23.彼は母親と話をする(2)。
「もう一つ話があるんだけど、ガイさんの怪我を治したそうね。」
「うん。実は魔法で傷を治せないかと思ってこっそり森に入って動物で試してみたことがあるんだ。」
ガイさんというのは俺が助けた男性のことだ。
魔法を覚えてからは常々治癒魔法について気になっていた。
そこで、狩りにある程度慣れた頃何度か一人で森に行きこっそりと動物実験を行ったことがある。
「へぇ?一人で森に?」
「待って、母さん。今大事な所はきっとそこじゃないから。そこは一旦置いておこうよ。」
そしてそのまま永久に置いておくべきだと思うのだ。
さすがにこれ以上怒られようものなら、俺の心は音を立てて崩れ去ってしまう。
『地味に生きよう』をテーマに生きてきたつもりなのだが、どうやら思った以上にあちらこちらに地雷を埋め込んでしまっているようだ。
誰か地雷が他にないか、探知と除去を行ってくれる者はいないだろうか。
今ならば三食昼寝付きで採用したい。
「ところで、それがどうかしたの?」
「いえ、治癒魔法に関してはこういう御伽話があるのよ。」
そう言うと、彼女は語り出した。
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昔々あるところに人々の傷を癒せる魔法使いがいました。
その魔法使いは薬草で治すことができない怪我も立ちどころに治す、素晴らしい力の持ち主でした。
魔法使いはとても優しい心の持ち主で魔法を使って人々の傷を嫌な顔一つせず癒やします。
けれどある日、そんな魔法使いに変化が訪れました。
今まで人々の傷ばかりを治してきましたが、皆と同じ様に森で狩りをする本来の獣人らしい生活がしたくなったのです。
ですが、周りの人々はそれを許しませんでした。
君は治療さえしていてくれればいいから、狩りをして万が一死んでしまったらどうするんだ。
結局魔法使いは狩りをすることを断念しました。
魔法使いは今日も皆の治療をします。
皆はニコニコと笑顔で魔法使いに礼を言い、寝所を用意し食べ物を用意します。
魔法使いはただ、治療さえしていれば全てが手に入るのです。
やがて時が経ち、魔法使いは死にました。人々は讃えます。
彼は素晴らしい人だったと。
果たして魔法使いは幸せだったのでしょうか。
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どうやら、母が語ったのは治癒魔法使いの御伽噺のようだ。
確かに御伽話に過ぎないが、それと同時に全くないとも言い切れない内容である。
この集落に西洋医学の概念はなく、怪我をした際に主流となるのは薬草になる。
当然薬草で治療できる怪我など限られているし、今回の様な深い傷は間違いなく助からないだろう。
そもそも、人によって使える属性が違うというのはどういうことだろうか。
俺はこれをエネルギーの質による分類だと考えている。
前にも触れたが、この世界の住人はエネルギーを蓄えるために生まれたわけじゃない。
世界の運営という観点からみると人ぞれぞれの魔力によって使える用途が違うのではないだろうか。
つまり属性というのはエネルギーの質を分けて回収するための仕組みだ。
どういう基準で属性を充てているのかは分からないが、聖属性で回収するような質を持つ者は滅多にいないのだろう。
「セイくん、多くのものを与えられたこの魔法使いが、唯一手に入れられなかったものは何か分かる?」
母がそのような事を尋ねてくるが、考えるまでもない。
「それは・・・自由だよね。」
「えぇ、そうよ。それでセイくん、あなたは自由がほしい?それとも大切にされたい?」
これも考えるまでもないことだ。
「僕は自由な人生を送りたい。」
「そう・・・、分かったわ。」
俺がそう答えると、彼女はほっとしたような顔をする。
もしも俺が大切にされたいと答えたならば、彼女はどうしたのだろうか。
今度こそ話はこれで終わりとばかりに、彼女は手を机の上にポンと置く。
「さて。それじゃあこれで一通り話は終わりかしら。今からお昼ご飯を作るわね。午後からは長の所に行かなきゃいけないもの。」
「うん。」
そう言えば、集落長にも呼ばれていたのだったか。
魔物が残した透明な塊と爪は彼に預けたが、何か具体的な話を聞けるのだろうか。
珍しく真面目な解説を少しします。作者もやる時はやるのです。
今後このお伽噺に関連する出来事というのは別に登場しないのですが、実はこの話を聞いた上でのマリアの質問に対するセイランスの答えが、彼の今生における大きな別れ道の一つとなっています。
もしもセイランスがここで『大切にされたい』と答えていれば、あるいはそう答える性質ならば、彼は自分が持っている力を活かし多くの人々に認められる人生を歩むことになっていました。
治癒魔法で人々の尊敬を集め、また魔物を倒せるその力で人々の畏怖を集め、いつの間にか集落を纏め上げていたかもしれませんし、更にその先へと進んだかもしれません。
ですが彼は『自由な人生を送りたい』と答えたことにより、只の少年として引き続き集落を出て森を越える目標を持って生きていくことになります。




