21.彼は魔物と対峙する。
視線を移すとそこには、周囲を警戒する母の姿だけがあった。
槍を構えながらせわしなく視線をあちらこちらに向けている所を見ると、魔物がこの場を離れてくれたというわけではなさそうだ。
だがそうすると魔物はどこにいったのだろうか。
俺がそう疑問に思っていると母の獣耳が僅かに動き、彼女はそれを察すると素早くその場から跳んだ。
『ブォッ!!!』
次の瞬間、空気を切り裂く音がして先程まで彼女がいた空間を巨大な爪が襲う。
少しでも反応が遅れていたならば爪の餌食になっていたことだろう。
体勢を整え直した彼女は攻撃が大振りになって隙が出来ている魔物めがけて、槍を勢い良く投擲した。
槍はぐんぐんと速度を上げながら魔物目掛けて一直線に進み、そして吸い込まれるようにその体へと衝突する。
『カラン』
これが決まれば少なからずダメージを負うはず。
見ていた俺も、そして投げた母も同じことを思っていたはずだが、その後起こった出来事は見事にその期待を裏切った。
魔物に刺さるはずだった槍が乾いた音を立てて地面へと落ち、石槍は砕け散っている。
どうやら武器としての性能があまりに不足しすぎていたらしい。
いくら獣人の優れた力で投擲しても敵を傷付けるはずの石槍が耐えられないのでは話にならない。
呆然とするこちらをよそに何事もなかったかのように魔物は再び姿を消した。
いや本当に姿を消したわけじゃない、目を凝らすと青い何かが高速で動いている。
母は動きを捉えようと気配を探っているが、獣人の動体視力を持ってしてもそれができない。
彼女が手をこまねいていると先程と同様に獣耳がわずかに動いた。
だが・・・
今度は獣耳が反応するのと同時に魔物が突っ込んできた。
少しでも間があればまだ躱せるがいくら何でも同時では間に合わない。
魔物のタックルを受けて彼女は後方に大きく吹き飛ぶ。
このまま追撃を受けると致命的だ。
ちょうど二人の間に距離が出来たため俺は間に入り込んだ。
視線を向けると驚いた表情をする母と目が合う。
「ゲホッ・・セイくん・・・?」
「母さん、大丈夫?さっき狼煙をあげておいたからもうすぐ助けが来るはずだよ。」
「そうじゃないわ。何でここにいるの?」
非難めいた視線を向ける彼女に、俺は少し目を逸らしながら先程と同様の言葉を告げる。
「母さんが心配だったからね。」
「あなたじゃどうにもならないわ。早くここから離れなさい!!」
必死の形相をする母に困ったような表情を返す。
今俺の頭の中に浮かんでいるのは少年神様が最後に告げていた『後悔しないように』という言葉だった。
後でどれだけ怒られてもいいからこの場だけは譲れないのだ。
「母さんにだってどうしようもないでしょ。ちょっと僕に任せてよ。」
「セイランス、待ちなさい!」
母の言葉を無視して魔物に向かって行く。
とりあえず頭部を集中的に狙ってみようと軽いジャブのつもりで魔物の頭目掛けて槍を突き出した。
『バキッ!!』
回避されるかと思いきや魔物が取った行動はもっとシンプルなものであり、まるで槍がただの脆い玩具とばかりに噛み砕く。
有効打になるとは思っていなかったがこれはいくら何でも無茶苦茶だろう。
だがこのまま立っているだけでは倒せないことも確かだ。
俺はそのまま大きく跳んで魔物の頭目掛けて飛び膝蹴りを加えるが腕でガードされる。
今度はガードされた手を掴み、そのままそれを起点として後頭部目掛けて蹴りを放つ。
だがやはりこれも魔物が頭を下げることで躱された。
俺は手を離し後頭部を蹴ろうとした勢いのまま魔物から距離を取って着地した。
ふむ、物理攻撃でこの魔物をどうにかするのは難しいようだ。
攻撃が当たらないし、仮に攻撃を当てていたところで大した痛手にはならなかっただろう。
かといって遠距離から魔法を放ったところであの速さでは当たらないし、3mもの巨体をどうにかできる規模の魔法を俺は使えない。
さて、この絶望的な状況を打破するにはやはりスキルを有効利用するしか無いようだ。
「セイランス!これで分かったでしょう!!早く逃げなさい!!」
「この状況で逃げるなんてもう無理だよ。」
魔物に視線を合わせたまま母の怒鳴り声に答えた後、俺はゆっくりと歩いて行く。
魔物はゆっくりと近付く俺の行動に困惑しているのか動かないが、それはそうだろう。
明らかに格下の相手が呑気に歩いて近づいて来ることなど普通あり得ないのだから。
俺はそのまま魔物との距離を縮め右手を魔物の顔へと近付けた。
「セイランス!」
母の叫び声と同じくして魔物の鋭い牙が右腕を襲う。
鋭い音がして俺の手が魔物の口の中へと消えた。
その後に広がるのは右腕から大量の血を流し地面に倒れる俺・・・
いや、母にはその未来が見えていただろう。
だが現実の腕は傷一つついていない。
スキルによって守られた腕は今も魔物の牙をしっかりと受け止めていた。
俺は噛み砕かれずに口に加えられたままの腕から魔法を放つ。
使うのは火属性、イメージするのは蛇、それは魔物を体内から焼き尽くし喰らう。
「火精よ、蛇がごとく顕現しのたうて」
蛇の形を模した炎が魔物の口から体内に向かって入り込みのたうつ。
「アッ・・・ガッ・・」
魔物は声にならない声をあげ、地面を転がり回る。
どんなに強い生物でも、まさか身体の内部を焼かれては為す術がないだろう。
地面で悶える魔物を警戒しながら見つめてどれくらい経っただろうか。
決して長い時間ではなかったと思うが、やがて魔物は動かなくなった・・・と同時に、身体が灰のように崩れ去ってく。
後には透明な塊と8本の巨大な爪だけが残っていた。
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「おい!大丈夫か!」
遠くから多くの足音と声がするが、どうやら助けが来たらしい。
今だけは現実逃避をすることにして、俺は地面にそっと腰を下ろした。




