28.彼は旅をする。
ある日の午後、俺は母と共にガイさんの家へと向かっていた。
何でも俺に話があるらしい。
「ガイさんの話って何だろうね。」
「何かしらね。そういえばセイくん、まだ何も考えていないかもしれないけど10歳になった後はどうするつもり?」
「んー、迷っている最中だよ。ただ、この集落を出てく可能性も選択肢の一つとしては考えているかな。」
さすがに森を越えると言い出すことは出来ず、暗に集落を出て行く可能性だけを匂わせておく。
彼女はこの時期に明確な答えが返ってくるとは思っていなかったのか、軽い調子で返事をした。
「そうなの。まぁ、まだ急ぐ必要はないから少しずつ考えておくといいわ。」
●●●●●
俺たちがガイさんの家に辿り着き、ドアをノックすると中からアビルさんが出てきた。
「いらっしゃい。ガイが中で待っているわ。」
「お邪魔します。」
中に入ると、椅子に腰掛けたセシルとガイさんが出迎えてくれる。
俺たちが席に着くと、さっそくとばかりに彼は話を始めた。
「実はな、この前長から依頼を受けたんだ。集落間連絡の際には、誰かがその集落に伝えに行くことは知っているだろう?」
「そう言えば、そういうものもあるみたいですね。」
国として成り立っていない以上郵便局の類も存在せず、前回の魔物のように集落間での連絡を必要とする場合は、その集落の誰かが伝えに行くことになっているようだ。
「それで、長からその仕事を頼まれたんだ。用件自体はたいしたことがないから、ちょっとした遠出のつもりで出掛ければいいし、この際だからセイランスもどうかと思ってな。お前、まだこの集落から出たことがないだろう。セシルも連れて行くつもりだ。」
「私、セイランスくんと一緒に行きたいな。」
「俺としてはありがたい話ですが・・・母さん、行ってもいい?」
他の集落というのは純粋に興味がある。
俺が母にお願いするような視線を向けると、彼女は頷いた。
「えぇ、いいわよ。ガイさん、日数はどれくらいかかりますか?」
「そうだな・・・。俺も行くのは初めてなんだが、だいたい向かうのに5日かかるそうだ。あっちでの滞在は1日を予定している。」
「分かりました。ちなみに何という名前の集落でしょうか。」
あまり関係がないので把握していないが、各集落には名前が付いている。
俺が今住んでいる所はトキオという。
「レキだ。」
「・・・そうですか、分かりました。」
今少し母の反応が鈍かったように思うのだが気のせいだろうか。
俺が彼女の様子を観察していると、ガイさんは話を続けた。
「実はその集落にお前を誘ったのにはもう1つ理由があってな。2年前に魔物に出会っただろう?」
「えぇ、忘れるわけがありません。」
「そこの集落は、昔1人の探検者が居ついて生涯を終えた場所なんだ。魔物に関しての情報が詳しくあるかもしれん。ちょっと興味がわかないか?」
なるほど、確かに昔探検者がこちら側に訪れていたというのならば、定住した者がいたとしてもおかしくないだろう。
むしろ、どうして今までその可能性に至らなかったのだろうか。
推理が的中した時の決め台詞を呑気に決めていた自分が恥ずかしい。
これでは名探偵ではなく迷探偵だ。
「俺達の命を奪おうとした魔物についてはあれから関心がありました。」
「そりゃ良かった。じゃあ決まりだな。3日後に出発する予定だからそのつもりでいてくれ。準備はこちらでしておくから必要ない。」
とりあえず又とない情報収集の機会だ。
ガイさんには感謝しよう。
●●●●●
3日後、トキワの集落を発った俺たちは、広い草原の中を歩いていた。
「荷物の中には水筒が入っているからな。喉が乾いたら飲むといい。途中で川によって補充もしていく。」
出発前に渡されたかばんの中を覗くと、中には水筒や動物の毛皮で作られた寝袋などが入っているようだ。
水筒は森の中に生えている中が空洞の木を利用しているのだろう。
「あ、セイランスくん。みてみて!あそこに動物がいるよ。」
「本当だ。草原に動物がいるのは珍しいね。」
「ここらへんはもう俺達の集落から離れているからな。森の中じゃなくても動物を見かけることがある。最も見晴らしがいい分相手もすぐにこっちに気付くから、狩りをしようと思うと面倒だ。」
草原に動物がいればわざわざ匂いや音で探さなくても良いから楽そうだと思っていたのだが、こっちが簡単に気付けるならあっちも簡単に気付けるのか。
そう上手くはいかないものだ。
「とりあえず日が暗くなるまで歩こう。」
集落から出たといっても辺り一面が草原であることに変わりはない。
俺達は会話をしながらもひたすら歩き続けた。
●●●●●
「よし、今日はここらで野宿をするぞ。セイランス、火を点けてくれ。」
日が暮れてきた頃にガイさんがそう告げると、手際よくかばんの中に準備してあった枯れ木を積み上げ焚き火の用意をしていた。
「火精よ」
俺がそう唱えると枯れ木に火が着く。
これくらいの魔法ならばトリガーだけで発動できるようになったが、一方で戦闘に使おうと思うとトリガーだけでは精霊の補完がまだまだ多く、言葉による補助を省くことはできていない。
俺は着いた火を眺めながら、ふと気になったことを尋ねる。
「そう言えば、夕食はどうするんでしょうか。」
「ん?そんなもの現地到達に決まっているじゃないか。」
彼はそう言って立ち上がると、辺りを見回す。
そして遠くにいたシカのような動物に狙いを定めると、獲物目掛けて走り出した。
先程彼が言ったとおり、獲物はガイさんの接近に気付くと全速力で逃げ出す。
一体どうやって捕まえるのかとその光景を眺めていると、何とガイさんと獲物の距離がどんどん縮まっていくのだ。
あぁ、そう言えばここ最近は一人で森の中に入っていたから、大人の獣人の身体能力をすっかりと忘れていた。
そもそもがこれまで散々歩き続けたにも関わらずどこにそんな体力が残っていたのか、彼はやがて獲物に追いつくとそのまま絞め殺し肩に担いでこちらへと戻ってきた。
「はっはっは。どうだ、セシル。」
「パパ、すごい!」
「そうだろう、そうだろう。セイランスだけじゃなくて、パパも十分すごいんだぞ。」
そう言って俺に勝ち誇ったような顔をする。
どうやら彼が保存食を持ってこなかったのは、娘に自分の力を自慢するためだったらしい。
「確かにすごいです。アビルさんが大好きなだけの人じゃなかったんですね。」
「・・・よし、セイランス。セシルが寝たら少し男同士で話をしようじゃないか。なに、ガイさん素敵ですと言わせるだけだから安心しろ。」
それのどこに安心要素があるのか、セシルと一緒に聞かせてもらってもいいだろうか。
●●●●●
夕食を食べ終わった後、火がパチパチと弾ける音が静かに響く中、ガイさんがぽつりと呟く。
「セシルのやつは寝たか。」
「みたいですね。ガイさん素敵ですって言ったほうがいいでしょうか。」
「・・・家に帰ったらアビルに言ってもらうからいらん。なぁ、セイランス。集落から初めて離れた感想はどうだ?」
どうも何もいつもと違う場所で寝る、たったそれだけのことでもテンションが上がるのが男子心というものだ。
「ただ草原が広がっているだけですし、目新しいものはあまりないですね。でもなんだかんだいって楽しいですよ。今している野宿にしたって、男の子の心をくすぐりますから。」
「なんだそりゃ。お前はたまにわけがわからんな。」
「ミステリアスな雰囲気が出ていて魅力的でしょう?」
「馬鹿そうな雰囲気しか出てねぇよ。」
獣人界の孔明に対して何て言い草だろうか。
ここは一つ言い返す必要があるだろう。
「ガイさんは情緒感が足りない人なんですね。」
「よし、いいだろう。やっぱり向こうで少し話し合おうじゃないか。」
「うわぁ、大人気ない。」
そんな、口喧嘩の体裁を保った下らない雑談をしているうちに、段々とパチパチと音を立てる火が小さくなっていく。
そろそろ俺達も寝る時間だろう。
「・・・なぁ、セイランス。セシルはお前に懐いているようだ。これからも仲良くしてやってくれよ。」
「・・・えぇ。俺もセシルといるのは楽しいですから。」
そう返事をしたものの、集落を出る時セシルにはなんて言えばいいのだろうか。
ある意味、一番の問題かもしれない。
アビル「ガイ、あなたって素敵よ。」




