126.彼は再会する。
イレイスさんと出会ってから二日後、俺は無罪となった上で解放されていた。
「セイランス殿、解放までに少々時間がかかってしまったことをお詫び致します。罪に問わないこと自体はその日の内にグレラント王国から確約されていたのですが、今回の一件に関してディランド本国と幾らかやり取りを交わしていたものですから。」
「こちらこそありがとうございました。いや、本当にありがとうございました。」
ダルク様の後ろ盾を利用したのは俺なのだが、その対応が想像を超えるものだったため正直感謝と申し訳ない気持ちで一杯である。
イレイスさんは証明書を見せてから終始この様子だし、白銀騎士たちはまるで腫れ物を触るかのようだ。
どうにも特殊戦力がどうこうというのが関係しているらしいのだが、そのように大層な存在でないことは自分自身がよく分かっている。
「どうされましたか?」
「いや、何でも無いです。何度も言いますが、ありがとうございました。」
「いえ、それが特殊戦力という地位を受け入れて下さった方に対する誠意ですから。あなたは我々に手を差し伸べて下さるのでしょう?例え大陸中が敵に回ったとしても。」
何故か圧を感じる上に随分と重い例え話なのだが、幸いにも答えやすい内容だった。
「よく分からないですがダルク様たちに助けが必要ならば、勿論俺に出来る限りのことをしますよ。あ、けど妖精族と敵対されるのは困るかもしれません。」
ララたちとは森を越えなければ会えない以上、俺が彼女たちから受けた恩を返すのはこちら側の妖精族になる予定であり、ダルク様への恩とララへの恩を選べというのは非常に難しいのだ。
もしもそのような状況になった場合はどうしたものだろうかと悩んでいると、イレイスさんは小さく笑った。
「いえ、失礼いたしました。ですがご安心下さい。他の特殊戦力の方々も多少はそういった事情をお持ちでしょうから。そういえばセイランス殿、第二魔王様に同行してグレイシア殿も来られるそうですよ。」
「グレイシアさんもですか!?」
俺はその知らせを聞いて、これまでに考えていたことなど頭から吹き飛んでしまった。
そうか、グレイシアさんがこの国に来るのか。
これは聖魔王様の訪問が霞むような大ニュースであると同時に、是非ご挨拶に伺って成長した姿を見て貰いたい。
そのようなことを考えていると、イレイスさんがさも当然のように確認をしてきた。
「はい。よろしければ式典に参加されますか?」
「いや、それは無理です。グレイシアさんには会いたいですが、また別の手段を考えることにします。」
Dランク冒険者が聖魔王様を迎える列に加わるのは、さすがに意味がわからないと思うのだ。
「そうですか?セイランス殿が第一魔王様の特殊戦力であることはそのうち知られるでしょうから、そうおかしなことでもないのですが。では、グレイシア殿にはそのようにお伝えしておきます。」
「よろしくお願いします。というか、え?それって知られるんですか?」
「この国の上層部から始まって知るべき立場の者たちへと、徐々に広まっていくのではないでしょうか。大変失礼ですが、むしろあれだけ好きに動いてそれをお尋ねになられますか?」
俺はイレイスさんに返す言葉が見つからなかった。
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王都に来てから間もないというのに、どこか懐かしさを感じながら希望の宿までの道を歩く。
到着した後はクレアさんとカルラさんに挨拶をして、モニカを迎えに行ってアナベラさんに謝って。
今後の予定を考えながら歩いていると、気づけば希望の宿に到着していた。
「あれ?」
遠目から見て随分と混んでいる気がしていたのだが、希望の宿の前にはベルナディータさん、アナベラさん、クレアさん、カルラさん、モニカが出迎えてくれていた。
「ただいま戻りました。けどなんで皆知っているんでしょうか。」
「セイランス!」
何故この時間に帰ってくることを知っているのか、そう尋ねようとしたところで勢いよく抱きついてきたモニカを受け止めた。
「何とか約束には間に合いました。心配かけてごめんなさい、モニカさん。」
「いい。それよりもセイランス、私のこと嫌いになっていない?」
モニカはそう言って不安そうな顔になるのだが、ここはしっかりと断言をしておくべきだろう。
「なっていないですよ。モニカさん、基本的に少女に懐かれて嫌がる男はいません。これは世界の真理なので安心してください。」
「そうなの?」
「間違いありません。」
アナベラさんやクレアさんが何だか呆れた視線を向けてきている気がするが、俺の意見ではなくて世界の真理である。
「それにいつまでも王都にはいませんが、出ていく時には必ず教えますから。心配させてしまったお詫びに、今度何か買いに行きましょう。」
とりあえず抱きついて離れそうにないモニカを持ち上げると、彼女を左手で抱っこしながら話を続けることにした。
「ベルナディータさん、アナベラさん、クレアさん、カルラさんにもご迷惑をおかけしました。アナベラさんは変なことに巻き込んでしまってごめんなさい。あ、後で土下座しますね。」
「いや、しなくていい。というか私を悪者にする気かねぇ。こっちの方こそ色々と助かったんだ。青銅騎士団の副団長にも何か言ってくれたんだろう?」
俺は首を傾げるが、アナベラさんの話を聞くとソラルさんが助けに来てくれたらしい。
さすが俺と親しい仲にある人物だ、きっと幼気な少年を白銀騎士団送りにした罪悪感に苛まれていたのだろう。
「お帰りなさい、セイランス。」
「私達はいいが、それよりも、な?」
どこか困ったような顔でそう告げるクレアさんとカルラさんの視線を追うと、一番後方でベルナディータさんが気まずそうにこちらの様子を伺っていた。
どうしたことだろうか、図太い神経が服を着て歩いているはずの彼女がまるで年相応の少女のようである。
「も、もしかしてベルナディータさんのそっくりさんですか?」
「帰ってきて早々何を言っているのかねぇ、お前は。」
いやだって、こんなベルナディータさんを俺は知らないのだ。
彼女はゆっくりとこちらに来た後、叱られるのを恐れる少女のように少し顔を伏せながら告げた。
「あの、セイランスさん。今回は私の直感のせいで本当にすみませんでした。危うく取り返しのつかないことになっていました。」
何を気にしているかと思えば、ベルナディータさんはそのようなことを気にしているらしい。
俺としては故郷から出た時点で多少の危機は覚悟の上であるし、そもそも彼女は軽い助言をしただけで実際に行動したのは全て自分である。
とはいえ不安そうにしているのならばどうにかしてこそ、もうすぐ15歳になる少年の行動というものだ。
「ベルナディータさん。」
「・・・なんでしょうかセイランスさん。」
「聞いた話によるとこの世界の神様も、もっと遠い世界に居る神様も失敗したことがあるそうです。神様ですら失敗をするんだから、気にしないでください。」
というよりお姉さんが失敗して閻魔大王様に誤魔化そうとしたから俺がここに居るのだし、少年神様がエネルギー再利用に失敗したからスキルや魔法というものが存在しているのだ。
「そうですか、神様も・・・。セイランスさんがそう言うならば、きっとそうなのでしょうね。」
「はい、間違いありません。」
なにせどちらも本人の口から聞いているのだから信頼性は高い。
「ところでセイランスさん、よろしいのですか?散々迷惑をかけられてきた私に文句を言うチャンスですよ。今ならば何だって言うことを聞くかもしれません。」
「あ、やっぱりちゃんと自覚はあるんですね。いいですよ、俺ももうすぐ15歳ですから。」
「・・・そうですか。では、お帰りなさい。セイランスさん。」
ベルナディータさんはとても綺麗な笑顔でそう告げると、モニカ毎俺を抱きしめてきた。
モニカより少しだけ低い体温と柔らかな感触、そして心地よい匂いに包まれる。
「しばらく会っていなかった人と再会した時の、ルイエントの習慣です。再会出来た喜びを増幅して、感謝として神の御わすところまで届きますように。」
「えっと、はい。そういうことなんですね。ありがとうございます。」
「むぅ、暑苦しい。離れてベルナディータ。」
一体何がありがとうございますなのか分からないが、モニカの苦情を受けたベルナディータさんが離れたことで、少し停滞していた気がする思考が正常に戻ってきた。
「おい、嬢ちゃん。確かに習慣としちゃあるだろうがそれは確か・・・。いや、何でも無い。」
アナベルお姉ちゃんが小さな声で何か呟いているが、俺の耳にはしっかりと聞こえていた。
彼女が何を言おうとしていたのか尋ねようとした俺だったが、宿の中から現れた存在を見た瞬間には反射的にベルナディータさんを右腕で抱えて大きく距離を取っていた。
「セイランスさん?抱きしめたのは確かに私ですが、さすがにもう少し手順を踏んで欲しいのですが・・・。」
「ごめんなさい、それどころじゃないです。あなたは一体何でしょうか。」
俺の視線の先に居るのはとても美しい女性だったが、問題はそこではなかった。
確かに美しいのだがどこか人間離れしたものを感じる容姿、何度か接したことがあるから分かる特有の雰囲気、彼女からはお姉さんや少年神様、あるいは列に並ぶように案内してくれた天使と同系統の気配を感じた。
「人ではありませんよね?俺を見ていますが、何か御用でしょうか。」
「おう、一目で見抜くか。よい、よい。とりあえず愚物ではないようで何よりだなあ。」
女性は質問には答えずに、扇子を弄りながらそう呟いた。
場合によっては今すぐここから皆を避難させる必要があるため用件だけでも教えて欲しいのだが、とりあえず最悪の事態を想定して動くべきだろうか。
彼女は俺を吹き飛ばしたヘカトンケイルなど比較にならない、身体のどこかが危険性を訴えていた。
だが、俺の反応を見たアナベルお姉ちゃんが慌てて間に入ってきた。
「待て、待て。セイランス、彼女は敵じゃない。これ以上ややこしくならない内に自己紹介をしてくれないかねぇ。」
「うむ、済まぬなあ。だがあれの血縁ともなれば慎重にもなろうさ。妾は空麒、あれからはエウアリアと呼ばれておる。よろしく頼むぞ?」
「空麒・・・あの、やっぱり今すぐ皆で逃げませんか?」
ダルク様から言われているのだ、自然の名を持つ神獣とだけは戦うなと。
あの時はそこまで深刻には捉えていなかったが、今ならばその意味が分かる。
「だからセイランス、彼女は敵じゃないと言っているだろう。」
それは分かったのだが、じゃあ一体何故このような場所に居てこうも俺を凝視しているというのだ。
『落ち着くが良い。妾はあれの、セイレンの仲間のようなものでなあ。そなたの存在を聞いてやってきただけじゃ。妾にはあれの息子であるそなたと敵対する理由が無い、それよりも少し話をせぬか?』
風が俺の耳元を吹き抜けると、そのような声が聞こえてきた。
周りの様子を見るに、どうやら俺にだけ聞こえた声のようだ。
「というか、え?今なんて言いました?」
空麒であるエウアリアさんは自然の名を冠する神獣で、セイレンの仲間?
どうしてそのような大物が滑って転んで頭を打つおっちょこちょいな上に治外法権などと言われている駄目人間と行動を共にしているのだ、もしかして母性が刺激されたというやつなのだろうか?
『ほれ、何をぼうっとしておる。ここはそなたの暮らしている宿なのだろう。部屋にゆくぞ。』
俺は突然の事態に困惑しながらも、逆らうことが出来ずに宿の中へと入っていった。