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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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side.アナベラvs灰蛇-嵐の前の-

時系列としては、アナベラがベルナディータを訪問した後になります。

 王都の路上では今日も色とりどりの人生を送る者たちが交差しながら、普段通りの賑やかな光景を作り出している。


 ベルナディータと別れた後にアナベラは一旦拠点へと戻ることにしたのだが、彼女は難しい顔をしながら歩いていた。

 そのような様子の彼女も遠目に見れば賑やかな光景の中の一つに過ぎないのだが、だからといって彼女が抱えている問題が無くなるわけでもない。


「しかしまぁ、これからが大変だねぇ。」

「灰蛇と戦うのが?けど、頑張らないとセイランスの敵討ちが出来ない。」


 愚痴るように呟いたアナベラに対して隣を歩くモニカがそう尋ねると、彼女は苦笑しながら首を横に振った。

 そもそもセイランスはまだ死んでいないのだが、シュッシュとファイティングポーズを取る少女に細かな指摘をする程アナベラも野暮ではないようだ。


「いや、そちらはむしろやる気さ。そうじゃなくて、灰蛇を仕留めるためには私の動かせる範囲を大きく超えた数を動員しなきゃならないという話だ。そのために、コンラートさんたちに話を通す必要がある。」


 わざわざ譲歩の一つとして灰蛇の始末を自分に一任させたのだから、戦うこと自体はアナベラの望むところである。


 だが問題なのは、ベルナディータの助力を得ようとも短期間で決着を付けるためには相応の戦力が必要になるという点だ。

 アナベラはスラムの支配者という地位にあるもののその権限自体は限られており、本格的にスラム街の戦力を動かすためにはコンラートたちへと助力を要請する必要があった。

 彼女がセザールや灰蛇たちに翻弄されて解決が遅れた結果支配者の座を追われそうになったことはまだ記憶に新しく、今回の経緯を踏まえれば戦力以前に今度こそその座を追われる可能性も十分あり得るのだ。


「私は支配者の座から降りるつもりはない。まだやりたいことが幾らでもあるんだ。」

「アナベルお姉ちゃん、大丈夫。いざとなったら下剋上。」

「下剋上も何も、私が一番上にいるはずなんだけどねぇ。」


 再びシュッシュと拳を前に繰り出しながら放ったモニカの無意識な鋭い意見に、アナベラはそう小さく呟いて空を見上げた。

 以前セイランスはスラムの支配者に纏わる出来事を王や建国に例えたが、まったくもって傀儡もいいところだと彼女は自嘲する。


「だがそれでも、この地位でしか出来ないことがある・・・まぁ、とりあえずは戻ってから交渉の作戦を練るとするかねぇ。それに、交渉材料も手に入れてあるから全くの無策というわけでもないさ。」

「あ、高くなった。これはいい。セイランスと出かける時にも採用しよう。」


 アナベラ自身の決意はともかく、喧騒の中を歩きながら考えられる程簡単な話でもない。

 彼女は少しでも多くの時間を確保するため、隣を歩くモニカをその腕に抱えると帰路を急ぐのだった。

 

●●●●●


「戻ってきたかアナベラ。何だ、その顔は。お主とて儂に話があるだろう?」

「・・・そうなんだけどねぇ。なに、只少し準備時間が欲しかったという話さ。」


 果たして噂をしていたことが悪い方向に働いたのか、拠点へと戻ってきたアナベラが目にしたのは彼女を待っていたらしいコンラートの姿だった。


 この時点で考えを纏めてからコンラートと交渉しようとするアナベラの目論見は崩れたのだが、彼がそのような気持ちを察するはずがなく、あるいは察していたとしても気にするはずもない。

 彼女がゆっくりと着席して向かい合ったのを確認すると、彼は一部の新聞を机の上へと放り投げた。


「なかなか面白いことをしたのう、アナベラ。」


 新聞の一面には今年度の『白猿勲章』受章者が載っており、何故かその中にはアナベラの名前が存在していた。


 そもそも白猿勲章は国家への多大な貢献、とりわけ社会的な分野においてそれを認められることで授けられる勲章だ。

 功績に対して送られるものの中で成り上がりの代名詞とも言えるものは叙爵だが、勲章は幾らかの年金が得られることを除けば名誉的な意味合いが強い。

 性質が異なるために一概には言えないが、叙爵には至らないものの十分評価に値する功績を残した者に送られるという認識で問題ないだろう。


 コンラートは机を人差し指でコツンコツンと叩きながら、新聞からアナベラへと視線を移した。


「お主の現状については既に報告を受けておる。これが政府から引き出した譲歩というわけか?」

「・・・バジルの奴か。まぁ、そういうことだねぇ。」


 相変わらず情報が早い、アナベラは既にコンラートが事情を把握していることに内心で舌打ちをするが、しかし同時にバジルが報告していたことに納得もしていた。


 そもそもバジルはアナベラの側近ではあるものの、立場としてはお目付け役に近い。

 彼女が帰ってこなかった時点でバジルが彼らに報告をするのも、また戻ってきた彼女の状況について報告するのも当然のことだ。

 出来ることならば唐突に情報を出して主導権を握りたかったが、余計な話をせずに済んだと考えることにして彼女は言葉を続けた。


「落としどころとしては悪くないはずだ。過剰な要求をしても良いことはないからねぇ。」


 王が病に倒れ政治が乱れている上に聖魔王の来訪も迫る中、スラム街の住民たちに暴動を起こされては困ると、研究所に強制収容されかけたアナベラに対して国が譲歩することになった。


 その際にアナベラが要求したものが、灰蛇を自分の手で始末する権利と、そして白猿勲章を受章する権利であった。

 彼女が白猿勲章を要求したことには幾らか意図があるが、落としどころとして選んだ理由には白猿勲章が半永久的な価値を持つこと、受章のハードルが高くないことの2つが挙げられる。


 経緯を踏まえれば現時点で国から大きな譲歩を引き出せたとしても、後にそれが覆される可能性は高いだろう。

 その点で言えば白猿勲章は一度受章すれば半永久的に価値を持ち続け、功績に対して送られるという性質を考えれば容易に剥奪することは出来ない。


 また白猿勲章には直接的な権力が付随しないため過大な要求には繋がらず、宰相権限で決定できるために王が病に臥せっている現状でも対処が可能である。

 加えてアナベラの活動によってスラム街の治安が改善していることは紛れもない事実であり、受章するだけの根拠があることも大きかった。


「ふむ、悪くはない。目的は思考誘導、あるいは印象操作か。先程も言ったが何だその顔は。お主の考えることを儂が読めぬはずもないだろう。」

「いや、何でもないさ。」


 アナベラの意図を正確に把握しているらしいコンラートの言葉に、彼女は主導権を完全に握られていることを悟るのだった。

 実際コンラートの言う通りに白猿勲章自体に意味はないが、白猿勲章を受章したという事実に大きな意味がある。


 例えばアナベラはスラムの支配者として君臨しているが、当然ながら国の制度にそのような地位があるわけでもなければ、国がそれを認めているわけでもない。

 だがスラムの支配者である彼女が白猿勲章を受章することで、少なくとも国がその存在に否定的ではないことを世間に印象付けることが出来る。

 無論認めたのはスラムの治安を大幅に改善したという功績であって、スラムの支配者という立場ではないのだが、大事なのは印象であって事実ではないのだ。


「コンラートさんたちが私に望んでいたのは安定だろう?ならば私は今回、その地位をより安定させたことになる。それで今回の件は大目に見て欲しいねぇ。そして灰蛇を短期間で仕留めるための人員を動員させて欲しい。」


 まともに考える時間が無かった上に主導権を握られている以上は下手な小細工を試みても仕方がないと、アナベラは結論だけを端的に告げることにした。


 研究所に収容されかけて支配者の地位を揺るがしたことは失態だが、実際結果だけを見れば利益をもたらしているのだ。

 とはいえ、その理屈が通用するのはコンラートが積極的にアナベラを支配者の座から追うつもりがない場合である。

 そのように考えていたからこそ、次の瞬間に彼の口から出てきた言葉を彼女はすぐに理解することが出来なかった。


「何を言っておるのだ?文句などあるはずもなかろう。今回の一件でお主に対する幹部たちの評価は大きく上がっておる。なにせ、国を手玉に取ったのだからな。」


 アナベラは驚きの表情を浮かべるが、客観的に見れば彼女はそれだけのことを成し遂げているのだ。


 魔法技術研究所は裏社会の住人から貴族に至るまで、グレラント王国においてその実態を知る全ての者たちから恐れられている場所だ。

 彼女はそこから己の力で帰還した上に、国という巨大な組織を相手に自分の要求を突き通した。

 言うまでもなく常人には成し得ないことであり、彼女は己の実力と器を示したことになる。


「全てとは言わんが、今のお主ならば儂らが許可を出さずとも従う幹部がそれなりに居るだろう。好きにするといい。」

「それは・・・いや、だがコンラートさんたちはそれでいいのかい?私を認めていないのだろう?」


 自分の指示でスラム街の勢力を動かすことが出来る、それは願ってもいないことだ。


 だがコンラートたちが力を持っていることに変わりはなく、ここから彼らとの争いが始まろうものならば目も当てられない。

 アナベラがコンラートの反応を待っていると、彼は静かに口を開いた。


「お主を真の意味で認めていないことは否定せんが、そもそも儂らはお主と敵対しているわけではないからのう。それは分かっておるだろう?」

「あぁ、だがねぇ。コンラートさんたちが私を只の人形みたいに扱っているのも事実だろう?」

「やれやれ。あの小僧が言っていたことにも一理あるのかもしれんが、やはり未熟じゃのう。お主の扱いは、現在の支配体制の歪みから生まれておるものだ。」


 本来支配者の座に就くべきだったセイレンが居なくなった結果、コンラートたちが敷いた支配体制は酷く歪なものとなった。


 彼ら4人が恐怖によって現在の幹部たちを従わせ、彼ら4人が支配者の座に就いたカルメラに従う。

 つまり現在各地域を治めている幹部たちとスラムの支配者に直接的な主従関係は存在せず、彼ら4人を通した間接的なものでしかない。

 だからこそアナベラはこれまで、コンラートたちを通してしか大きな権力を振るう事が出来なかった。


「いいか、アナベラ。儂らが構築した支配体制が続く限りお主が真の意味で権力を持つことは出来ないし、お主に求められる役割は『象徴としてのスラムの支配者』を守ることだ。お主が本当の意味でスラムの支配者として君臨したいならば、何を為さねばならなかったか分かるか?」

「コンラートさんたちを通してではなく、自分の力で幹部たちを従わせなければならなかったということかい。そして私は今回、そのきっかけを掴んだ。」

「そういうことだ。意図したわけではないようだが、結果を出したのもまた事実。お主がこの歪な支配体制を修正するというならば、やってみせろ。」


 コンラートは、その老体に似合わない力強い瞳でアナベラを見つめながらそう告げた。

 それはアナベラの覚悟を問うものだったが、彼女は真正面から受け止めると口元を少し緩めた。


「あの場所から脱出出来たのはセイランスのおかげなんだけどねぇ。だが、やってやろうじゃないか。」

「ふむ、笑みを浮かべるとは随分と余裕だのう。」

「そういうわけじゃないんだが、最近身近に力の抜けるような奴がいてねぇ。」

「あの小僧がお主に多くの影響を及ぼしているということか。儂らは本当に獣人に縁があるのかもしれんのう。しかしセイレンにセイランスか・・・。」


 そう呟いて何かを考える様子のコンラートを見て、アナベラは尋ねた。


「急にどうしたんだい?」

「いや、昔ルベリがセイレンの出自について調べたことがあってのう。その時にはアルバント国ヴォルテン家『セイの一家』に辿り着いた。」


 セイレンの出自は謎とされているが、当時セイレンと共に時間を過ごしていたコンラートたちは彼の持つ大剣の根本に紋章が刻まれていることを確認した。


 スラム街の支配体制が落ち着き少し余裕が出来た頃にルベリが改めて調べると、セイの一家がかつて使っていた古い紋章であることが分かったのだ。


 ヴォルテン家には五つの集団が存在しているが、その中でもセイの一家は最も力が弱い。

 ヴォルテン家の当主にはその代で最も力を持っている集団の長が就任するものの、セイの一家は既に300年以上当主を輩出していなかった。


「まぁ、結局セイレンの出自ははっきりとしなかったがのう。仮にあやつがヴォルテン家の一員ならば、立場の低いセイの一家が放って置くはずがない。それに、古い紋章というのもよく分からぬ。」

「そういった話を耳にしたこともないからねぇ。コンラートさんは、同じ『セイ』の字を持つセイランスの名前を聞いてそのことを思い出したというわけかい。もっとも、ヴォルテン家からセイランスみたいな奴が生まれるとは思えないけどねぇ。」

「確かにあの小僧の性格はヴォルテン家の性質とはかけ離れておるだろうな。白銀騎士団時代にサイの一家の者と会ったことがあるが、あれは完全に人として壊れておった。」


 コンラートのその一言は、国の防衛を担うことの重さを感じさせるものだった。


「ふむ、少し話が逸れたが、小僧と言えばお主に一つだけ忠告をしよう。スラム街の安寧を乱すような真似をすれば潰すぞ、アナベラ。」


 雑談のような雰囲気が一転して、コンラートはアナベラへと殺気に近い威圧を放った。


 彼の忠告はおそらく、セイランスの現状を踏まえたものであるのだろう。

 例えアナベラが自分の力でスラム街の人員を動員出来るのだとしても、白銀騎士団に捕まったセイランスを助けるためにスラム街を危険に晒すことは許さないと告げているのだ。

 

 だがコンラートの脅しを受けたアナベラは、覚悟を問われた時と同様にそれを受け止めた。


「私とてスラム街を危険に晒すつもりはないし、簡単に潰されるつもりもないさ。それに、例えばセイレンが白銀騎士団に捕まったとしたらコンラートさんはどうなると思うかねぇ。」


 お主も言うようになったのう、アナベラの言葉を聞いたコンラートはそう返事をした後に続けて、顔をしかめながら呟いた。


「・・・やめんか。白銀騎士団が滅ぶわ。」

「つまりそういうことさ。さすがにセイランスの性格だと違うだろうが、痛い目を見るのはあちらだろうねぇ。」


 そう告げるアナベラは、かつてセイレンの活躍を楽しそうに語っていたカルメラの気持ちが少し理解出来た気がした。


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