Ex8.その頃のセシル。
アルセムの大魔窟を越えた先にあるトキワの集落、そこでは一人の少年による一世一代の大告白が行われようとしていた。
「せ、セシル!」
少年に呼び止められたのは、かつてセイランスと幼少期を共に過ごしたセシルであった。
10歳を越えて二次成長を終えた彼女は現在12歳であり、元からあった愛らしい容姿を残したまま身体に女性らしさが加わっている。
それで居て昔からの天真爛漫な性格は変わっておらず、その絶妙な魅力に惹かれた少年はこうして告白をするに至った。
「あ、確かライオットくんだよね。この前も森であったね!」
「そ、そうだな。俺たち気が合うのかもな。」
ライオットはそう返事をするが、森で出会うのは偶然ではなく彼の努力によるものである。
もっともセシルが森に入っていくのを遠くから監視した上で、遭遇するまで探索し続けることが努力の範疇に収まるのかは怪しいところだが。
「なんだかいっぱい獲物を持っているけど、今日は豊作だったの?」
自分の背丈を超える大型動物を始めとした獲物や果実をこれでもかと抱えるライオットにセシルがそう尋ねると、彼はなるべく自分が頼もしく見えるように胸を張って返事をした。
「セシル!俺は一回の狩りでこれだけ獲物を捕ることが出来る!」
「うん、すごいね!私そんなに捕れないもん。」
セシルの無邪気な笑顔が伴った称賛に、悪くない反応だとライオットは内心で歓喜した。
自分の頼もしさを見せることで相手の好意を得る、これは幻人たちの間ではそう珍しくない異性へのアピール方法だ。
彼らの場合女性も一人で独立して生きていけるため男の狩りが上手だからといって生活に大きな影響を与えるわけではないのだが、それでも強い男というのはやはり魅力的だと解釈される。
それからも思いつく限り自分のアピールを行ったライオットは、その度に褒めてくれるセシルに告白の成功を確信して本題へと入った。
「セシル、俺とその、番にならないか。ほら、俺はこれだけ狩りが上手いし、その自分で言うのもなんだけど結構強い男だと思うし、悪い話じゃないだろ。な、なんだったら今日から一緒に住むか?いいぜ、こいよ。」
これまでの反応を見て承諾は確実だと判断したライオットは、最後にそう付け加えた。
セシルは彼の言葉を聞いて少しの間きょとんとしていたが、申し訳なさそうに首を横に振った。
「うーんと、ごめんなさい。けどありがとうね!」
ライオットはまさか拒否されるとは思っていなかったため呆然とするが、思考が追いつくと慌てて口を開いた。
「ど、どうして?独立したんだからもうそういうことを考えてもいいだろ?それにセシルって誰もそういうやつはいないよな?」
セシルのことが気になり始めてからそういった確認をすることも怠らなかったライオットである、仲の良い男は居ないはずだった。
だが彼女は少し寂しそうな顔をした後に、再び首を横に振った。
「えっとね、しばらく待っていようって決めた人がいるの。だから、ごめんね?」
セシルはそう言ってライオットに軽く頭を下げると、草原の中に消えていった。
その場に残された彼は自分が失恋したことを理解すると、小さく項垂れた。
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「パパ、ママ。会いに来たよ!」
「おう、セシル。ったくお前は独立したってのに・・・。」
「あらガイったら。内心では嬉しいくせに。」
家にやってきたセシルを両親であるガイとアビルが出迎えた。
幻人たちは10歳になると独立をするのだが、大抵の場合彼らは独立後に親と距離を置くことが多い。
だがセシルは独立してからも、頻繁に両親のもとを訪れていた。
「だって一人ってつまんないんだもん。」
ガイの言葉に反応してセシルは口を尖らせるが、彼は言葉を続けた。
「一人がつまんないって、そりゃあ番を見つければいいじゃねぇか。聞いているぞ?これまでに何人も誘われているんだろ?」
「うーん、なんか違う。」
「なんだそりゃあ・・・。」
セシルの抽象的な表現に、ガイは溜め息を吐いた。
別段幻人たちの間に、一定の年齢になったら番を見つけなければならない、などという決まりごとがあるわけではない。
だが結局のところ、一人前として認められたいという感情だとか、セシルが言うように寂しいだとか、そういったものが番を見つけようという行動へと繋がっていくのだ。
いつかは孫の姿を見たいと思っているガイからすると、溜め息を吐きたくなるというものだった。
「なんていうかね。皆取れた獲物を自慢してくるし、それは凄いんだけどセイランスくんはもっと凄かったし、それなのに自慢もしなかったし、面白かったし・・・。うん、やっぱりなんか違う。」
「いや、あいつと比べてやるなよ。」
つまりセシルにとって男性の基準とはセイランスだった。
「いいか?お前くらいの年の奴っていうのは大型動物を素手で一体手堅く狩れて、森の中の知識が一通りあれば十分なんだよ。」
「けどセイランスくん、簡単に狩ってたよ?」
「だからあいつがおかしいんだ。」
そもそも複数の集落に被害を出していた魔物を、6歳の子供が討伐する時点でイレギュラーである。
更に言えば治癒魔法の都合があったとはいえそれを一切自慢しないなど、今にして思えば本当に意味が分からなかった。
ガイはずっとしてこなかった質問を、このタイミングでとうとう口にする。
「なぁ、セシル。セイランスのことをまだ忘れられないのか?」
「・・・しょうがないじゃん、本当に好きだったんだから。」
「セシル・・・。」
アビルはデリカシーのない質問をしたガイを睨みつけると、そっとセシルを抱きしめた。
一方でガイは慌てて口を開いた。
「いやそのほら、な?セイランスが無事に向こう側についていたとしても戻ってくるとは限らないし、もしかしたらあっちで女を見つけているかもしれないし・・・。」
「ガイくん!」
どう考えてもガイの言葉は余計である、アビルは彼を怒鳴りつけた。
「いや、そんなこと言ったってよ・・・。」
ガイとて何も、無理矢理セシルと誰かをくっつけたいわけではない。
だが実際問題として、戻ってくる可能性よりも戻ってこない、あるいは戻れない可能性の方がずっと高いのだ。
父親としては無条件にセシルの行動を応援する、というわけにはいかなかった。
「あら?もしかして、タイミングが悪かったかしら。」
家を訪ねてきてそう呟いたのは、セイランスが旅立った後も親しい付き合いが続いているマリアだった。
実際のところ空気を変えるという意味ではタイミングがよく、自分の息子が原因という意味ではタイミングが悪いのだろう。
「セイランスくんのお母さん、質問です!」
「セシルちゃん、こんにちは。何かしら?」
どういうわけか微妙な雰囲気での質問に、少し困った顔をしながらもマリアは返事をした。
「セイレンさんはセイランスくんみたいに森の向こう側に行っちゃったんですよね。もしもセイランスくんが生まれていなかったらどうしていましたか?」
随分と抽象的な質問だったが、マリアには何となくセシルの尋ねたい内容が分かった。
「私にはセイくんが居たから誰かを見つけようなんて思わなかったけれど、もしも居なかったらか・・・。」
マリアは顎に指を当てて考えるが、そもそも彼女の場合は相当特殊である。
森の中で助けられたその時の出会いでセイレンと親しくなり、情熱的な時間を過ごして別れた。
当然セシルとは事情が異なっているのだが、その真剣な表情を見る限り何か答えを出すべきなのだろう。
やがてマリアは、セシルに微笑みながら告げた。
「セシルちゃん、きっとそう難しく考えることはないのだと思うわ。セイレンより素敵な人と出会っていたら彼のことは良い思い出として抱えてその人と一緒になっていたでしょうし、そうじゃなかったら彼のことを忘れられないままずっと独りだったかもしれない。それだけのことかしら。」
マリアとて無条件に再び会えるのを待ち続けたなどと答えるほど、若くはなかった。
「セイランスくんのお母さんは、セイレンさんともう一度会いたくないんですか?」
「勿論会いたいわよ。けれども結局、一時の出会いだったから。セイレンも私のことなんて忘れているんじゃないかしら。」
「そう・・・ですか。」
マリアの答えは大人らしいとても冷めたものだった。
けっして望まれた答えではないことをマリアは理解しているが、それでもセシルより年を重ねている者として言っておくべきだと判断した。
その上で、彼女はセシルの頭を撫でながら告げた。
「これはあくまで私の意見よ。確かに現実的かもしれないけど、年を重ねて夢を見れなくなった大人のつまらない意見ね。覚えておいては欲しいけれど、若い子がそんなものに付き合わなければならないとも思わないわ。」
「マリアさん・・・ありがとうございます。やっぱり私、もうちょっとセイランスくんを待ってみます。少なくとも成長を終える15歳までは。」
周りの大人たちに見守られる中でセシルはそう心に決めると、マリアを見てふと呟いた。
「うーん、私もセイランスくんに赤ちゃんをお願いすればよかったんだね。」
「ゔふォッ!」
セシルの言葉を聞いたガイは飲んでいたものを吐き出した。
「ちょっとガイくん、汚いわよ。」
「いや、だっておまっ、アビっ、セシルがっ・・・。」
「もう、落ち着きなさい。たとえ話じゃない。それにガイくんだって孫の顔が見たいんでしょ?」
アビルにそう言われるが、当然娘のそのような呟きを聞いて納得出来るはずがない。
ガイは机に拳を叩きつけながら立ち上がると、大声で叫んだ。
「許さん、許さんぞセイランス!今すぐに帰ってこい!そして俺に殴られろ!」
「無理に決まっているでしょう。」
「よし、ならばセシルが成長を終えるまでだ!それまでに帰ってこなかったら俺がその顔を殴りにいってやる!帰ってきてもその顔を殴ってやる!」
ガイの叫び声が草原に響き渡る。
トキワの集落の、とある1日の出来事だった。
強く生きて、ライオットくん。