121.彼は護送される。
今日はいい日だ、という言葉が確かあったと思うのだが、果たして曇りというのは護送されるのに良い日なのだろうか。
朝食が出される気配はないため空間収納から出した食事を口にしながら、俺はダルク様の言葉を思い出していた。
「お前は小さい、人と違う力があるのならばそれは誇るべきだ。そして人生は全力を尽くすからこそ楽しい。降りかかる火の粉なんぞ振り払え。」
あれから一晩考えたのだが、今後白銀騎士団のお宅にお邪魔するにあたって、あの証明書が必要になったならば俺は使うことにした。
立場によって罪が大幅に軽くなるというならば、おそらくダルク様とその配下たちの名は俺に十分な立場を与えてくれるだろう。
「題して、やってみるけど駄目だったら助けてダルク様、作戦です。」
遠慮してこの作戦を実行出来ないようでは小さいと言われた頃の俺と何も変わらないのではないか、そう思った。
とはいえ、まずはしっかりと取り調べを受ける所存である。
現段階ではやはり早計だし、まだ白銀騎士団の出方すら分かっていないのだ。
出した結論を再度確認し終えたところで、ちょうど複数の足音がやって来るのが聞こえた。
魔石やセシルからもらった鞄等取られて困るものを仕舞い忘れていないか見渡して、白銀騎士たちを出迎えるべく扉の前へと立った。
「おいゴミ、出てこい。」
その言葉と共に取っ手が動きかけたのを見たため、瞬間的にそれを掴んで固定したのは言うまでもない。
「ちっ。おいなんだ!開かんぞ!?」
扉の外で開けようとした誰かが騒いでいるのだが、こちらとしてはチェンジを要求したいところである。
白銀騎士団がわざわざ青銅騎士団の拠点までやってきたところを申し訳ないのだが、只でさえも前途多難なのにいきなり人をゴミ呼ばわりするような人物に連行されるのは遠慮したいのだ。
後で難癖をつけられるのを避けるために微動だにしない程しっかりと固定して不具合を演出していると、扉の外で何やら進展があったらしい。
「一体何を騒いでいるのです、ランド殿。」
「部隊長!?いえ、扉が開かないのです。」
「それは変ですね、留置所の扉に鍵など付いていないはずですが・・・。代わって下さい。」
その様子から察するにどうやら次は変な人物ではないようだったので、自分は何もしていないアピールをするために素早く備え付けられた椅子へと座った。
「ふむ?普通に開くではありませんか。」
「そんなはずは・・・!?」
俺にはよく分からないのだが、何かトラブルが発生していたようだ。
最初に入ってきた隊長らしき人物は騎士とは思えぬ優男だが、白銀の鎧を身に纏っている以上は相応の体力があるのだろう。
続けて入ってくる者たちも容姿や立ち振舞にどこか気品が感じられ、なるほど王城勤めをする貴族家出身の騎士たちなのだと実感が出来た。
隊長以外の4人があからさまにこちらを見下すような視線を向けてくるのは、ちょっとしたスパイスなのだろうか。
とりあえず良好な出会いを心掛けるべく挨拶をすることにした。
「こんにちは、白銀騎士団のお宅にお呼ばれすることになったセイランスです。皆さんが案内をしてくれる方たちですか?」
「えぇ、そうですよ。白銀騎士団第4部隊隊長アヴェスト・クアルノです。罪人セイランスを護送する任務を受けてやって来ました。素直に連行されるならば手荒な真似はしないと約束しましょう。」
「はい、案内よろしくお願いします。」
一瞬あくまで被疑者の段階であることを指摘しようかと思ったのだが俺ももうすぐ15歳である、ぐっと堪えて無難に連行されようと思うのだ。
白銀騎士の一人が以前見た拘束具を取り出すが、クアルノ隊長は首を横に振った。
「いえ、いつものように最後に僅かな自由を与えましょう。そう不満そうな顔をしないで下さい、あなた達もいずれ分かりますよ。罪人セイランス、もしも逃亡を図った場合は五体満足を保証しません。良いですね?」
「勿論です。」
クアルノ隊長が前を歩き残りの4人が俺を包囲する状態で、留置所から護送車へと移動する。
出来ればソラル副隊長に挨拶をしようと思っていたのだが、その道中で彼に出会うことはなかった。
「特に反抗予定はありませんが、一人で大丈夫ですか?」
「えぇ、かまいませんよ。」
俺と共に護送車に乗り込んだのはクアルノ隊長ただ一人で、残りの者たちは外に配置されたため尋ねたのだが、彼はあっさりとそう返事をした。
「うちの騎士たちをあまり恨まないであげてください。あの頃にはよくありがちなことなんです。」
護送車が走り出してからしばらくして、クアルノ隊長はポツリとそう呟いた。
おそらく露骨にこちらを見下すような態度を取っていたことに言及しているのだろう。
「確かに下等な平民、それも罪人など貴族の一員たる我々からすればゴミ同然、それもまた事実ではあります。実際私も若い頃は時に騎士として恥ずべき行いもしました。」
なんだかいい話をしようとしている雰囲気だが、ナチュラルにこちらを罵倒していることには触れたほうがいいのだろうか。
無論分かっている、俺ももうすぐ15歳なのだからここはぐっと堪えることにした。
「ですが我々が連行した者たちがこれからどのような目に遭うのか、それを深く理解すれば自ずと変化が生まれるのです。これから残酷な運命を辿る哀れな者たちに高貴たる我々が慈悲の心をもって接する、それもまた騎士としての勤めの一つではないか、とね。」
クアルノ隊長はそう言って悲しげな笑みを浮かべた後に、腰の剣へと手を添えた。
「無論それを実現するには慈悲を勘違いした者たちを戒めるための実力も必要ですが・・・。私の話を聞いて不安に思ったかもしれませんが、どうかこの剣を抜かせないでください。」
「えっと、分かりました。」
「懸命な判断です。まだ少し時間があります、安らかなときを過ごしてください。」
それ以降、クアルノ隊長が口を開くことはなかった。
一つだけ疑問なのだが、前回といいグレラント王国では護送中に護送相手の未来を憐れむ文化でもあるのだろうか。
とはいえ最初に入ろうとした騎士のように、変な形で絡んでくるよりは良い。
俺は素直に慈悲に感謝して、今後に備えて仮眠を取ることにした。
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護送車は特にこれといったトラブルに見舞われることもなく、白銀騎士団の拠点へと到着したようだった。
白銀騎士団の拠点は王城から少し離れた場所に設置されているのだが、護送車から降りた俺は青銅騎士団のそれと大きく異なっていることに驚きの声を上げた。
さすがに名前の通りに白銀で出来ているわけではなかったが、そこはまさに小さな王城とでも言うべき場所だ。
「これが貴族で構成される白銀騎士団と平民が大半の青銅騎士団の待遇の差ということですか。」
「君も少しは我々の偉大さが理解出来たようですね。」
俺の言葉にそう反応したクアルノ隊長は顔が少し引きつっているが、一体どうしたというのだろうか。
青銅騎士団の拠点はよく言えば威容ある無骨な建物だが、悪く言えば年季の入った古い建物である。
一方で白銀騎士団の拠点は半年前に建てられたと言われても不思議がない程綺麗なものだ。
中に居る者たちも身なりの良い者たちが多く、殺伐とした空気も流れていなかった。
これは青銅騎士団と白銀騎士団の役割が影響している面もあるのかもしれない。
白銀騎士団は王城の守護が役割と言うが、青銅騎士団とは違って本当の意味でその役割を果たす機会など滅多にない。
というより白銀騎士団がそうなる時は、いよいよもってこの国が危機に陥っているときだろう。
そのため高貴な身分の者たちが過ごすことや、王城を訪れた客たちの目に入るということを優先している可能性がある。
ここからはこの建物の中を見学しつつ白銀騎士団の留置所へと向かうものだと思っていたのだが、クアルノ隊長は布を取り出した。
「ここから先は目隠しをしてもらいます。色々と不都合なものが多いですから。」
素直に目隠しをされて歩き出すと、右足に何かが引っかかった。
どうやら騎士たちの誰かが躓かせようとしたらしい。
俺は一瞬何らかの対処をするべきか迷ったが、もうすぐ15歳の身としてここはぐっと堪えることにした。
どのみち一般的な普人の力では何をどうしようが俺の体勢を崩すことは難しい。
それから幾度も似たような嫌がらせをされるが効果を発揮することはなく、最初は小さく聞こえていた笑い声が歯ぎしりに変わっていくのが分かった。
そうこうしているうちに段々と据えた臭いが漂い始める。
やがて扉を開く音が聞こえて奥へと進むと、着席を指示された後に腕と足を鎖で椅子に固定された。
「我々の任務はここで終了です。いずれ別の者が来ると思いますので、しばらく待っていて下さい。」
「分かりました。ちなみに目隠しだけでも外してくれませんか?」
俺は慈悲深いクアルノ隊長にそうお願いをしてみるのだが、彼はそれには答えずに耳元で囁いた。
「そうやって軽口をたたいて恐怖から逃げようとしているようですが、自由な時間はもう終わりですよ。これからは絶望の時間です。」
「なら仕方がないですね。護送中の配慮、ありがとうございました。」
俺がそう返事をすると、クアルノ隊長が困惑をしている気配が感じられた。
やはりこのような場所で取り調べを受ける者たちは、素直にお礼を言えない場合が多いのかもしれない。