124.彼と魔人族。
「うぉ、やるじゃないかあいつ。」
「ルルド殿、トルネリス殿。我々はつい今しがた第二魔王様の訪問に備えて、警備体制の打ち合わせを行っていましたね。グレラント王国側の警備体制は万全故に信頼して欲しい、そう仰っていたと記憶しているのですが、これは一体どういうことでしょうか。」
火球を放ったらしい魔人族の男性は好戦的にこちらを見つめ、もう一方の魔人族の男性は側にいる普人族の二人を問い詰めている。
「これは、その。騎士団長、一体どういうことかね!?」
「私にも何がなんだかさっぱり・・・おい、何をやっているのだ。さっさと立たんか!」
一方で問い詰められた小太りの男性は隣に居る一層豪華な白銀の鎧を身に着けた騎士に慌てて確認を行い、余り覇気を感じないが騎士団長らしい男性は怒鳴り声を上げた。
この状況を作り上げた自分が言うのも何だが、随分と混沌としているのではないだろうか。
「団長、申し訳、ですが身体が、身体が動かぬのです。」
「何を巫山戯ておるのだ。お前たちは今とんでもない醜態をディランド国の方々に晒しているのだぞ!早く立ってその不届き者を捕らえんか!」
白銀騎士たちは必死に身体を動かそうとしているが、対人戦において効果的な重力魔法を重い鎧を着た上で受けているのだ。
気合などという曖昧なものでどうこう出来るはずもない。
「トルネリス殿、落ち着いてください。どうやら重力魔法の影響を受けているようです。威力にもよりますが、鎧を着た状態で受ければ我ら魔人族とて満足のいく行動は難しいでしょう。」
「どうする、イレイス。とりあえず俺があいつを黙らせてやろうか。」
「ガルダス、物事には順序というものがあります。とりあえず私が話をしてみるので下がっていてください。」
制止する騎士団長たちの声を無視して、イレイスさんは敵意が無いことを示すように両手を上げながら接近してきた。
ちょうどお互いの顔が十分認識出来る当たりで立ち止まると、彼は口を開いた。
「ガルダスがいきなり失礼しましたね、彼は私の護衛名目で同行している武官なのでそこを汲み取って頂けると助かります。珍しいでしょうが、見ての通り私は魔人族です。ディランド国所属の外交官、イレイス・カラートと申します。」
「あ、これはご丁寧にどうも。Dランク冒険者のセイランスです。聖魔王様が来訪される前の最終調整ですか、お仕事ご苦労さまです。」
「おや、こちらこそご丁寧にありがとうございます。さすがに獣人族の方は耳が良いですね。羨ましい限りです。」
状況を踏まえると随分と穏やかな会話だが、少なくとも俺は臨戦態勢を継続したままだ。
「そう構えないでください。先程も言いましたが、私は外交官です。後ろに居るガルダスのように戦闘に長けているわけではないですし、見ての通りあなたと10歳程度しか年も変わりません。」
「そうですか、今の言葉でむしろ信用出来なくなりました。」
イレイスさんは無害を装っているが、そもそも魔人族というだけで警戒をしなければならない。
普人族を基準にした場合魔人族の魔力は平均で約20倍程度、つまりイレイスさんが仮に一般人だったとしてもそこらへんに居る騎士や冒険者よりよっぽど優れた魔術師だ。
ついでに魔人族は普人族や獣人族とは違ってその魔力量に応じて寿命が変化するため、一見若く見えても実は100歳を越えているなどということが平気で起こり得る。
「はは、これは困りましたね。これでも一応交渉のプロとしてやらせてもらっているのですが。では、どうでしょうか。今から三つだけ質問をします。それに答えて頂ければ私も、後ろのガルダスも、あなたのすることに干渉しないことを誓います。」
「分かりました。」
俺としても魔人族の厄介さは十分理解しているつもりだ、戦わずに済むのならばその方がいい。
「ありがとうございます。それでは質問その一、その魔石はどこで手に入れましたか?」
「秘密ですが、何か不正な手段を使用していないことは約束します。」
随分と曖昧な返事になってしまったが、イレイスさんは特に非難もせずに頷いた。
「いいでしょう。では質問その二、魔石や言動から察するに君は我らが同胞と何らかの縁を結んでいますね?それもおそらくは、それなりに名のある人物とお見受けします。」
「あれ、その通りです。」
質問は後一つ。
「では最後に質問その三、これは警告も含まれています。君は現在とても大胆な行動を取っていますが、まさか縁ある魔人族の力を借りて乗り切ろうなどという愚かな考えは持っていませんね?確かに我々は力を持っているかもしれませんが、ディランドに所属する者としてそのような勝手を認めることは出来ません。」
まさしく図星で必要ならばダルク様の力を借りるつもりだったのだが、イレイスさんの前でそれを明らかにするのは拙いようだ。
返答していないが俺の微妙な反応で三番目の質問が肯定であると悟ったのか、彼は一見友好的に見える態度に明確な敵意を混ぜた。
「申し訳ありませんが、一旦拘束します。ガルダス!」
「おうよ、任せておけ!」
どうやら戦闘回避には失敗したようだ。
相手の声は気合いに満ち溢れており負ける可能性など全く考慮していないようだったが、こちらとて負けるつもりはない。
あの男性は先程小手調べに操作可能な火球を放ってきたが、火属性魔術師の典型的な攻撃パターンの一つである。
あの一撃で小規模な攻撃は意味がないことを知った、ならば魔力豊富な魔人族ならば次は点ではなく面での攻撃をしてくるはずだ。
ダルク様と何度も繰り返した模擬戦での経験を信じて、一手先を読んだ行動を取る。
「空精よ、此方は彼方 彼方は此方 此の場所は其の場所 其の場所は此の場所 我らは今何処に居る」
「フレイムストーム!」
手にした魔石が消えていくのと引き換えに俺とイレイスさんの立ち位置が入れ替わり、放たれた火嵐は彼を襲った。
広範囲魔法は操作可能な状態で放ったとしても、小規模魔法程柔軟に標的を変更することは出来ない。
「ちィッ、読まれていたのか!?」
「私のことは構いません。それよりもガルダス、接近されています!」
魔人族相手に長々と魔法戦を繰り広げるつもりはない。
接近戦は体術を主体としているのか、ガードした腕を身体ごと蹴り飛ばして床へと叩きつけた。
頑丈な魔人族ならば精々腕にヒビが入った程度で、戦闘は十分継続可能であることが予測される。
頭を無理やり上げさせ喉仏に拳を突き入れて発声障害を起こした後、普人族ならば死ぬ勢いで頭を二、三度叩きつけた。
戦闘が継続出来ない状態であることを確認してから、念のため遠方へと放り投げた。
火嵐に包まれたイレイスさんへと視線を向けると、服こそ焼けているが目立った傷はない状態だ。
いや、よく見ると僅かながら中途半端に治った傷が写るため、治癒魔法で自らを治療したのだろう。
だが仮に彼が治癒魔術師だったとしても、魔人族は危険である。
足に力を込めるが、それと同時にイレイスさんは両手を上げた。
「はは、見かけによらず容赦がないのですね・・・降参です。私までやられるとガルダスを治療出来ないので、勝手な話ですが見逃して頂けると助かります。」
「いいですよ。あ、よければこれを使ってください。」
成り行き上戦わなければならなかったが、そもそも二人に何か恨みがあるというわけではないのだ。
もうそこまで数は多くないが、聖魔王の涙を二本取り出してイレイスさんへと渡した。
「多分使い方は分かりますよね?それじゃあ俺は先を急ぐので失礼します。」
「・・・セイランス殿、ちょっと待ってください。一つ尋ねたいのですが、まさか縁ある魔人というのは第二魔王様なのですか・・・?」
「いえ、ダルク様ですよ。これはグレイシアさんからもらったものです。」
俺がそう返事をするとイレイスさんは時が止まったかのように数秒間固まった後、突然怒鳴り声を上げた。
「どうしてそれを早く言わないのですか!?」
「イレイスさんが力を借りるなんて許さないって言ったからです。必要ならダルク様からもらった証明書を使う予定でしたから。」
「・・・分かりました、前言を撤回します。今すぐにその証明書というのを見せてください。」
丁寧な口調ながらも有無を言わさぬ雰囲気があり、俺はダルク様からもらった証明書を取り出してイレイスさんへと渡した。
彼は黙って内容を確認していたが、やがて顔を上げるとどこか納得の表情を見せた。
「失礼いたしました、セイランス殿はダルク第一魔王様の特殊戦力でしたか。道理で強いわけですね。確かに私の方にも落ち度がありましたが、最初から言って下されば良かったものを。この状況にも何か事情があるのですか?」
「えっと、特殊戦力?というのは何か分かりませんが、とりあえずこの国の宰相のところに行こうとしたら妨害を受けたんです。」
「・・・なるほど、よろしければ事情を伺っても?」
先程と同様にどこか有無を言わさぬ雰囲気があったため、俺は掻い摘んで事情を説明した。
話を聞き終えるとイレイスさんは天井を見上げて溜め息を吐き、やがて口を開いた。
「なるほど、私に支援を求めるということでよろしいですね。承りました、今ならば白銀騎士団の拠点内での出来事として収めることが出来るでしょう。」
「あの、そうじゃなくて宰相のところにいく予定です。この国がモニカまで拷問にかけようとして知りたがった情報を、伝えにいくだけです。」
言葉にすれば、暗い感情が再びどこからか沸き上がってくるのを感じた。
気持ちが悪い、気持ちが悪いのだ。
前世で過ごした平和な場所にも、今世で過ごしたあの暖かな場所にも、こんな感情は存在しなかった。
「セイランス殿・・・。いえ、分かりました。どの道私では止められないのです。ただしもう一度だけ申し上げさせて頂きます。」
イレイスさんは真っ直ぐに俺の目を見て、告げた。
「今ならば私が必ず事態を丸く収めてみせましょう。ですが王宮に足を踏み入れれば、事態は大きく複雑化して私では手に負えません。ここが分水嶺です、よく考えて選んでください。」
「よく考えて?」
よく考えて、だから俺は白銀騎士では役者不足だから王宮に乗り込んで、それで現在一番権力があるはずの宰相を・・・。
違う、俺が優先していたものはそうではなくて、帰ることだ。
一体どうしてそんな当たり前のことを忘れているのだろうか。
沸き上がった暗い感情は心の奥底に沈んでいく。
「えっと、モニカさんとの約束で5日以内に帰らなきゃいけないんでした。ちょっと感情的になっていたみたいです。イレイスさん、本当に頼ってもいいんでしょうか。」
「勿論です、最大限の努力で応えましょう。それが魔王様によって結びついている、特殊戦力と我ら魔人族の繋がりなのですから。」
未だにダルク様の証明書の意味を理解しきれていないが、とりあえず宰相は諦めることにした。
これで直感スキルに端を発した一連の流れは収束へと向かいます。