13.彼は魔法を学ぶ。(1)
衝撃的な初狩りを経験してからしばらく経ったある日、俺は母と草原を歩いていた。
「セイくん、これからマルガリンさんのところに行くけど、魔法を教えてもらうんだから、会ったらまずちゃんと挨拶をするのよ?」
「うん。」
そう、ついに今日から魔法を教えてもらうことになったのだ。
長の家に行ったあの日からしばらくして、母はマルガリンさんの家を訪ねて俺に魔法を教えてくれるよう頼んだ。
それから数年が経過しているがこれには理由がある。
魔法には一定の危険が伴うため、彼女が今まで教えることを良しとしなかったのだ。
だが、俺は最近母と狩りに出かけるようになったため、そういう年齢になったならば良いだろうとのことだった。
無茶な獣耳の使い方を教える誰かとは違い、なかなか良識的な人物のようだ。
家に到着すると、母がドアをノックする。
「マルガリンさん、いらっしゃいますか。マリアです。息子のセイランスに魔法を教えて頂きにきました。」
しばらく待っていると中から音がしてドアが開いた。
「あら、いらっしゃい。あなたがセイランスね。」
「はじめまして、セイランスです。今日から魔法のご指導よろしくお願いします。」
マルガリンさんは見た目20代に見える落ちついた雰囲気の女性だった。
見た目が20代ならば実年齢は30代後半といったところだろうか。
「よろしく。マリア、ここから先はまかせてもらって大丈夫よ。」
「はい、ではお願いします。セイくん、ママは家に戻ってから狩りに行ってくるわね。」
「うん、いってらっしゃい。」
今日もぜひおいしいご飯を獲ってきてもらいたい。
母が家の方角へと戻っていくのを見届けると、俺はマルガリンさんに続いて中へと入った。
「こっちよ。」
彼女に案内された部屋には机が一つとイスが二つ置いてあり、壁際にある棚の上には草をほしたようなものがいくらか置いてある。
促されるままに椅子に座ると、さっそくと彼女は口を開く。
「さて。これからあなたに魔法を教えるわけだけど最初に言っておくわ。私達は数少ない魔法が使える獣人だけど、規模自体はたいしたことがないの。」
彼女は少し申し訳なさそうな顔でそう言うが、獣人は魔法が使える者でも魔力が少ないから仕方がない。
そして魔法に期待を寄せる少年の心を慮ってくれる辺り、やはり彼女は良識的な人物のようだ。
「それじゃあまずは、魔力と魔法というものについて詳しく勉強していきましょうか。魔力っていうのは空気中の魔力の素を人が変換して蓄えているものよ。」
ふむ、通りで前世では魔法を使えないはずだ。
空気中に魔力の素もないし変換機能もないのだから、一生懸命ファイアボールと叫んでも火の球は出ないだろう。
まさか一度死んでから、俺が暇な時間にしていた努力が無駄だったと証明されるとは・・・。
「そしてこの魔力を使って起こす現象が魔法よ。現象を引き起こす際には言葉とイメージが必要になるわ。」
「はい先生。言葉を発せずに魔法を使うことはできますか。」
彼女の話を聞き疑問に思った俺はさっそく手をあげて質問をする。
この質問の答えによって無詠唱で魔法を使えるかどうかが決まるのだが、彼女はあっさりと断言する。
「無理ね。魔法のトリガーになる言葉だけは省くことができないわ。ただ、他の言葉に関してはイメージがしっかりとできていれば省略できるわね。トリガーになる言葉以外は自分のイメージ力を補足するものだし人によってそもそも違うもの。」
どうやら無詠唱は不可能なようだが、ある意味プラスとも取れることに気付く。
つまりこれは、公的に技名を格好良く叫べるということだろう。
「そして、魔法は魔力を精霊に捧げて彼らが引き起こすものよ。精霊は私達の魔力を糧にしているようね。」
しかも精霊さんまで存在しており、彼らのおかげで魔法が使えるようだ・・・いや、さすがに精霊さんありがとうで済ませるのは問題だろうか。
こちら側に来てからというもの霊的な何かを一切感じたことのない俺は、またも彼女へと質問を行う。
「その精霊っていうのは目で見えるんでしょうか。」
「見えないわね。ただ、私達が魔法を使うとそれに応じて魔力が無くなるのは事実なの。実際魔法を使うと身体から魔力が抜けていく感覚があるもの。」
ふむ、身体から魔力が抜けていく感覚があるということは、身体に変換機能があるということなのだろう。
いや、だがそうなると俺の持っている魔力はおかしいことになる。
俺の魔力はお姉さんが魂を強化した際のエネルギーが宿ったもののはずだ。
よく分からないがこの世界の住人は肉体レベルで魔力を蓄えていて、俺は魂レベルで魔力を蓄えているということなのだろうか。
俺は肉体的には他の大半の獣人同様に魔力をほとんど持たないのかもしれない。
なぜこんなことになっているのかは神のみぞ知るということだろうか。
お姉さんは距離的に無理なのだろうがこの世界の神様に会う機会があったら確かめよう。
果たしてそんな機会があるのかは分からないが。
前世父「あいつはまた部屋で叫んでいるのか・・・。」