20.彼は治療する。
段々と嗅いだことがない獣の匂いと鉄の匂いが濃くなる。
鉄の匂いは血だろうか、そうなるとやはり緊迫した事態のようだ。
悲鳴が聞こえた方向にしばらく走り続けるとやがて人が2人見えてきた。
1人の男性は肩から腹にかけて切り裂かれ血を流し木にもたれかかっている。
1人の女の子は彼の横で泣いていた。
母さんはどこだ。
俺は彼らがいる場所に辿り着き、辺りを見回す。
そこには槍を構えた母と、2本脚で立つ巨大な生き物がいた。
身長は3mくらいあるだろうか。
見るからに筋肉が発達した身体に青い毛が全身を薄く覆っており、口からは鋭い牙が覗いていた。
さらには手から巨大な爪が生え、血が滴り落ちている。
思わず母に声をかけそうになるのを堪えた。
今ここで彼女の気を逸したら確実に魔物の餌食だろう。
俺は一度深呼吸をしてから、木の側にいる2人を見た。
女の子に怪我はないようだが、男性の方はこのまま放っておくと危険だ。
木に寄りかかっている男性へと近づくと、女の子が泣きながら訴えてくる。
「パパが・・パパが・・・!!」
「大丈夫だよ。僕に任せてほしい。」
泣きじゃくりながら父親の肩を揺する少女を落ち着かせながら、俺は彼に話かける。
「意識はありますか。」
「あぁ・・・。なんとかな。」
男性は荒い息をして苦しそうにしながらも、言葉を紡ぎだす。
「このままだと失血死する可能性が高いです。これから治療します。」
「治療するって言ったってどうやって・・・。」
「治癒魔法ですよ。」
そう、今から使うのは聖属性の魔法、つまり治癒魔法だ。
マルガリンさんからは教わったことがない属性、けれど俺がこの2年間で見つけた属性だ。
これからまだ魔物と戦わねばならないことを考えると完治させることは出来ないが、血を止めるくらいならば十分可能だろう。
治癒魔法と聞いて何かを言いかける男性を他所に、俺は詠唱を開始した。
「聖精よ、身体に傷を負いし者の血を体内に留めて傷を癒せ」
すると、男性の傷口から血が止まり少しだけ傷も塞がった。
完治には程遠いがこれで命を落とすことはないはずだ。
彼の息遣いも先程よりは落ち着いたものになっている。
「血が止まったな。本当に治癒魔法を使えるのか・・・。ありがとう。」
「2人はここで休んでいて下さい。俺は魔物と戦います。」
「俺も戦いたいが、この傷じゃどう考えても足手まといだ。だが、もしどうにもならないようだったら、娘だけはどうか頼む。」
泣きつく娘の頭を撫でながら、彼は覚悟した顔を向ける。
俺はそんな彼らを見た後、笑顔を浮かべながらこう告げた。
「大丈夫です。そんなことにはなりませんよ。」
まるで主人公のよう。




