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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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side.アナベラvs灰蛇-不運-

中断箇所の都合上地味な話からの再開となりますが、5章が終わるまで隔日で更新致します。

 灰蛇を題材に創作物を作るとしたら、そのテーマは間違いなく不運になるだろう。


 そもそもエインツ帝国において灰蛇が最も優れていた点は、標的が死ぬまで何度でも何年でも執拗に命を狙い続けるその執念深さだった。


 仕事の際には決して標的に直接手を下さず、周囲にいる誰かを利用し、周囲にいる誰かを害し、そして周囲にある環境を巻き込んだ。

 どれ程力のある存在であったとしても周囲に存在する者たち全てを守りきることなど出来るはずも無く、日常の中で見知った誰かが自分を襲い、陥れ、あるいは身近に居る誰かが傷つき死んでいく日々が延々と続いていく。

 命を狙われた者の中には本人が傷つくことは無かったが、親しい者が次々と死んでいくことに耐えかねて自殺した者もいた。


 一方で標的を直接的な手段で殺そうとしなかったため補足されにくく、権力者の一部とも強く結びついていたため、組織に危険が及ぶことさえ稀であった。

 標的にされた者たちにとって、灰蛇はまさしく一度睨まれれば死ぬと伝えられる神獣灰蛇のような存在であっただろう。


 灰蛇は間違いなく繁栄を極め、地位を築いた者も力を磨いた者も財力を身に着けた者も、みな灰蛇の名を恐れた。

 そんな組織が滅びの予兆もなく狂人の理不尽な力によって滅ぼされたのだから、不運という他ない。


●●●●●


 セイレンによる襲撃後にグレラント王国へとやって来た灰蛇は、王都にてリュークと名乗る人物を経由してセザールからアナベラを排除する依頼を受けた。


 この時点において、灰蛇がグレラント王国で再興するための道筋としては順調なものだったと言えるだろう。

 グレラント王国の都に住まう者たちなど比較にならない程の強者や権力者がひしめく帝都で活動してきた灰蛇にとって、幾ら弱体化していようとも小娘の始末など大した負担にはなり得ないのだから。

 組織を再興させるために必要な要素の一つは金銭を提供する存在、つまり王都に来て早々にセザールと繋がることが出来たのは灰蛇にとっても都合のいい展開であった。


 ましてそれがセイレンへの復讐に繋がるのだから、順調過ぎるとさえ言っていい。

 だが予想に反してアナベラの始末は容易に進むことはなかった、いや、正確に表現するならば途中までは順調だったのだ。


 アナベラは確かに優れた戦闘力を持つ存在であったかもしれないが、標的を間接的に殺害する灰蛇にとって強いという要素は本来何の障害にもなりはしない。

 実際灰蛇からすれば無防備に等しい彼女に、愚者の毒の一つをあっさりと飲ませることに成功していた。


 そして後数日もあれば確実に死ぬはずだったアナベラの運命は、ある日突然、そうまるで誰かが盤外から干渉したかのように本来取る筈だった軌道からずれ始めた。


 残り2つの愚者の毒をアナベラに飲ませることに成功しても彼女が死ぬことはなく、それどころか遥かに毒性の高いポイズンリリーやヴェノムサラマンダの毒までもが効果を発揮することはなかった。

 ポイズンリリーは亜人族の一つ、樹人族が本来植物の生存に適さない環境に根付いた時にのみ周辺に生える植物であり、毒性を持つそれを食した動物の死骸が樹人族の栄養として利用される。

 ヴェノムサラマンダは強い毒性を持ったオオトカゲが年月を経て魔物化した存在であり、本来持っていた毒が魔物化する過程で蓄積した魔素と反応して更に強力な毒へと変化した。


 特にヴェノムサラマンダの前では耐性という言葉が紙屑よりも価値を持たず、人がその毒を摂取して生き延びることは不可能だと言っていい。

 だが不幸にも、普人族最大の国エインツ帝国でさえ遭遇したことのないあり得ない事態に彼らは遭遇してしまった。


 原初の魔王やその配下たちと繋がりを持った幻人が、アナベラの側に付いたことは不運という他ない。


●●●●●


 カーティスがアナベラの側に居る獣人の力を確かめた翌日、新たな依頼人が灰蛇に接触してきた。


「セイランスという獣人とベルナディータという女を始末して欲しい。」


 接触してきた男はアルムガレンド家の家人だった。


 アールノはバーナードが引き起こした一件をアルムガレンド家の被害が最小になるように抑えた。

 だが上層部から認められたとはいえ、いや認められたからこそ、一度アルムガレンド家の都合で解決させたはずの問題が再燃すれば一大事だ。

 彼はセイランスやベルナディータがその気になれば真実を話せることを懸念した。


 灰蛇がこの依頼を引き受けるメリットは相応にある。

 セイランスに関してはセザールの依頼で既に邪魔な存在になっている上に、権力者との繋がりはこういった組織にとって必須と言ってもいいのだから。

 

「その依頼、引き受けよう。ただ一つだけ、対象は確実に殺すが期間は十分設けさせてもらう。」

「それは認められない、早急にあいつらを殺せ。」


 ただ一つ問題があるとしたら、それは灰蛇の性質とアルムガレンド家の方針が大きく異なっていたことだろう。

 時間をかけてでも確実に標的を追い詰めて殺す灰蛇と、可能な限り早く標的を殺したいアルムガレンド家の相性は最悪と言えた。


「我々のやり方を受け入れられぬのならば、この依頼は無かったことにしてもらおうか。」

「ふん、所詮帝国から逃げてきた負け犬共か。安心しろ、必要なお膳立てはこちらでしてやる。」


 最初から灰蛇に全てを任せるつもりなど無かったアルムガレンド家の家人は、依頼を断ろうとしたスルホを鼻で笑った。


 始末したい相手はゼファシール教の本神殿長の孫娘に、猛威をふるっていた盗賊団を壊滅させた得体の知れない冒険者である。

 あるいはセイランスだけならば話は単純だったかもしれないが、ベルナディータの身分は処分する上で確実に厄介なものだと言える。

 そのため彼らを確実かつ表沙汰にせずに始末するためにアルムガレンド家が手配するのは、昔から貴族の間でそういった目的に使われる魔法技術研究所だった。


 手配程度ならばもとよりそういった性質のため秘密裏に進められるが、事件直後で大きく動けないため実働部分の手駒として灰蛇を必要としているに過ぎなかった。


 お膳立てまでしてやる伯爵家からの依頼を断るはずが無いと思っているアルムガレンド家の家人に対して、スルホは何かを考えるようにしてしばらく黙った後に返事をした。

 

「詳細を話せ。」

「ふん、最初からそう言うがいい。」


 交渉を終えてアルムガレンド家の家人が去った後、話を聞いていたカーティスがスルホへと問いかけた。


「良かったのか?」


 帝国に居た頃はあのような手合の依頼を引き受けてこなかったのだ。


「あぁ、言いなりになるつもりはない。アルムガレンドが手配した魔法技術研究所を利用してアナベラに仕掛ける。成功するならばそれで良い、そうでなければいつものように延々と追い詰めていくだけだ。アナベラが死ぬまで、死にたくなるまでずっと。少し早いがセザールにも手を染めさせるか。」


 スルホはそう言って口の端を釣り上げた。


 例え後ろ盾になり得る存在だったとしても、灰蛇のやり方に口出しをするようならば必要がない。

 一方でその場限りではない長期的な付き合いを視野に入れた場合、ただ金を出すだけの存在もまた信用には値しない。

 そのため一定以上の関係を相手と築く時には、一度何らかの形で仕事に関わらせることで支援をするだけの傍観者という立場を捨てさせることにしていた。


 セザールとて今後も灰蛇を必要としているはずであり、関係性の強化に必要だと聞けば断ることはしないだろう。


「もう一つ、あの獣人の件も本当に良かったのか?場合によってはこちらで利用することも出来たが。」

「いい。お前の報告自体を疑うわけではないが、随分と怪しい内容だ。」


 セイランスという獣人は致命傷を負っても死なず、アナベラが毒を飲んで死ななかったのも彼が所有するスキルの性能によるもの、そんな内容だ。


「それが真実ならばとてつもなく価値のあるスキルだ。そんなスキルの持ち主が何故これまで誰にも注目されずに冒険者を続け、そのスキルは信憑性の薄い噂としてすら流れない?」


 そもそもからしてその情報を得るタイミングが良すぎる話である。


 真実ならば極めて有用なスキルであるにも関わらず全く表に出てこなかったに相応しい理由が存在するし、逆に嘘ならばカーティスの行動を看破した上に別の何かが存在するということだ。

 だからこそスルホは厄介ごとを押し付けるかのように、その情報を先程アルムガレンド家へと流した。


「あちらも真に受けはすまい。始末したがっていることを考えると、案外研究所への口実の一つとして利用する程度かもしれん。場合によっては、一度俺自身の目で確認する必要があるな。」


 スルホはそう呟いた。


 もしもこの時すぐに彼がセイランスを確認していれば、未来は変わっていたのだろうか。

 セイランスとセイレンの容姿は肉体関係にある程親しい者が見ればもしかして、という程度のものでしかないが、セイレンに殊更強い恨みを抱くスルホであれば気づいていたかもしれない。


「俺はこれからセザールに会ってくる。」

「青銅騎士団第三部隊第二小隊、それを呼ぶ段取りをつけに行くのか。」


 アルムガレンド家は魔法技術研究所とそこに連行する騎士団を手配する、そして灰蛇は騎士団が呼ばれる状況を整える、それが先程交わした内容の一部である。


 ここから事態は思わぬ方向へと転がっていくことになるのだが、この時の彼らはまだ知らない。


研究所に連行されるまでの舞台裏でした。

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