side.アナベラvs灰蛇-戦闘-
入り口に立つアナベラに気付いた灰蛇の構成員たちは、その視線を一斉に彼女へと向けた。
今回の標的であることに加えて王都撤退の一因を担っているのだから、その視線には鋭い殺意が込められていた。
「熱い視線だねぇ、私も嬉しいよ。散々なめ腐った真似をしてくれた連中に会えるのは。」
だがアナベラは殺意をものともせず、揶揄うような調子でそう告げた。
スルホはアナベラの言葉には反応せずに、もっとも気配を読むことに長けた構成員へと目で尋ねる。
首を小さく振っていることからアナベラの接近は気配を読めない程度の隠密によって行われたことと、現在この場に彼女以外の者は居ないことが分かった。
実際アナベラは一人で侵入をしており、時間を置いてからルーガスとアキムが拠点を包囲し、残りは各門にて灰蛇の王都外逃亡に備える作戦だった。
スルホはアナベラが一人であることを確認して、ようやく彼女に向けて言葉を放つ。
「よくここが分かったものだ。」
「拠点を定期的に変えて補足し辛くしているんだってねぇ。だがその程度はどうってことないのさ。」
ベルナディータの協力によるものだが、無論アナベラはそれを口に出さない。
灰蛇は拠点を一処に定めないせいで尻尾を掴みかけてもすり抜けてしまうため、実際はアナベラが自力で拠点を探ったとしても見つけられない可能性が高かった。
もっともアナベラの発言には灰蛇の動揺を誘う意味もあったのだが、そちらは効果を発揮しないようだ。
「貴様ごときに見つけられるほど落ちぶれてはいない。第一この拠点に移ってからはまだ日が浅い。そうなると、可能性があるのはゼファシール教か?いや、こちらも貴様ごときにあいつらが手を貸すはずがない。ならば等級持ちの信者と渡りでも付けたのか?つくづく上手くいかないものだ。」
「なんだ、随分と余裕だねぇ。おまえたちはここで終わるっていうのに。」
その言葉を聞いたスルホは肩を震わせると突然笑い出したため、アナベラもさすがに怪訝な表情を浮かべた。
「追いつめられすぎておかしくなったのかねぇ。」
「これが笑わずにいられるものか。セイレンに築き上げた組織を壊滅させられ、こんな田舎国家まで逃げて再建を図れば悉く失敗し、挙げ句の果てにはまた標的だった者に襲撃されるだと?これが笑わずにいられるものか!?」
そう言ってスルホは狂ったように笑い続ける。
さすがに灰蛇の構成員たちもギョッとした顔でスルホを見たが、彼は普段からは想像もつかないような凄惨な表情を浮かべていた。
「舐めるなよ小娘。俺たちに悟られないよう最小限の行動しか出来なかったのだろう。灰蛇は暗躍だけで戦闘力はないと勘違いしているのか?もはやこの国からの撤退は逃れ得ないが、貴様はここで殺す。」
「その言葉はそっくりそのまま返すさ。お前たちはここで死ね。」
それを最後にアナベラは手にもっていた白い面を被った。
最初に動いたのは、彼らが会話をしている間ずっと攻撃の機会を伺っていた男だ。
「火精よ、我が剣に宿れ」
男の持つ剣が灼熱に光った。
実際のところ、灰蛇の構成員たちは帝都の裏世界で一つの勢力を築いていた以上弱いはずがない。
男が使っているのも帝国騎士が得意とする魔法剣であり、ただそれだけでも相応の実力が伺える。
下手に受け止めれば武器や防具を一方的に破壊されて身体ごと引き裂かれる一撃、戦争時には他国を大いに苦しめるそれをアナベラは素手で処理した。
迫りくる剣をまるで演舞のように躱すと、男の手を掴んでくるりと一回転させながら床に叩きつけた。
すぐに態勢を立て直そうとする男の首に、腰から抜いた剣を突き立てる。
更には辛そうにせき込みながら息絶えようとする男を掴むと、アナベラは遠方から飛んできた火球の盾にした。
吐き気を催すような臭いが空間に充満するがアナベラも、そして灰蛇たちも、誰もがそれを気にせず次の行動へと移っている。
「アイシャ、ライファ。動きを止めろ。」
そう指示を出した男は詠唱を始めるが、突然飛んできた剣に貫かれてそのまま倒れた。
指示を受けた二人が既に動いていたにも関わらず、アナベラは自分が手にしていた剣をあっさりと飛び道具として使用したのだ。
詠唱をしようとしていた男は勿論残りの二人にとっても予想外の出来事であり、その動揺は行動に影響を与えてアナベラに新しく短剣を手にする僅かな時間を与えた。
だがそれでも二体一、加えて剣と短剣というリーチの差がある。
そう自分に言い聞かせたまま二人はアナベラへと襲いかかるが、たった一瞬の交戦で一人は手を引き裂かれて剣を地面へと落とし、もう一人は腹を蹴られて体勢を崩した。
そもそも、アナベラの武天化スキルはこれまでの経験がデータベースとなって最適な行動をとる。
ではデータベースを占める割合としてどの武器に対するものが多いかと言えば、それは当然最もオーソドックスな剣であった。
つまりスキルを使用しているアナベラに対して剣で挑むことは只々悪手である。
それから程なくして二人は死んだ。
「ふは、ふはははは!なんだ、なんだこの有様は。」
見張りを含めればこの短時間に5人、この国にやって来た時の半分は居なくなった。
「どう・・・して・・・。」
そしてまた一人、たった今ライルが胸を短剣で貫かれて死んだ。
彼は戦闘が始まって以降姿を隠してから一度も身動きを取らなかった。
その短気さと裏腹にじっと息を押し殺して奇襲の機会を伺っていたのだ。
だがスルホの笑い声によりアナベラの気が逸れた一瞬を狙って姿を現すと、次の瞬間にはナイフが胸に突き刺さっていた。
「もういい。邪魔だ、どけ。」
「・・・え?」
6人が死んだことにより躊躇していた男を、スルホは背後から襲った。
「どうじでぇ・・・?」
「見れば分かるだろう、灰蛇という組織は終わりだ。ならばいっそ足手まといなど死んでくれた方がいい。」
この後に及んで臆するような者たちが仮に生き残ったところで、もはや害悪であるとスルホは判断した。
その凶行を見て未だ生き残っている二人は背を向けて逃げ出すが、彼が腕を振るうと突如としてうなじから血を噴出させて倒れた。
「こんな田舎国家で、こんな小娘相手にこの様か。」
帝国で活躍していたという自負が、スルホにそう呟かせる。
だが、その認識自体がそもそもの間違いであることにスルホは気付かない。
確かにグレラント王国はエインツ帝国と比べれば小国で、その王都で配下をまとめ上げることにも四苦八苦しているアナベラではある。
だが少なくとも彼女の戦闘能力だけは、セイレンという規格外を間近で見て世界の広さを知った者たちが見出しているのだ。
もっとも、スルホが灰蛇を作り上げた実力者であることもまた事実である。
「一からすべてをやり直そう。次はもっと強大な組織を作り上げる。」
スルホはそう呟くと、アナベラに向けて腕を振るった。
アナベラは腕の動きから軌道を読んでその先へと新たに取り出した短剣の位置を調整するが、その短剣はどういうわけか砕け散る。
見えない何かによって彼女の右肩が切り裂かれて、血が流れ出た。
「どうした、不思議か?今の動きから察するに何をされているかは気付いているのだろう?」
スルホが腕を振るうことで彼の配下たちが血を噴出させたことから、スキルに起因する不可視の斬撃として処理をした。
実際それ自体は間違っておらず、スルホが所持しているのは魔法系統に分類されている「飛斬」と呼ばれるスキルだ。
短剣の刃程度の斬撃を飛ばすという小規模な攻撃ながらも、不可視という特性が加わることで有効なスキルとして扱われていた。
だがスルホの放つ斬撃は再び軌道を読んだアナベラの剣を砕いて今度は脇腹を斬った。
その次の斬撃は受けようとせずに彼女は回避行動を取るが、まるで追尾したかのように太ももを斬った。
スルホは弑逆的な笑みを浮かべながら、アナベラの身体から血が流れ出る様を楽しんでいた。
結論から言えば、何故自分の飛斬がこのような力を持っているのかスルホ自身も知らない。
本来の飛斬であればアナベラの対処法は正しかったが、彼の飛斬は武器で防げないほど威力が高く、また僅かにではあるが意識的に軌道を変えることも出来た。
人ならぬ視点から言えば結局のところ、スキルとはつまり宿っているエネルギーの量に左右される。
セイランスの平凡なスキルが膨大なエネルギー量を宿すことで強固な能力となり、アナベラのスキルは狂化という厄介な能力から武天化という最高峰の能力へと変化を遂げる。
スルホの飛斬もまた、人より多くのエネルギー量を宿していることで一段高い能力となっていた。
「ほら、どうした!俺を殺すのでは無かったのか?」
既にアナベラは全身が傷だらけであり、仮面からは表情が分からないがくぐもった荒い呼吸を繰り返していた。
グレラント王国で抱えた恨みを彼女で発散したスルホは、止めを刺すことにした。
「時間があればもっと苦しめてやれたが。死ね。」
スルホが腕を振るった瞬間にアナベラは再び回避行動を取ったが、その悪あがきを見て彼は小さく笑った。
だが彼女はそのまま動きを止めることなく、まるで斬撃がすべて見えているかのように回避し切った。
「このっ。死に損ないが!」
一度、二度、三度、放った斬撃はすべてアナベラにかわされて、遂にスルホは接近を許した。
彼は咄嗟に短剣を抜いて対処しようとするが、武天化状態のアナベラに敵うはずもなく脇腹を切り裂かれた。
「時間を与え過ぎだ。さすがに私を舐めているだけはある。」
武天化を解いたアナベラは、仮面を外しながらそう告げた。
「馬鹿な、馬鹿な・・・。」
地面へと倒れたスルホは、脇腹を押さえながら現実を否定するかのように呟く。
確かにアナベラを甚振っていたスルホにも落ち度はあったが、あの状況で適応することなど出来るはずがなかった。
だがアナベラのスキルは彼の放つ斬撃のパターンをデータベースに蓄積し続けて、遂には最適行動を取るに至った。
エインツ帝国時代の栄光に囚われたスルホは、常に進化し続ける力に敗北した。
「言い残すことはあるか?」
「・・・最初に言ったが、貴様こそ俺を舐めるな。」
満身創痍でアナベラに見下ろされている状況では、ただの強がりに見えた。
だが何の因果かスルホの言葉に前後して外が騒がしくなり、バジルが慌てて中へと入ってきた。
その隙を狙ってアナベラと距離を取ろうとするスルホの腹に短剣を突き刺してから、彼女はバジルへと尋ねた。
「どうした?」
「姐さん、騎士団です。青銅騎士団が襲撃して来ました!」
「あいつらは、あいつらは一体どこまで・・・。」
アナベラは唇を強く噛み締めると、地面に血を広げるスルホに背を向けて疾走した。
アナベラvs灰蛇は次で終わりです。