魔物を灰へと変えた。
単体で挑んでも勝ち目がないことを悟ったのか、残りの魔物たちが一斉に襲いかかってくる。
俺は左手で側転してその場を移動し、攻撃を捌きつつ魔法を唱えようとする。
だがあまりにも素早くあちこちから襲ってくるものだから、集中が出来ない。
そしてついには、1体に身体を噛み付かれた。
そこから一斉に残りの魔物たちが飛びかかってきて、俺の身体の至るところにその牙を押し込もうとする。
スキルを破って食い込むことはないが、ここまで絡みつかれたらやむを得ないだろう。
「火精よ、我が身を包み込め」
普通ならばあり得ない自分を巻き込んだ火魔法で、己の身体ごと魔物たちを火で焼き尽くす。
地面に転がりながら悲鳴を上げる彼らは、やがて灰へと変わっていった。
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魔物たちのせいで中断した食事を再開しながら、俺は故郷を旅立ってからのことを振り返っていた。
頭の耳を触ると集落にいた頃よりも大きくなっているから、あれから1年が経過したことは確かだ。
ここ最近は先程のように魔物に襲われる機会が増えてきたものの、順調に進めているとは思う。
ただ、一つ問題があるとしたらそれは人恋しいことだろうか。
もともと繊細な心を持ち合わせていることもあり、毎日寝るか食べるか走るか戦うかを繰り返す日々というのは、想像以上に心を抉るのだ。
断言してもいい、今俺と会話をしてくれる存在が現れたならば、例え全身毛むくじゃらの男性だったとしても抱きつくだろう。
俺が拳を握りしめてそのような決意をしていると、肉が焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
どうやら今度こそ、食事を取ることが出来るようだ。
『ビクッ』
だが、俺が良い焼け具合の肉を取ろうとすると、突如として獣耳が反応する。
スキルが発動しているのを確認すると、数回転して元居た場所から距離を取った。
どうやら、今日は昼食を邪魔される日のようだ。
周囲を警戒しても獣耳が反応するような事態はどこにも起こっていないのだが、俺はそれでも辺りを警戒し続ける。
なにせ、この1年間この耳が誤作動を起こしたことなどなく、幾度も命を助けられているのだ。
そうして気を張っていると、ふと目の前の景色が歪んだ気がした。
疑問に思った俺は、地面に落ちている石を拾い目の前に放り投げてみる。
『スッ』
するとどうだろうか。
まるでそんな効果音が聞こえてくるかのように、投げた石が途中で消えたのだ。
一度頬を抓って夢ではないことを確認すると、その後も石を投げ続ける。
(あんたいい加減にしなさい!!!)
一体何十個の石を投げただろうか、ふと何かの声が頭に響いてきた。
何と表現すればいいのだろうか、相手の言いたいことが直接頭の中に入り込んできたみたいだ。
周囲をキョロキョロと見渡すが、やはりどこにも人はいない。
「誰かいるんでしょうか。」
俺は目の前の空間に向けて声をかけてみるのだが、何も返事がない。
石を投げたら声が聞こえてきたのだから、再開すればいいのかもしれない。
俺は再び石を手に取った。
(こら石を持つな!!あんた私の声が聞こえているんでしょう?だったら精霊を使って喋りなさいよ!!)
「あの、精霊を使うってどういうことでしょうか。おそらくこの世界だと田舎の方にいたと思うので何のことだかよく分からなくて。」
(だから、何言っているのか分かんないって言っているでしょう!ふざけてんの?よくわかったわ、あんたは敵ね!)
何やら怒った調子で頭の中に働きかけてくるのだが、前世で日本人だった俺がそんなに好戦的なわけがない。
むしろ優雅に紅茶とスコーンでティータイムをしながらお喋りしたいくらいだ。
残念ながら紅茶もスコーンもなかったため、ここは獣人界の孔明としての知恵を働かせ、ボディランゲージでコミュニケーションを試みることにした。
俺は敵対意志がないことを知らせるために、両手を頭の後ろで組んで両膝を地面につく。
(何よその格好?抵抗はしないってことなのね?あんた訳が分かんないわ。石を投げてきたり会話したりする気がないかと思えば、そんな格好をするし。いいわ、とりあえずそっちに行くからその格好を崩さないでね。)
俺がそのままの状態でしばらく待っていると、突然景色の中から女性が現れた。
何か突っ込みを入れるのであれば、彼女が手乗りサイズで背中に4枚の羽のようなものが生えていることだろうか。
大きな葉っぱで身を包み、金色の髪に緑の眼をしたどこか幻想的な雰囲気を醸し出す彼女を見た後、俺はとりあえず抱きついた。
有言実行セイランス。




