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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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side.セザール

時系列としては、セイランスたちが研究所へと送られた翌日になります。

 貴族たちの暮らす貴門側に屋敷を構えるというのは何物にも代えがたい一種のステータスであり、門に近い場所であれば平民であっても高額な借地料を支払うことで住まうことができる。

 

 富を手にした者が次に求めるものは地位や名誉というのはある意味において自然なことであり、野心の多いセザールもまた豪華な屋敷を貴門側に用意していた。

 五の鐘が鳴り終えたこの時間、本来であれば彼は自分の店にいるはずだが、今日は自室にある魔道具の前で焦った声を出していた。


「は、話を持ちかけたアルドス準男爵と連絡が取れないのだぞ。もしかして何かが起きているのではないのか!?」

『焦るな。何か分かればこちらから連絡をする。』

「分かった。だが、高い金を払っているのだ。頼んだぞ。」


 セザールがそう告げると何の返事もなく通信が遮断されたため、彼は軽く舌打ちをする。


 アルドス準男爵からアナベラを陥れることに成功した旨の連絡が届いたのが昨日のことであり、その時点での彼はまさに走り回って小躍りしたいような気分だった。

 そして本日改めて確認のためにアルドス準男爵のもとを訪ねてみれば彼はおらず、それどころか昨日の夜に突如王城に呼び出されて以来連絡が取れないと屋敷の者たちから聞いて慌てて引き返してきたのだ。


 今回の一件との関連性は未だ明らかではないが、昨日の気分とは裏腹に不安と苛立ちを覚えたセザールは感情に任せて机の上にあった花瓶を床へと叩きつけた。


 彼が苛立ちを覚えた時に物に当たるというのはよく見られる光景であり、呼び鈴を鳴らすと使用人が慣れた様子で花瓶を片付けていった。

 売れば5人家族が半年間は暮らせそうな花瓶が犠牲になった甲斐あってか、気持ちを落ち着けることに成功した彼は改めて現状について考える。


「少し取り乱し過ぎたようだ。そもそも奴らにも大きく影響することなのだから、不測の事態が起きているのだとしてもそれに対する備えはあるはずだ。何よりアナベラを排除することに成功した事実は何も変わらぬではないか。」


 アナベラを実験場へと送るための手配をしたのは灰蛇であり、セザールは今回駒の一つとして動いたに過ぎない。


 だが、だからこそ今回の一件で不測の事態が起きた場合には、駒として僅かに動いたセザール以上に活発に動いていた灰蛇が大きな被害を受けるだろう。

 ならば自分たちの身の安全のためにリスク管理は十分に行っているはずだし、万が一何らかの被害を受けるのだとしても余程のことでなければ金で解決することができると彼は判断した。

 貴族の連中はよく誇りを語るが大抵の場合最終的に優先されるのは金であり、それはアナベラを陥れたアルドス準男爵を見ても明らかだった。


 何よりアナベラが研究所へと送られた時点で彼女の死は確定しているため、当初の目的を既に達成しているのだ。

 これでようやく数年前から準備をしていた次の段階に進むことが出来ると、セザールは笑みを浮かべた。

 

●●●●●


 普段よりも随分と遅くなってしまったが、屋敷を出たセザールはスラム街にある自分の店へと向かう。


 彼が今もその場所に店を構えているのは社会的信用度の低い者たちを対象としているのと同時に、それ以外の選択肢を持たないためでもあった。

 一般的な商人や平民が利用するのは既に王都で何代にもわたって運営されている歴史と信頼のある金融業者であり、歴史が浅く人には言えないような手段も多々用いるセザールには介入する余地がない。

 彼がアルドス準男爵のようなうまみの少ない下級貴族を支援しているのも、そういった者たちで無ければ彼の支援を受け入れないという実情があった。


 こういった状況にセザールは行き詰まりを感じており、支配者としての地位を求めるのはそれを打破するためでもある。


 屋敷から馬車に乗って移動していたセザールだったが、スラム街は馬車が通れるだけの道幅が確保されていないとあって、彼はいつものように途中から馬車を降りて自分の足で歩き始める。

 店は比較的浅い場所にあるためにそう時間がかからずに視界に収めることが出来たのだが、彼はふと店の様子がおかしいことに気がついた。


 年に一度は塗り替えているはずの壁がまるで手入れが施されていないかのように傷つき汚れ、入り口付近にはかつて扉だったと思われる残骸が転がっているのだ。

 それはさながら店が襲撃を受けたかのようであり、セザールは慌てて駆けつけたが、中は外観以上に荒らされ無事なものを探す方が困難だと思われた。


「一体何が起きたのだ!?」


 セザールがそう声を荒げて取り乱していると、彼の視界にはこれまで入って来なかったが一人の男が姿を現した。


「セザール様。」

「おぉ、ルフェソン!これは一体どういうことだ。何があったのだ!?」


 ルフェソンと呼ばれた男は既に5年以上セザールの店で働いている人物であり、性格も真面目とあってこの状況を詳細に説明してくれるに違いないと期待する。

 だが、顔を青くさせたルフェソンはセザールの質問には答えずに捲し立てるように告げた。


「セザール様、申し訳ありません。只今を持ちまして私は退職させて頂きます。よろしいですね、私はもうあなた様と何の関係もございません。」

「何を言っているのだ?待て!」


 だがセザールの制止の言葉に耳を貸すこと無く、ルフェソンは一方的に喋り終えると店を飛び出していった。


 彼の他には誰もいないことを考えると、真面目な性格だからこそ彼だけはセザールの到着を待っていたのかもしれない。

 だが、結局何も状況を理解できていないセザールからすれば、それはルフェソンの単なる自己満足でしかなかった。


 改めて店の中を見渡したセザールはこの異様な事態に対して疑問よりも恐怖が勝り、一旦家へと帰ることにした。

 全身を襲う寒気に耐え、周囲を怯えた目で見回しながらスラム街を駆け抜けた彼は、突然戻ってきたことに驚いている御者を急かして馬車を走らせる。


 道中では屋敷にも何かが起きているのではないかと不安に思っていたが、到着してみれば今朝と同じ光景がそこにはありセザールは胸を撫で下ろした。

 屋敷の使用人たちもまた御者同様に出ていったばかりの彼がすぐに戻ってきたことに驚きながらも、下手にそれを表に出して叱られることを恐れて冷静に尋ねる。


「セザール様、如何なされましたか?」

「いや、何でもない。それよりも儂が屋敷を出てからこれまで何も起きなかったか?」

「つい先程クラロワ様がお見えになられました。セザール様は留守だとお伝えしても、しばらくお待ちになりたいと仰っていたので待合室へとご案内しております。」


 その言葉を聞いてセザールはクラロワが何かを知っているに違いないと判断し、服が乱れているのも気にせずに待合室へと向かう。


 クラロワは数ある娼館の中の一つを経営する人物であり、設立時にセザールが融資したとあってそれなりに仲は深い。

 彼が勢いよく待合室の扉を開けてみればクラロワは静かに紅茶を口に運んでおり、この緊急事態とかけ離れたその光景に彼は怒鳴り声を上げた。


「クラロワ、何を悠長に!?」

「ふむ、相当余裕がないとみえるなセザール。だが、善意でここに来ている私に対してその態度はよろしくない。」

「善意だと?」


 全身から汗が流れているセザールとは対照的に、涼しい顔をしたクラロワは薄い化粧を施してあるその顔を軽く歪ませて告げる。


「セザール、お前の野心とそれを実現させようとする行動力には関心しているが、少しやりすぎたみたいだ。あの方々が動いてしまったんだよ。」

「あの方々だと?そうか、カルメラ達だな。あの害虫どもが!!」


 クラロワの言葉を聞いて、セザールは店の襲撃に関する一連の流れを大まかに理解した。


 僅か1日でアナベラが排除されたことに気付いたとは考えられないため時期が重なったのは偶然だろうが、遂にカルメラ達が動き出したらしい。

 先代であるカルメラや幹部たちがアナベラを害そうとしても動かないことを知ったのは比較的初期の頃であり、そのおかげでセザールは随分と自由に活動できた。

 だが彼を小物として侮っていたのかそれともアナベラを信頼していたのかは知らないが、今更動いても既に手遅れというものだ。


「カルメラ様、だ。セザール、今ならばまだ間に合うかもしれんぞ?私もお前が具体的に何をしたのかまでは知らないが、娼館の主に過ぎない私の耳にこうして情報が入ってくる程の事態であることは確かだ。」

「ふん、いつまでもあいつら如きに従う必要がどこにある?そもそも、無能どもがいつまでも我が物顔で居座っていることがおかしいのだ。」


 自分の力で貴門側に屋敷を構えられる程に成り上がってきた彼にとって、アナベラはもとよりカルメラたちもまた他人の成果の上で勢力を築きスラムを我が物顔で支配する連中に過ぎない。


 セイレンという規格外の存在が敵対勢力を全て滅ぼしたために彼女たちに対抗できる有力な勢力がいなくなり、その結果一極的な支配を続けてきたのだ。

 だが、それから10年以上経過すればセザールのように新たに力を持った存在が生まれてくるのは当然のことであり、大人しくカルメラたちの支配を受け入れ続ける理由もない。


 セザールは十分な力を身に着けて彼らの支配体制の象徴とも言えるアナベラを排除し、そしてこれから綻びの生じたそれを崩して支配者としての地位を手に入れるのだ。


「セザールよ、私の店に融資してくれたお前には感謝している。だからこそ、恩人に死んでほしくはないのだよ。お前は既に十分なものを手に入れているではないか。それなのにこれ以上を望んでどうする。」

「十分だと?薄汚い場所で薄汚い連中に金を貸して儲ける日々の何が十分なのだ?貴族の連中にドブネズミから借りる金はないと門前払いされる人生の何が十分なのだ?儂はこのようなところでは満足しないし、終わらせるつもりもない。」


 セザールは富だけでなく、地位も名誉も何もかもを欲していた。


 そもそも、カルメラ達もまたセイレンの力を借りて敵対勢力を排除した上に、彼女たちがスラムを支配することに正当性があるわけではない。

 ならば同じようなことを自分が行ったとして、それの何が問題だというのだろうか。


 聞く耳を持たないセザールに対して、クラロワはもはや何を言おうとも意味をなさないのだと悟ると席を立った。


「残念だよ、セザール。本当に残念だ。お前はあの方たちの恐ろしさを何も分かっていない。」

「ふん、分かっていないのは貴様の方だ。精々これから起こることを黙って見ているがいい。」


 既にアナベラは排除され、彼らの一極的な支配には大きな綻びが生じているのだ。


 そのことを知らずに未だ彼らの支配を絶対的なものとして受け入れているクラロワに蔑みの視線を向けながら、セザールはクラロワが退出していくのを眺めていた。


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