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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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side.セザール-独り相撲-

 セザールにとって運命の分かれ道となるその日は、雲一つ見当たらない透き通るような青空であった。


 彼は別段験担ぎに拘っているわけではなかったが、それでも連日立て続けに起こる不幸を思えば少しは気が晴れるというものだ。

 あるいは見方を変えれば天気一つに気分を持ち上げられる程精神が安定していないということでもあるのだろう。

 実際彼はこの数日の間に、重力に負けて弛んでいるはずの頬の肉が少し痩けているようにも思えた。

 

 それでもセザールは腹に力を入れ直すと、自分は冷静だと言い聞かせるかのように普段通り朝食を食べた後に馬車へと乗り込んだ。

 そうして彼が目にしたのは、感情が読みづらい引きつったような笑みを浮かべたリュークの姿だった。


「ひひ、今日は実に良い天気ですなぁセザール様。お天道様もこれから始まるあなた様の人生を祝福しているんでしょう。」

「ふん。貴様にそのような台詞が言えたとは意外だな。それよりも準備は出来ているのだろうな?」

「もちろんでさぁ。既にイレイア地区の倉庫に集めておりますとも。」


 これからスラムの支配構造を引っくり返すための人員をその場所へと集わせたリュークだが、全く気負った様子は見られなかった。


●●●●●


 一部例外も存在しているがスラム街は有力者たちが区画を纏め、更にその上の顔役たちが地区を纏め、そして更にその上の幹部たちが地域をそれぞれ纏める形となっている。

 コンラートたち4人も幹部に該当しているが、彼らの場合は実質的に幹部たちの上に立つ大幹部と言ってもいいだろう。


 スラムの支配者になるに当たって、スラム街で暮らす一般人や彼らの纏め役となる有力者たちに関しては無視をしても良いとセザールは考えていた。

 彼らは大きな影響を与えるだけの力も金も持たない存在であり、どのような意志を持っていようとも障害にはなり得ないからだ。

 

 また立場が上がり地区を纏める顔役になればある程度の力を持つことになるのだが、セザールはこちらに関しても大きな問題になるとは考えていない。

 彼らは確かに力を持っているが、大抵の場合その意志決定は上位者である幹部たちの意向に委ねられている。


 つまりセザールが相手にするべきは広い地域に影響を及ぼすだけの力を持った幹部たちであり、スラムの支配者として君臨する際には彼らの支持が必要となる。


 そのために絶対的に成し遂げなければならないことが、彼らより更に上位者となるアナベラと大幹部と言えるコンラートたちの排除であった。

 無論それらを成し遂げたところで敵対する幹部が現れるだろうが、それと同時にセザールに付こうとする者も現れるはずだ。

 既にアナベラたちの支配に対して強い拘りを持たない何人かとは接触を試みており、彼がアナベラ及びコンラートたちの排除に成功すれば助力するという返事を得ていた。


 そしてリュークを使って密かに不満を持つ者たちとの連絡を取りながら決起の準備を進めていたセザールが、今日までそれを行わなかったのはアナベラの存在が原因に他ならない。

 彼女は素手の状態から武装した青銅騎士団の小隊を圧倒出来る程の力の持ち主であり、金に飽かせて有象無象を集めたところでどうすることも出来なかったのだ。

 逆に言えば彼女さえ始末すれば、武闘派のコンラートですら量の前に沈む程度でしかない。


 つまりこれからセザールが行うことは、コンラートたち4人の殲滅であった。


 辿り着いた巨大な倉庫の中へとセザールが足を踏み入れると、彼の視界に入ってきたのは優に1000人を超える人の群れだ。


「ひひ。いかがでございますか、セザール様。これがあなた様をスラムの支配者へと導く者たちでさぁ。」


 目を見開くセザールにそう説明をするリュークだったが、この場所にいる者たちは大きく分けて二つに分類されていた。


 一つは搾取する側へと立てるだけの力がありながらも、アナベラの支配によって抑圧されている者たちだ。

 彼らは実力を持つ上に不満という原動力があるため、相応の働きが期待出来るだろう。


 そしてもう一つは現在の支配に不満はないものの、スラム街で貧しく暮らす生活に嫌気が差しており、この機会にうだつの上がらない人生を変えたい者たちである。

 彼らは努力によって成り上がることを嫌う実力も志も持たない者たちであり、大きな働きは期待出来ない。


 例えどれだけ人を集めようともこれらの比率によって戦力が全く異なってくるのだが、視界に映る数に満足したセザールがそれについて考えることは無かった。


「リューク、よくぞ集めた。約束通りお前には幹部の地位を与えてやる。」

「ひひ、それはありがたいことでさぁ。」


 あまり感情が乗っていない様子で、リュークはそう返事をした。


 支配者となった暁には幹部として重用することがセザールの下につく条件だと言っていたはずなのだが、相変わらずよく分からない男だ。

 セザールは倉庫の中でも一段と高い場所へと移動すると、数百の視線が自分へと集中する中で眼下にいる者たちへと告げた。


「お前たち、よくぞ集まった。ここにいる者たちは真の意味でスラム街の住人と言えるだろう。我々はこれから今の腑抜けた街を破壊して本来の姿を取り戻す。期待するがいい。全てが終わった後にお前たちを待っているのは、奪いたいものを奪い、抱きたい女を抱き、そして気に入らないものを蹂躙する日々だ!」

「「「おおおおおぉぉぉ!!!!!」」」


 セザールの演説はシンプルなものだったが、集まった者たちの欲望を確かに刺激したことにより倉庫を揺らさんばかりの歓声が木霊した。

 その反応に大きく満足をした彼だったが、後方から水を差すかのように落ち着いた声が聞こえてきた。


「それは困りましたね。ここにいる皆さんは私達とは相容れないようです。」


 セザールが聞き覚えのあるその声に振り返ってみれば、そこにいたのは標的の1人であるルベリだった。


 敵地に乗り込んできた彼は左右に護衛を一人ずつ置いているだけだ。

 セザールはルベリたちが現れる可能性についても考慮していたため、努めて冷静な返事をする。


「来たようだな。これだけ派手に動けば、そういったことも考えなかったわけではない。随分と静かだが既にここは囲まれておるのか?」


 ルベリが用心深い性格だと知っているために尋ねたセザールだったが、内心で囲んでいる数はそう多くないと判断していた。


 短時間でこれだけの数を集められたのは彼が数年の準備期間を経ていたからであり、ルベリたちが同規模のものを咄嗟に用意することは困難であるはずだ。

 だがそんな彼の考えを嘲笑うかのように、ルベリは小さく鼻を鳴らした。


「いえ、いませんよ。セザール、あなたは何か勘違いをしているようですね。」

「勘違いだと?」


 ルベリの言葉に対して、セザールは眉根を寄せた。


「あなた如きのために我々全員が動くはずが無ければ、多くの人員を動員するはずも無いでしょう。むしろあなたのお遊びのために、私がここまで出向いてきたことを深く感謝して欲しいくらいですね。」

「何を言っているのだ貴様は・・・?」

「おや、あなたの頭では理解が難しかったでしょうか。ではもう一度言いましょう。あなたの下らないお遊びに付き合うのは私だけです。」


 セザールはルベリの発言が理解できなかった、いや理解することを拒んだ。


 それは先日の女性にスラムの支配者となることを蔑ろにされたこととは全く意味が異なるものだ。

 彼女の場合はそもそもその何たるかを知らないはずだし、所詮は僅か数分の出会いに過ぎない。

 だがルベリたちは今まさに自分が人生を懸けて手に入れようとしているものの障害となっている存在であり、そしてこれから殺そうとしている存在だ。


 加えてこれまでに幾度となくアナベラの命を狙ってきたという経緯もあった。

 それにも関わらず、自分は歯牙にもかけられていないと言うのか。


「よく言ったものだ。儂の店を壊しておいて、儂の屋敷を襲撃しておいてよく言ったものだな!」

「あぁ、やはり勘違いをしているようですね。私達はそのどちらにも関与していませんよ。」

「馬鹿な!?そんなはずがあるものか!!!」


 このタイミングで受けた襲撃が彼らと無関係であるはずがないのだ。

 だがルベリは、まるで聞き分けの悪い子供に説明するかのように語った。


「いいですか?あれはあなたとの関わり合いがないこと、つまり身の潔白を証明したかったあなたの地区の顔役と幹部が勝手に行ったことです。私達は指示すら出していません。」

「馬鹿な・・・!儂が奴らにどれ程金を握らせたと思っている!?」

「哀れですねセザール。あなた程度の男がスラムを支配しようなどと、遊びでなくて一体何だというのでしょうか。」


 顔を真っ赤にして唇を震わせるセザールは、咄嗟に反論をすることが出来なかった。


 アルドス準男爵と音信不通になり、灰蛇に見捨てられ、店を壊され、夜中に襲撃され、女性に軽くあしらわれ、これから挑む敵にさえ相手にされないセザールさん。


 地味に長くなってしまいましたが、次話で決着です。

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