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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
150/159

120.彼は悩む。

『セイランス、本当に帰ってきてくれる?』

「もちろんです。最低でも5日以内には戻るので安心してください。それとアナベルお姉ちゃん、伝言の方はよろしくお願いします。」

『あぁ、分かったよ。』


 白銀騎士団のお宅にお呼ばれすることが決まった俺は、とりあえずアナベルお姉ちゃんにお泊り許可をもらうべく連絡を取った。


 俺と親しい仲にあるソラル副団長によると、明日白銀騎士団に所属する騎士が迎えに来るらしい。

 たった今モニカと5日以内に帰るという約束をしてしまったため、お泊り期間は最長でも3泊4日になる予定だ。

 些か期間が短すぎるようにも思えるが、涙声の少女に「いつ帰れるか分からない」や「遅くなる」などというセンスの無い返答をするようではいけない。


「さて、そうなるとまずは情報収集でしょうか。俺は不法侵入と侮辱、要は不敬罪で捕まっているらしいですが、どの程度の重さの罪なのかを知らなければ始まらないんですよね。」


 更に言えばそもそも本当に俺はその罪を負っているのか、それにあの施設に放り込まれそうになったことに対する補償は無いのか。

 これまでの経緯を考えると正直この国の騎士団に対する信頼はあまり無く、自分で実際に確かめる必要があるだろう。


 そうと決まれば白銀騎士団にお呼ばれするまでそう時間はないため、ある程度暗くなるのを待ってから情報収集作戦を実行することにした。

 毛布の中にクッションを詰めて爆睡する幼気な少年を演出した後、センサーカメレオンの効果を起動させてから空間魔法で留置所の外へと転移した。


 問題なのはどうやって情報収集をするかだが、貴族絡みのそういった知識に詳しい、あるいは詳しい者を知っている王都の知人など皆無に等しい。

 考えた末に何とか相談できそうな相手を思い浮かべると、俺は商門側へと向かった。


●●●●●


 夜は夜で様々な店が開いている時間帯なため、星が輝いているというのに商門側は賑やかだった。


 俺は酒に酔い楽しそうに歩く人々の間をすり抜けながら、レイス商会へと辿り着いた。

 以前神殿にてお礼をされた時にレイス商会のヨゼフさんから、何かあったら頼ってもいいと言われていたのを思い出したのだ。

 無論ここまで姿は一切見せていないし、店自体は既に閉まっていたため明かりの付いている部屋を見つけると外壁を登って中を覗いた。


 そこはちょうど執務室のようなものであったらしく、ヨゼフさんが一人で黙々と書類にサインをしていた。


───コンコン


 軽くノックをすると彼は作業を中断し、首を傾げながら窓から外の様子を伺った。


「すみません。覚えているかわからないですがセイランスです。少しよろしいでしょうか。」

「うぉっ!?」


 姿を現しながらそう告げた俺を見て、ヨゼフさんは身体を仰け反らせて驚いた。

 一瞬腰に引っ掛けていた何かの魔道具に手を伸ばすが、彼は俺の顔を認識すると魔道具から手を離した。


「君は・・・覚えておるよ。とりあえず中に入ると良い。」

「ありがとうございます。」


 俺が室内へ入ると、ヨゼフさんは少し外を確認した後に窓を閉めた。


「ふむ。本来ならばカルロッタを呼びたいところだが、その様子じゃと何かわけありかな?」

「はい。少々厄介事に関わっていて、聞きたいことがあったので来ました。一応誰にも姿は見られていませんが、ご迷惑でしたらすぐに帰ります。」

「構わんよ、何かあれば頼るように言ったのは儂だ。とりあえず話してみなさい。」


 そう言って席を勧められた俺は他に頼れる相手も居ないため、その言葉に甘えて事情を説明することにした。


 アナベルお姉ちゃんの護衛についた話で眼を閉じ、無理矢理アルドス家に付いていった話で眉がピクリと動き、青銅騎士団に連行された話で口元が震え、最終的に白銀騎士団に連行されるまで留置所に入れられた話で放心状態になっていた。

 どうやら老体には負担が大きすぎたようで、正気に戻ってくれるまで静かに待っていると、ヨゼフさんはゆっくりと口を開いた。


「つまりセイランス君は今・・・留置所から脱走してここに居るということかね?」

「いえ、違いますよ。幼気な少年は今留置所のベッドで爆睡しているはずなので、俺は謎の少年という設定にします。」

「そうか、設定か・・・なんというか君は随分と無茶苦茶なんだな。」


 ヨゼフさんはそう呟いて溜め息を吐いた後、気持ちを切り替えるように一度大きく深呼吸をした。


「まぁ、分かった。それで気になるのは実際の罪の重さだったかのう。そうじゃな、準男爵家相手に不法侵入と不敬か。儂も貴族相手に商売をする以上ある程度の知識はあるが、その二つだけみれば間違いなく有罪じゃろうな。」

「あぁ、やっぱりそうなんですね。」


 さすがにソラルさんの言葉がまるきり嘘ということではなかったらしい。


「怪我人がおらずとも貴族の家に押し入るだけでも相当の罪だし、そこに軽い不敬罪が加われば十年単位の服役や強制労働もあり得る。」


 傷害罪が加わらないため死刑ということはないらしいのだが、それでもかなりの罪の重さである。


 さて、そうなるとどうしたものだろうか。

 最終的な手段としてはこの国から逃亡するということも選択肢に入ってはいるが、そうなるとモニカとした約束を果たせなくなってしまうためやはり逃亡以外の手段が欲しいところである。


「ヨゼフさん。そうなるとベッドで寝ているはずの少年は最悪逃亡しなきゃいけなくなるんですが、何か手立てはないんでしょうか。」

「待たんか。今の話は単純に不法侵入と不敬を働いていた場合に過ぎない。」

「単純に、ですか?」


 俺の問いに対してヨゼフさんは小さく頷いた。


「言うなれば何の理由もなく押し入った場合だが、今回のケースは違うじゃろう。まず君の雇い主は正式な招待を受けてアルドス準男爵家を訪れた。ならば彼女には共を連れて行く権利がある。」


 貴族の屋敷に招待を受けて訪れたのだから、同行者がいるのは当然だとヨゼフさんは語る。

 どうやらこちらが一方的に悪いのかと思いきや、アルドス準男爵側にも落ち度は存在したらしい。


「じゃあその点を追求すれば無罪に持ち込めると?」

「それも無いのう。不法侵入も不敬もまた事実なのだから。」

「結局どういうことなんでしょうか。」


 話が複雑になってきたため結論を求めた俺に、ヨゼフさんは難しい顔で告げた。


「セイランス君の立場次第、じゃろうか。君が大した立場のない者ならばほぼ一方的にアルドス準男爵側の言い分が通って先程のような罰が下されるし、立場次第では落ち度を突いて無罪とまでは言わずとも罰金刑で済ませることも可能なはずだ。」


 つまり今回の俺の行いは立場の無い平民ならば十年単位の強制労働を課せられるようなもので、逆に貴族に匹敵するような地位ならば罰金刑で済ませられる程度のものということらしい。


「例えば先程彼女には権利があると言ったが、立場を単なるスラム街の住民と解釈するのならば礼を欠くとは言えないかもしれん。仮にセイランス君が高位の貴族に縁あるものならば、今度はアルドス準男爵側が無駄に騒ぎ立てたと謝罪をすることになるだろう。貴族と関わる上で地位や立場というのは、そういうものだ。」


 あまりにも立場によって罪の重さが違い過ぎるように思うが、これが身分制度の存在する社会の現実ということだろうか。

 いずれにせよ鍵となるのは俺の立場で、最初に思い浮かべたのは冒険者としてのランクだった。


「俺はDランクの冒険者ですが、これは駄目ですよね?」

「Dランクではどうにもなるまいな。Aランクでもあれば冒険者ギルドが動いて、恩を売ることもあるじゃろうが。」 


 これは予想通りの返答である。


「じゃあ、サモンド子爵家の後ろ盾がある、というのはどうでしょうか。」


 俺はサモンド子爵家の紋章が刻まれた短剣を取り出した。

 ヨゼフさんは短剣を確認しながらしばらく唸り、ようやくといった様子で言葉を絞り出した。


「・・・申し訳ないが分からん。短剣は本物のようじゃが、そもそも一介の冒険者のためにサモンド家がどこまで動くのか。だが可能性がゼロではないことも確かだ。むしろよくこんなものを持っておるのう。」

「お願いしたらくれました。」

「そうか、お願いしたらくれたのか・・・君と話をしていると常識が崩れていく音が聞こえるな。」

 

 ヨゼフさんは何度目になるか分からない溜め息を吐くが、それはもしかしたら幻聴というやつではないだろうか。

 やはり老人相手にこのような時間に訪問し、しかも難しい質問をしたのは負担が大きすぎたようだ。


「ありがとうございました。そろそろ留置所で寝ている少年の様子を見てこようと思います。」

「・・・戻るのか。サモンド家に懸けるつもりかのう。」

「そうですね、とりあえずそうすることにします。無事に戻ってきたら、またお礼に伺いますね。」


 そう返事をしながらも、それが難しいだろうことは自分自身で分かっていた。


 ヨゼフさんにはさすがに研究所絡みの内容まで話をするわけにはいかず、国が研究所で何が起きたのかを知りたがっているということまでは話せていない。

 ここで問題なのは、そもそもそれを白銀騎士団に素直に話したところで信じてくれるのか、更に言えばその後はむしろ今よりも状況が悪くなる可能性があるということだ。


 とはいえ、罪自体は俺の立場次第で軽くなるというのは貴重な情報である。


 この事態をすべて解決出来るような力技が逃亡以外にあと一つ、さてどうしたものだろうかと考えながら俺は留置所へと戻った。


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