31.彼は手段を得る。
窓の外もすっかり暗くなった頃、俺とセイルさんは椅子に座り向い合っていた。
俺に一体何の用だろうか。
「こんばんは。セイルさん、どうかされましたか。」
「いえ、少し質問したいことがあったものですから。セイレン・ヴォルテンという者を知りませんか?」
「セイレン・ヴォルテンですか・・・。いえ、聞いたことがないですね。」
ヴォルテンと付くからにはセイルさんと関わりのある人物なのだろうが、探し人なのだろうか。
もしかしたらガイさんやセシルにも尋ねた後なのかもしれない。
「どういった人物なんですか?」
「喧嘩別れした息子です。森の向こう側に行くんだと、出て行ってそれっきりですね。我が家には他にないような様々な物があるでしょう。彼はそういう物の中で育っている内に、森の向こう側に興味を持ったみたいです。」
どうやら、セイレンという人物は森の向こう側を目指していたらしい。
つまるところ、俺の先輩ということだろうか。
もしもセイルさんが探し人について尋ねに来ただけならば話はこれで終わりなのだが、せっかくなので先程詳しく聞けなかったセイクッドさんについて聞いてみることにした。
「これは先程お話を聞いた時から疑問だったのですが、そもそも何故セイクッドさんは見知らぬ土地でヴォルテンの名を残そうとしたのでしょうか。」
「そういう質問をされるのは初めてですね。興味がおありでしたら、お話しましょう。何でも彼は、本来自分の希望だけで動くわけにはいかないような重要な立場として生まれたそうです。けれども幼い頃から探検者に憧れており、それをどうしても捨て切れませんでした。彼は結局周りの反対を振り切り探検者になりました。」
本来自分の希望だけで動くわけにはいかないような立場か。
とりあえず、ただの農民生まれでないことだけは確かだろう。
「彼はその後様々な旅を経て、最終的にこの地に留まることになりました。探検者として好きに生きていたうちはよかったのですが、ふと立ち止まってみて思ったそうです。探検者になるという夢のために自分の立場を投げたが、もしかしてとんでもないことをしたのではないだろうかと。」
「セイクッドさんはそこで後悔をしたわけですね。」
「えぇ、そうです。後悔の念にかられ始めた彼は、ヴォルテンの名を残すことにしました。何でも家名を相続させるというのは何よりも大事なことだったそうです。そして、それに協力したのがセイクッドと親しかった我が先祖になります。」
一見筋が通っているようにも思えるが、やはりここで不思議なのが血縁に関する問題だ。
「えっと、全くの他人に一族の名を継いでもらったとしても、あまり意味がないのではないでしょうか。そういうことは、血縁関係があって初めて意味があるように思うのですが。」
「そういったことに関してはよく分かりませんが、何でも私達獣人にはその資格があったそうですよ。」
どうして獣人に一族の名を継ぐ資格があるのだろう。
さすがに情報が少なすぎて、詳しい話を聞いたらさらに話が混乱してしまった気がするのだ。
そろそろ思考放棄をしようかと考えていた俺に、セイルさんは静かに告げる。
「我々は代々、親からセイクッドの後悔と知識、そしてヴォルテンについて語られてきました。アルヴァント国ヴォルテン家、国を守護する一族だったそうです。『右に10歩、前に5歩、左に6歩、前に15歩、指輪と共に進め』ずっと受け継がれてきた言葉です。」
ウド、マゴ、サム、マイゴ・・・。
どうやら、ウドの孫のサムは迷子のようだ。
「もっとも、ヴォルテンも私で終わりです。息子と喧嘩別れしたのは指輪を渡した後ですしね。ですが、この辺りが限界だったのかもしれません。いや、こうして私の代まで受け継がれてきたことが奇跡でしょう。」
彼は何かを悟ったような表情をしているが、実際の所彼の言う通りだとは思う。
そのヴォルテンというのがどれほどの一族だったのか知らないが、俺達にとってはまるで意味がないし全く異なる文化だ。
湿っぽい空気になりお開きの雰囲気が漂う中、俺は最後に以前から抱えている問題について話をしてみた。
「興味深い話をありがとうございました。ところで最後に一つお聞きしたいのですが、魔物に襲われにくくなる方法って何かご存知でしょうか。」
「ふむ・・・。ちなみに、理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか。再び魔物に遭遇する心配ならもうしなくて良いですよ。一生のうちに我々が何度も出くわすような存在ではないですから。」
彼の言うことはもっともだ。
セイレンさんが森を越えると言って出ていったにも関わらず申し訳ないのだが、俺は自分の事情について話をする。
「俺は今8歳です。それで、10歳になったら森の向こう側に行きたいと思っています。森を超えるための対策を色々と考えているのですが、森の奥深くに行った時に魔物に襲われにくくする方法だけがなかなか思いつきません。だから、セイルさんなら何かいい案を持っていないかと思いまして。」
「なるほど。どうして森の向こう側に行きたいのですか?」
「世界を見て回りたいんです。」
そう、俺は高校生のまま死んでしまった。
まだ何も見知らぬまま、まだ何も経験しないまま、ただ学校に通い続けて、あんなに広い世界だったのに、あんなに狭い中だけで生きて死んでしまったのだ。
「・・・分かりました。しばらく待っていて下さい。」
そう言うと、セイルさんは部屋から出て行った。
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「これは魔物を近寄りにくくする魔道具です。最も近寄りにくくするだけで全くやってこないわけではないですし、見付かってしまえば効果はないようですが・・・。」
しばらくした後、セイルさんはランタンのようなものを持って戻ってきた。
「魔道具ですか?」
「えぇ。魔石をエネルギー源として利用する道具を魔道具といいます。これはセイクッドがここに来るまでに利用していたものの1つです。これならばあなたの目的と合うでしょう?」
「そうなのですが、こんな貴重なものをよろしいのでしょうか。」
自分で言っておいて何だが、旅発った後に再び戻ってこられる可能性は限りなく低い。
それなのに今日会ったばかりの俺に、渡してしまっても良いのだろうか。
俺がそう尋ねると、彼は静かに頷いた。
「先程も言いましたが、ヴォルテンは私の代で終わりです。この魔道具も残しておいても仕方がないものですから。それに、この魔道具をお渡しするにあたってお願いしたいことが1つあります。もしもあちらに着くことができたなら、この手紙を本来のヴォルテン家にお渡し下さい。」
そう言うと、セイルさんは1通の古びた手紙を俺に渡した。
「それはセイクッドがもしも届けられそうな者がいたらと、いくつも書いた手紙というもののうちの最後の1つです。」
「それはかまいませんが、俺が辿り着けるかはわかりませんし、ヴォルテン家はもう存在していないかもしれませんよ。」
「存在していなければそれで結構です。この事は忘れて下さい。」
そういうことならばと、俺は手紙と魔道具をセイルさんから受け取る。
去り際に手を出してきたため握手をすると、彼は小さく微笑んで部屋を出ていった。
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「それではお世話になりました。」
翌日の朝、俺達は玄関の前でセイルさんとレシアさんに挨拶をしていた。
「帰りの旅の無事を祈っています。また機会があればどうぞお越しください。」
「皆様が滞在中快適に過ごせたならば幸いです。」
「すごく快適だったよ。」
挨拶を済ませ俺達が出発しようとすると、セイルさんが一言俺に告げた。
「そういえば一つ言い忘れていたことがありました。セイクッドは私達のことをアシュと呼んでいたそうです。」
「アシュ・・・ですか。」
どういう意味だろうか。
言葉の意味を考えようとしていると、後ろから催促する声が聞こえる。
「おい、セイランス!早く来ないと置いていくぞ!」
「はい!今行きます。」
俺は走るように二人に追いついて、トキワの集落への帰路に就いた。
後3話で旅立てそうです。




