123.彼は好きに動く。
「罪人が脱走したぞ!手の空いている者を集めさせろ!」
「手足の一本や二本は切り落としても構わん、こいつを止めろ!ただし絶対に生かしておけ!」
部屋の外へと出て遭遇した白銀騎士たちを片っ端から倒しているうちに騒ぎは大きくなり、気がつけば階段を上った先にあるホールで囲まれていた。
一人の騎士が前に出ると、これまで出会ってきた白銀騎士特有の見下すような視線を向けながら告げた。
「白銀騎士団の拠点で狼藉を働く不届き者だが、一応忠告はしてやろう。今投降するならば五体満足で居られるぞ。」
「なるほど、それで五体満足だったとしてその後はどうなるんでしょうか。研究所だか何だか知りませんが、そこで何が起きたか聞き出すために拷問の続きですか?それとも俺の知り合いを連れてきて代わりに拷問を受けさせるんですか?」
かつて出会った青銅騎士といい、騎士の勧告というのは酷いものばかりだ。
俺がだいたいの事情を知っていることを理解したのか、男性は舌打ちをした。
「ウスランめ、しくじりおって。いいか、人は生まれながらにけっして平等ではない。この世は我らのような高貴たる生まれの者が、貴様らのような下賎な者たちを管理することで成り立っているのだ。それを踏まえた上で考えてみよ、貴様は一体何をした?管理者たる我らが利用していた場所で身勝手に振る舞い、秩序を乱して混乱させた。その罪の重さが理解出来るか?」
「本当にしつこいですね。いいですよ、そんなに知りたいなら教えてあげます。」
あぁ話をする、そんなに知りたいなら全てを話すとも。
どこからか沸き起こった暗い感情を心の奥深くに封印して、言葉を続けた。
「ただし内容が内容です。病で臥せっている王を出せとは言いませんが、代わりに宰相くらい出して下さい。」
「貴様のような下賎な者が宰相様に謁見だと?どこまでも罪の重さを理解出来ぬやつだ。いや、いいだろう。ならばこの白銀騎士団第五部隊長、アレクウス・ラーテングルドが直々に話を聞いてやる。さっさと申せ。」
「えっと、あなたの言葉で言うと、国という組織から見れば白銀騎士も管理される側ですよね?そういうのじゃなくて、本当に管理する側と話をしたいです。」
仮にここで話をしたところで、白銀騎士に受け止めきれる内容でもないだろう。
こちらは自称管理者と話をしている余裕はないのだが、第五部隊長は何故か顔を赤くして叫んだ。
「このゴミの四肢を切り落として二度と動けなくしてやれ!話を全て聞き出した後は舌を引っこ抜いてその生意気な口を利けなくしてやろう!」
「すみませんが、本当に相手をしている余裕は無いのでそういうことなら先に進みますね。」
呼んでくれないなら、こちらから会いに行くだけだ。
怒声に呼応するように周囲の白銀騎士たちが一斉に動き出すが、足に力を込めて最短距離で包囲網を突破することにした。
ライン上に居た騎士たちは、馬車にはねられたように鎧をひしゃげさせながら吹き飛ばされる。
その中には第五部隊長も居た気がするが、既に距離が離れてしまっている今となっては分からないことだ。
それからも広い場所では白銀騎士を避け、狭い通路では吹き飛ばしながら拠点内を進んでいく。
「小隊長、無理です!土壁も氷壁も火壁も全て突破しています!」
「おい、止まれッ!」
「来るな、来るなあぁぁぁぁぁ!」
途中罠らしきものも用意されているが、特に問題はない。
やがて入り口へと辿り着くと、最後の砦とばかりに再び白銀騎士たちが数十人規模で待ち構えていた。
彼らを率いているのはもうすぐ初老の域に差し掛かろうかという騎士で、その背後には俺をここまで護送してきたクアルノ隊長たちの姿もあった。
「そこまでだ、小僧。白銀騎士団の名誉にかけて、ここから先へは通さん。」
「嫌です。というか名誉というならば、最初から名誉に相応しい手順を取ってください。」
「貴様がここに送られてきた経緯は知っておる。同情もしよう、恨むなとも言わん。だが、それだけだ。」
初老の騎士は剣を掲げると、気迫溢れる声で叫んだ。
「白銀騎士団副団長ラウスト・グラランディの名において命じる!総員、全霊を賭して狼藉者を捕らえよ!たかが一人の狼藉者に王宮へと足を踏み入らせる恥辱を二度も味わうつもりか!」
相手がどれだけ気迫に溢れていようが、やることは変わらない。
俺は足に力を入れて強引に突破しようとしたのだが、騎士たちは態勢こそ崩されるもののその場に踏みとどまった。
これまでの騎士と比べて、目に見える形で練度が高いというわけでは無さそうだが・・・。
「残念ですよ、罪人セイランス。私に剣を抜かせましたね。」
「ごめんなさい、クアルノ隊長と楽しくお喋りをする時間はもう終わっているんです。」
前に出て斬りかかってきたクアルノ隊長の頭を掴むと、近くにいた騎士の鎧に打ちつけてから一旦距離を取った。
そうして改めて観察してみれば、変化に気付くことが出来た。
「何だか鎧の様子が今までの騎士たちとは違っていますね。」
「ここに居る者たちが身につけておるのは偽貴金属と魔道具を駆使して作られた特注の鎧だ。」
どこか誇るような顔で初老の騎士は告げた。
なるほど、あの壁と同じ素材が使われているのならば頑丈なのも納得だ。
「儂が副団長に就任してから、多少無理を言ってでも作らせてきた。貴様があの時の狼藉者と同じような類であるのは何の因果か、覚悟せよ。」
あの時、というのはおそらくセイレンが王宮に殴り込みをかけた時のことを指しているのだろう。
セイレンを止められなかった苦い経験を基にして作られた鎧、なんとも迷惑な話である。
だが忘れないで欲しいのはセイレンはセイレンで、俺は俺ということだ。
空間収納からBランクの魔石を一つ取り出した。
俺を包囲した騎士たちは四方から斬りかかってくるが、詠唱する時間がある時点で既に手遅れである。
「重精よ、愚か者共を地に這わせろ 人が絶対だと信じて疑わぬ真理もまた移ろいゆくものに過ぎない」
後数十cmで届こうかという剣は意志に逆らって床へと落下し、鎧の重さに耐えきれなくなった白銀騎士たちは皆倒れ伏した。
初老の騎士は苦悶と驚愕の入り混じった表情を浮かべる。
「馬鹿な・・・何故獣人如きにそのようなことが出来る!?」
「次は希少魔法への対策も必要ですね。」
「まて・・・ッ!?儂にまたあの恥辱を味わえというのか!?」
俺はこの国の望み通り事情を説明しにいくだけなのだから、殴り込んだセイレンと一緒にしないで欲しい。
そのまま床に張り付いている白銀騎士たちの間を通り抜けて脱出しようとするが、遠方から大きな熱量の火球が飛んできたことに気付いて回避行動を取った。
通常の数倍はあろうかという火球は避けた後も追尾してきたため、腕を交差させてそのまま受け止めた。
少なくとも入り口の白銀騎士たちは全て倒れ伏して高重力に苦しんでいる。
火球が飛んできた方向に視線を向けると、そこには赤い髪と灰色の肌をした者たちが居た。
間違いない、あれは魔人族だ。