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異世界で生きよう。  作者: 579
2.彼はこうして異世界で育つ。
35/159

34.彼は旅立つ。

 獣耳が大きくなり、俺は10歳になった。

 そして今日、この集落を発つ予定だ。


 あれから何度もセシルを訪ねたが彼女は部屋に閉じこもったままで結局会えていない。

 最初は強引に会おうともしたが、強引に会ったとしてそこから先何をどう言えばいいのかも分からなかった。


●●●●●


「セイくん、自分を大事にね。」

「うん、母さんも。」


 長やマルガリンさん、ガイさんやアビルさん達とは数日前までに、すでに最後の挨拶を済ませている。

 彼らは当日も見送ると言ってくれたのだが遠慮しておいた。

 湿っぽいのはどうも苦手だ。


「母さん、今まで育ててくれてありがとう。」

「セイランス・・・。実をいうとね、いつかこんな日が来るだろうなって思っていたわ。あなたって時々とても遠くを見ているような目をしていることがあったから。」

「そうなんだ。昔から森の向こう側についてよく考えていたからかもしれないね。」


 よく分からないが、そういう目をしていることもあったのだろうか。

 

 彼女は俺を見て少し微笑むと、まるで悪戯をする子供のような調子で尋ねてきた。


「ねぇ、セイくん。私に言うことはもうない?」

「いや、別れの言葉ならいくらでも言いたいよ。」

「ふふ、そうじゃないわ・・・いえ、言いたいことがないならそれでいいのよ。」


 この思わせぶりなセリフは一体何だろうか。


 まさか俺が転生者だと気付いているわけではないと思うのだが、どうも気になる。

 俺は核心には触れずに、ボヤかしながら彼女に尋ねた。


「母さん、何か気付いている?」

「うん?気付くって何が?」

「・・・いや、何でもない。」


 確認したい気持ちもあるが、藪をつついて蛇を出すのは遠慮したい。

 少し考えたが結局これ以上は尋ねないことにした。

 母がこれ以上言ってこないのだからそれが全てなのだろう。


「母さん、そろそろ行くよ。」

「えぇ、いってらっしゃい、セイランス。」

「いってきます。あぁ、最後に1つだけお願いがあるんだ。」


 俺は最後に1つだけ、彼女に言って欲しい言葉があったことを思い出す。


 これが正しいことかは分からない。

 だがこの世界でセイランスとして生きようと今まで頑張ってきて、そしてこれからもそうなのだ。

 俺はセイランスと同時にもう一人の人間でもあったのだから、この瞬間くらいはいいだろう。


「何かしら。」

「『ハルヨシ』って呼んで欲しい。」

「・・・分かったわ。いってらっしゃい、ハルヨシ。」

「ありがとう、いってきます。」


●●●●●


 母と別れ森の中に入ってからしばらくして、遠くから足音が聞こえてきた。

 もしかしなくてもこれは・・・。


「セシル!」


 足音が聞こえた方向に目を向けると、しばらくしてセシルが現れた。

 あぁ、良かった。もう会えないものだと諦めていたのだ。


「セシル、あいにきてくれ・・」


『パァン!!!』


 気持ちいい音がして、左頬が熱を帯びた。

 最初は何が起きたのか分からなかったが、理解すると徐々に痛みが出てくる。


「セシルさん?」

「一発くらい殴ってもいいでしょ。昔から決めていたっていうのに、今まで散々私に黙っていて突然出て行くなんて言い出すんだから。」

「はい、結構でございます・・・。」

「これ。」


 セシルは短くそう言うと動物の皮で作られた肩掛け鞄を渡してきた。

 まさかあれからこれをずっと作ってくれていたのだろうか。

 俺はそれを受け取ると、さっそく肩へとかける。


「私が作ったやつだから旅で使って。」

「ありがとう。大事に使うよ。」


 大切に空間収納に閉まっておくのではなくて、大事に使いたい。

 彼女は少し不安そうな顔で俺に尋ねてきた。


「セイランスくん、また会えるよね?」

「・・・もちろんだよ。何しろ俺はすごいお姉さんから力をもらって生まれたからね。森の往復なんて余裕じゃないかな。」

「何それ。セイランスくんって、たまによくわかんない時があるよね。」


 帰って来られる保障どころか、ガイさんの言う通り森の向こう側にたどり着ける保障さえないが、俺は彼女にそう答えた。


「俺の方からも何か返すものがあるといいんだけど、気の利いたものが何もないや。」

「いいよ、私が渡したかっただけだから。」


 何かないだろうか、渡すものはないがせめて魔法で。


「セシル、ちょっと見ていて。『光精よ、蛍のごとく漂いて七色に輝け』」


 わずかな時間に精一杯考えて、頭に思い浮かんだのはいつか田舎で見た輝く蛍達。

 俺の伝えたイメージを再現するように、七色の光が周囲を無数に漂い幻想的な光景を映しだした。


「綺麗・・・。」

「セシル、いつかまたこの蛍を見せに来るから。」

「ほたる・・・?よく分かんないけど、これはほたるって言うのね。うん、分かった。楽しみにしてる。」


 そう言って、笑顔を向けてくれる。

 彼女に森の向こう側に行くことを告げてから初めて見る笑顔だ。

 俺も同じように笑顔で最後の別れを告げる。


「それじゃあセシル、いってきます。」

「いってらっしゃい。」


 こうして俺は、10年間過ごした故郷から旅立った。


ここまでご覧頂きありがとうございます。


これで2章本編は終了です。

この後6つの短い番外編を載せて、3章へと移ります。


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