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異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
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side.ベルナディータ&アナベラ&モニカ

「まさかセイランスさんに・・」


 ベルナディータは、神殿を訪れたアナベラから事情を聞いて一瞬目眩がした。


 セイランスに直感による選択を告げてから今日までの数日間、彼女は朝の恵みと状況確認のために希望の宿へと毎日訪れていたが、彼の姿を見つけることはなく宿には帰ってきていないという返事が従業員から返ってくるだけだった。

 モニカを預かったことを考えればセイランスが宿に連絡することも出来ない程のトラブルに巻き込まれたことは明らかであり、彼が直面した困難は相当なものなのだと理解した。


 それでもセイランスがそれを乗り越えられることは分かっていたため、ベルナディータは落ち着いていたのだ。


 そうしている内に、これまで尻尾を掴ませようとしなかった灰蛇が急に慌ただしくなり隙を見せ始めたため、情報が掴みやすくなったという話がクリフォードから齎される。

 今回も直感通りに物事が進んだことを確信し、もうすぐ姿を現すはずのセイランスに冗談交じりで自慢の一つでもしようかと思っていたところに訪ねてきたのがアナベラだった。


 本来ならば白いはずの顔を青くさせるベルナディータに、アナベラは告げる。


「まぁ、嬢ちゃんだけが悪いってわけでもないだろう。ルイエント紛争で活躍した『導きの乙女』だったってのには驚いたし、功績を考えれば言葉に重みがあるのも分かるがねぇ。最終的に従うことを決めたのはセイランスだし、それを途中で中断したのもあいつだ。」


 ゼファス教の過激派により構成されていた組織が『二丈の光』と名前を新たにして、突如ゼファシール教発祥の地ルイエントを奇襲したのが今から4年程前の出来事だ。


 それまでにもゼファス教とゼファシール教は幾度となく小競り合いを繰り広げていたが、ルイエントが直接襲撃されたのはそれが初めてのことであり、ゼファシール教徒たちは無防備なままその攻撃に晒された。

 そしてそのままルイエントが占領されるのではないかと思われた時に、二杖の光を撃退するきっかけを作ったのが後に『導きの乙女』としてその称号を知られることになるベルナディータだった。


 その彼女が直感によって告げた選択肢は信頼性が高いとはいえ、それに従ったのはあくまでセイランスの判断であり、さらに言えば彼はそれを途中で中断したのだ。

 現状がベルナディータだけのせいであるはずもないのだが、それでも彼女は首を横に振る。


「いえ。セイランスさんが直感の選択に従い続けていたら悲惨なことになっていました。私は直感が抱える落とし穴にセイランスさんを巻き込んでしまったのです。」

「落とし穴?なんだいそりゃ。」

「直感スキル保有者はその人生において必ず親しい者を死に追いやると言われています。」


 直感スキルを持つからこそセイランスが従い続けていればどうなっていたかを理解したと共に、彼に親しみを感じていることにベルナディータは気が付いた。


 彼女がルイエントを出たのは直感を頼られる日々に耐えられなくなったからであり、その重圧を与えたのは本来彼女を支えるべき肉親とて例外ではなかったのだ。


 重圧から逃げる形で見聞の勤めに出たベルナディータにとって、直感スキルのことを知っても利用しようとせず、彼女を只の図々しい少女として扱い面倒を見るセイランスはどれ程貴重な存在であっただろうか。

 そんなセイランスにだからこそベルナディータは直感を能動的に使ったのだし、その結果がむしろ彼を追い詰める事態に繋がったのならば落ち込まないはずがなかった。


 暗い少女時代を過ごしたアナベラはどこか自分と重なる部分があったのか、少しトーンを落として告げる。


「嬢ちゃんも年の割に重いものを背負っているようだねぇ。だが落ち着くといい。ちょうど本人からの伝言もあることだしねぇ。」

「・・・セイランスさんからのですか?」

「あぁ、妙なところで実なやつだ。ここに書き写してあるから読むといいさ。」


 そもそも、アナベラが関わりの薄いベルナディータをわざわざ訪ねたのはセイランスからの伝言を渡すためであった。


 彼女がモニカを希望の宿から引き取った後に拠点へと戻って今後について考えていたら、以前セイランスに呼び出された時のように突如彼の声が聞こえてきたのだ。

 もっとも、彼がアナベラの部屋に設置してあるマーキングはCランク魔石を利用したものであり、会話を終えた時点で既にビー玉程の大きさになってしまっているため直にマーキングごと消滅するだろう。


 直感が間違っていたことにより誰かに大きな被害を齎すという最も恐れていた事態を引き起こしてしまったベルナディータは、緊張した様子で渡された紙に目を通した。


『こんにちは、泣き落とし力を身に着けるべく表情筋を鍛えているセイランスです。何だか嫌な予感がしたので途中で直感に従うのを止めちゃいました、ごめんなさい。これからですが、どうも白銀騎士のお宅にお呼ばれしているみたいなのでもうしばらく留守にします。朝の恵みは付けが利くようだったら好きにしてください。』


 怨嗟の如く罵倒されることも覚悟していたベルナディータは、その内容を見て思わずふらつきかけて机に手を付いた。


「セイランスさん、これではただの雑談です。」


 彼女はルイエントにいた頃からずっと、多くのものをその小さな肩に背負ってきた。


 ルイエントを動かす立場にある者たちの信頼を背負い、直感が間違った選択を示す可能性への不安を背負い、何より正しい選択を出来るのが当然だという理不尽な期待を背負ってきた。

 だがセイランスの伝言を読んでみれば責められるどころか、自分を死地に追いやったはずの直感について触れている部分が雑談よりも短いのだ。


 彼女の長年にわたる覚悟に対してこの反応では、拍子抜けのあまりふらつきを覚えるのも無理はないだろう。

 冷静になったベルナディータは、これまでの人生を振り返りながら呟いた。


「どうしたものでしょうか。何だか今まで私が背負ってきたものが急に阿呆らしく思えてきました。」

「まぁ、セイランスは器が大きいのか馬鹿なのか悩むところだが、実際そうなんじゃないのかねぇ。そもそも思考放棄をして嬢ちゃんに頼る連中が巫山戯ているんだろうさ。」

「なるほど、私はいいように利用されていたのですね。ならば強くならねばなりません。」


 ルイエントにいた頃の自分は『導きの乙女』として祭り上げられ、その力を周囲に利用されていたことにベルナディータは気がついた。

 そしてそれを避けるためには、彼女が強くなるしかないのだ。

 

 歴代の直感スキル保有者は親しい者を亡くした後悔と共に直感の持つ負の側面を理解し、後悔に苛まれながらもそれを教訓にして直感スキル保有者として大きく成長していった。

 だがベルナディータはたった今、彼らとは異なる形で大きく成長するための一歩を踏み出したのかもしれない。


 もっとも、それが明らかになるのは未来の話であって現在の状況が改善するわけではないし、そのことについて触れたのはベルナディータでもアナベラでもなく、彼女たちの側にいた小さな女の子だった。


「そんなことよりも私のセイランスは本当に大丈夫なの?5日後には帰ってきてくれるって約束したけど。」


 アナベラが迎えに来るまでの間宿の従業員によって面倒を見られていたモニカは、ベルナディータを睨みながらそう尋ねる。


 母親に捨てられて餓死しかけていたところをカルメラに拾われたモニカにとって、たった1日でセイランスが帰って来なくなった時の不安は相当なものだった。

 カルメラが少し冗談混じりに助言をしたのは、人との距離感や甘え方を知らないモニカが安心してセイランスに甘えられるようにという配慮でもあったのだ。

 実際、また捨てられたのではないかという不安に陥ったモニカは、アナベラが迎えに来るまでベルナディータや従業員が神殿や家に誘っても決して希望の宿を離れようとはしなかった。

 

 もしも音魔法による謝罪と共に5日以内には必ず迎えに行くという本人からの約束が無ければ、モニカは今もまだ暗い表情をしていたはずだ。


 それに加えて、カルメラに認められる程の人物と一緒に過ごし強くなれるはずの時間を奪われたのだから、その原因となったベルナディータに怒らないはずがないのだ。


「申し訳ありません。モニカさんには大変ご迷惑をおかけしました。」

「私は待っていただけだから別にいい。それよりもセイランスは?」


 セイランスに早く帰ってきて欲しいと告げて約束を取り付けたモニカだったが、彼女なりに彼が大変な状況にあることを理解していた。

 モニカの質問に対して、アナベラは困ったように口を開く。


「とりあえず、外部からどうこうするのは難しいだろうねぇ。交渉の時にもセイランスの身柄に関しては取り付く島もなかった。」

「でもカルメラお母さんがよく話をしてくれたセイレンという人みたいに乗り込めばいいんじゃないの。」

「それはさすがに無茶だねぇ。あそこに放り込まれそうになった時は私も後先考えずに行動したが、あれは例外だ。そもそも国と真正面からぶつかって勝てるはずもないさ。」


 セイランスが罪を犯したという形で付け入る隙を与えてしまっているため彼の身柄を確保することは難しいし、セイレンのように社会的な拘束を全て無視して力づくで解決することなどアナベラにはできない。


 仮に実行すればまず間違いなくスラムの住民全てを巻き込む事態へと発展するだろうが、『スラムの支配者』としてそれを選ぶのは許されないことだ。

 ベルナディータにしても、サムエルが孫のためならばともかくセイランスのために動くはずがないだろう。

 

「じゃあ、どうするの。約束したのは私だけど、白銀騎士団に捕まって5日で自力で帰ってくるとでもいうの。」

「それは・・・まぁ・・」

「・・・帰ってくるんじゃないのかねぇ。」


 本来ならば二度と会えないことが確定している状況なのだが、セイランスがどれ程規格外かを知っているからこそ二人は自然とそう返事をしていた。


 アナベラからすれば自分が死地だと認識した場所でも余裕があり、目覚めてみれば何故か円満に脱出できる状況に持ち込んでいたセイランスが白銀騎士団に追い詰められるとは思えなかった。

 一方でベルナディータもまた、落とし穴を回避し直感スキルの宿命を乗り越えたセイランスがここで命を落とすとは思えなかった。

 

 ある意味において過剰な信頼だが、現状彼女たちにはセイランスを救う手段が無いのもまた確かであり、何よりも本人が全く危機感を持っていないのだ。


 まさか二人から肯定的な返事が来るとは思っていなかったモニカは困惑しながらも尋ねた。


「もしかしてセイランスって想像以上にすごいの。」

「少なくとも絶対に敵対したくないし怒らせたくもないのは確かだねぇ。モニカ、カルメラさんから言われているかもしれないが、お前がまだあの夢を持っているならあいつと一緒にいられるこの機会を逃さないことだ。」

「うん、分かってる。次からは外出する時も絶対に付いていく。」


 アナベラの言葉に、モニカはそう決意をしながら返事をした。


 彼女もまた、前例のない女性騎士として幾つもの困難が待ち受ける壮絶な人生を歩むための大きな一歩を踏み出したのかもしれない。

 もっともやはり今はまだ幼い少女であり、彼女は首を傾げながら尋ねる。


「でも何もできないならただ待っているだけなの。」

「まさか、そんなはずはないねぇ。あいつが帰ってくるまでの間に、灰蛇にはしっかりと落とし前を付けてもらおうじゃないか。」


 獰猛な顔でそう告げるアナベラだが、政府から引き出した譲歩の一つが灰蛇の始末を自分に一任するというものだった。


 灰蛇を滅ぼす過程で生じる被害に関してはその一切の責任を国が負担し、必要ならば国家権力を利用することも許容される。

 これは灰蛇の始末に関して譲歩せざるを得なかった政府による、この国の中枢を脅かそうとした存在を決して逃すなという意思表示でありアナベラへの圧力でもあった。

 もはや灰蛇はアナベラの命を狩る側から、その命を狩られる側に変わったと言っていいだろう。


 もっとも、だからといって灰蛇が狩られるのを待つだけの存在になったわけではない。

 

「ならば、何故とは言いませんが急いだ方がいいでしょう。」

「・・・一応確認するが、セイランスが要請した灰蛇の情報を私に流すことは出来るのかねぇ。」

「不可能です。もしも情報を望むのならば、セイランスさん以外の二級信者を連れてきて下さい。」


 ベルナディータはそう断言をした。


 二級信者が依頼した情報を入手する権限があるのは、同じく二級以上の信者のみだ。

 これはゼファシール教の神官として守らなければならない規則であり、それを破れば例え神殿長の孫であったとしても、あるいは『導きの乙女』であったとしても神官の身分を剥奪される。

 だが、現時点において灰蛇の動きを補足することに成功しているのはゼファシール教だけであり、今から本格的に補足しようとしても間に合わない可能性が高いのもまた事実であった。


 ベルナディータは、一度瞑目した後に口を開く。


「ですが・・・情報収集をする神官がうっかりと後をつけられてしまったならば仕方がありません。それと、私は先程クリフォード様に情報収集に携わることを承認して頂いたのでした。」


 それは黒に限りなく近いグレーだったが、あくまでグレーであり黒とは判断されない。


 無論このようなことを繰り返せば信頼を大きく失うことになるだろうが、彼女はそれ以上に解決を早めることに失敗してセイランスやアナベラを死地に追い込んだ挙げ句に、灰蛇も逃がすという事態を許容することができなかった。

 ベルナディータの覚悟を理解したのかアナベラは、目に殺意を浮かべて告げた。


「それじゃあ、遠慮なく姑息な蛇共を根絶やしにしようかねぇ。」



 直感による早期解決は失敗していましたが、ベルナディータが神官の中でも忌み嫌われている行為を選んだために行方が分からなくなりました。

 また、結果的に得られた利益が大きかったためアナベラはベルナディータのことを恨んではいません。


 話は変わるのですが、当初の予定よりも王都編が長くなるためどこかで一度章を区切らせて頂きます。

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