22.彼は母親と話をする(1)。
昨日の騒動から一夜が明け、朝食を食べた俺は現在部屋で絶賛待機中だ。
家事が済んだら少しお話しましょうとのお言葉を母から頂いたためだが、ある意味魔物との対峙以上の絶望感を覚えるのは気のせいだろうか。
なにせ朝食の間中、張り詰めた空気と無言の母が俺の繊細な心を圧迫し続けていたのだ。
後でどれだけ怒られてもいいと思っていた勇ましい昨日の自分に責任を取ってもらいたいのだが、生憎と彼はもう過去の彼方に消えてしまった。
今回幸運だったのは、単純な物理攻撃をする魔物だったことだろう。
あの魔物と同様に俺のスキルもまた身体の内側からの攻撃には役に立たないから、空気中に毒を散布するような特殊な攻撃をされるとどうにもならなかった。
●●●●●
「セイくん、こっちへいらっしゃい。」
いつもよりワントーン低い声と共に彼女から声がかかる。
ついにこの時が来てしまったようで、心臓からは大きな音が響き手からは汗が流れていた。
転生しようが魔法が使えるようになろうが、母親とは怖いものなのだ。
許されるのならば今すぐに、死んでも母親は怖いという論文を学会に提出しに行くついでに逃げ去りたい。
「はい、母さん。」
そんな心境とは裏腹に身体は彼女の言葉に従って椅子へと座るが、正面を見るのではなく机を見つめるささやかな抵抗を許して欲しいのだ。
「セイくん、まずは無事でよかったわ。」
「うん、母さんも。」
「そうね。ねぇ、セイくん。あなたは今回結果的に私も含めて3人の命を救ったわ。ありがとう。」
幾度となく彼女の言いつけを破って行動したため怒られるのかと思いきや、意外なことに彼女からは礼を言われた。
これはもしかして褒められる展開ではないだろうかと一縷の望みをかけて視線を正面に向けると、怖い顔をした母がいるのだからその望みは儚く消え去る。
研ぎ澄まされた反射神経で視線を逸し、俺が机の汚れを必死に見つめる作業に戻ったことは言うまでもないだろう。
「でもね。私は家で留守場して欲しいと言わなかったかしら?助けを呼んで来て欲しいと言わなかったかしら?逃げて欲しいと言わなかったかしら?」
「お、仰っていました。」
さすがに俺もこの状況で母の記憶違いだと錯覚させる大胆な作戦を再び試みるだけの度胸があるはずもなく、獣人界の孔明の名を一時忘れると小さくそう返事をした。
「セイくん、結果を見ればあなたがしたことは本当に立派なことよ。けれど、その過程でやってはいけないことが幾つもあったわ。あなたはきっと今回の件で感謝もされるし、褒められるとも思うの。だから親として私が、ここでしっかりと叱ってあげる。」
既にこの時点で彼女の声は普段よりも低く、大型動物ですら容易く捻り潰せる存在の鋭い眼光が目を合わせていないにも関わらず深く突き刺さっているのが分かった。
この後に何が起こったかは、思い出すのにも涙を流してしまうためどうか察して欲しいのだ。
●●●●●
「さて、さすがにこれくらいにしておきましょうか。それじゃあセイくん、次の話よ。」
「はい、もうしません。何でしたら指を切って流した血で紙にサインをしてもいいです。」
「・・・さすがに怒りすぎたかしら。」
つい先程まで般若の形相をしていた彼女は、大きく亀裂が入ってしまい作り直さなければならなくなってしまった机越しに涙を拭くための布を渡してきた。
俺は今回の行動を深く反省している反面で後悔はしていないのだが、思わず後悔しそうになる程の何かが起こったことをこの机の亀裂と激しく震えていた獣耳から読み取って欲しい。
それからしばらくしてようやく俺が落ち着きを取り戻すと、彼女は改めて次の話題を口にした。
「セイくん、スキルが使えたのね。」
「・・・数ヶ月前に気付いたんだけど、なかなか言い出せなかったんだ。身体が頑丈になるみたい。」
「そう、スキルが使える人は珍しいけどいないわけじゃないわ。物騒な力でもなさそうだし、人と違うからって気にすることはないのよ。」
これ以上余計な波風は決して立てまいと無難な返事をすると、さすがに少し気まずいのか母からは優しい言葉が返ってくる。
だが、これまでスキルを明らかにしてこなかったことに関しては無事に済みそうだと油断していたのがいけなかったのか、彼女の話はそこで終わらずにさらに問いかけてきた。
「ところでセイくん、スキルって本当に数ヶ月前に発覚したものなのかしら?よく考えると今まで一度も怪我したことがないわよね?昔から外で身体を動かすのが好きだったじゃない。結構危ない運動もしていたと思うんだけど?」
「だってほら。危険な森にいる時は母さんが一緒にいて守ってくれるから。」
「セイくん?」
母さんがいつも守ってくれるおかげという良い話に仕立てあげようとするのだが、そうは問屋が卸さないらしい。
散々怒られた後でこれ以上何か言い訳をする気力など壊れかけの心に存在するはずもなく俺は正直に告げた。
「実は随分昔から気付いていました。」
「どうして黙っていたのか聞いてもいい?」
「母さんに変に思われたくなかったから。」
そう、スキルは誰もが所有する力ではないと知っていたが故に彼女には言えなかったのだ。
俺のその返事を聞いて彼女はこれまでに見たことがないような悲しそうな顔をすると、俺の手をそっと握って口を開いた。
「セイくん、あのね。私はあなたの母親よ。あなたがどんな力を持っていようが、気味悪がったり怖がったりしないわ。これだけは覚えていてほしいの。」
あぁ、二度目の人生でも母親という存在にはやはり敵わないようだ。
学会「検討してみましょう。」




