表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で生きよう。  作者: 579
5.彼はこうして王都で動く。
137/159

118.彼はやはり罪人。

 少し強めに鼻から息を吸えば汗と埃の混じった独特の臭いが入り込み、視界のそこかしこには黒ずみが見て取れる。

 本来ならば長居したくないこの場所も、三度目となればそこはかとなく愛着が湧いてくるから不思議なものだ。


───ガチャ


 傷や凹みもある鈍い銀色の扉を開けて中に入ってきたのは、これもまた所々に傷や凹み、そして土の汚れがある鎧を身に着けた男性だ。


「・・・。」


 どうやら俺たちの間にはもはや会った時の挨拶すら必要ないらしく、彼は手に抱えた少し厚めの書類を乱暴に机の上に置くと腰掛ける。


 顔を顰めたままこちらを睨み続け沈黙しているのだがやはり親しき仲にも礼儀ありと言うように、にこやかな表情を向けてくるべきだと俺は思うのだ。

 だが、果たして自分より2倍は年上だろう相手に礼儀の指摘などしていいものかと悩んでいると、彼はようやく口を開いた。


「・・・お前は普通に待つことができんのか?」

「あの、今日は大人しく腰掛けていると思うんです。これを普通と言わずに何を普通と言うんでしょうか。」


 何だったら足を揃えてすらいるというのに、一体何が気に入らないのか青銅騎士団副団長は言葉を続けた。


「では、その気持ちの悪い笑顔は一体何なんだ。」

「もしかして表情に出ているんでしょうか。ごめんなさい、ちょっと嬉しいことがあったものですから。」


 幼気な少年の笑顔を気持ち悪いとは失礼な話だが、温め続けたサインと更にはイメージビデオを購入してもらえた喜びを一晩経った今でも抑えきれていないようだ。


 グレイシアさんにアイドルになれると言われてから実に2年近い時が流れているのだが、サインを考え、それだけでは満足できない人のために幻人の肉体美を惜しげもなく披露したイメージビデオまで作っていたというのに、今までそれらが日の目を見ることはなかった。

 何故か称号に幻人と付いてしまっているが本当の幻人だと理解している者は昨日まで現れずにただ空間収納の中で眠り続ける日々、それも遂に終わりを告げたのだ。


 この様に深い背景があった上での自然と溢れた笑顔にも関わらず、やはりソラル副団長はその表情を変えることがなかった。


「答えは半ば分かっているが一つ・・・一つ聞いておきたい。お前、今回のことがどれだけの事件か理解しているのか?」

「いいえ?」


 俺が迷わずに即答すると彼は額に青筋を張るが、実際直感に従った結果あの場所に到着したのだから詳しいことなど分かるはずもなかった。


 唯一確かなのは収容所の扉が開いた時の濃厚な血の臭いを前にして、危険を感じたということだろうか。

 あの場所が何だったのかは今も正確には分からないが、直感に従い続けていればそれこそ現在以上に厄介なことになっていた気がするのだ。


「・・・いいだろう、分からないなら教えてやる。だがその前にこれだけは言わせてくれ。」

「はい、何で・・」

「この疫病神め!!!」


 彼は俺の言葉を遮ってそう叫ぶと、机を思い切り拳で叩いて部屋中に大きな音を響き渡らせた。


「お前のせいで俺がどれだけ苦労していると思っているんだ!!既に法務大臣との面会が決定しているんだぞ!?俺は副団長だがそれ以前にただの平民だ!!!一つ受け答えを間違えれば俺の首が物理的に飛ぶんだぞ!?」


 乱心したソラル副団長はそこまで捲し立てると、ようやく落ち着いたのか肩を上下させながらも大人しくなる。


 どういう理屈かは知らないが、俺のせいで荷が重い仕事が山積みになって精神的に参っているらしい。

 俺はとりあえず、射殺しそうな眼で睨んでくる彼を宥めることにした。


「落ち着いて下さい。事情を説明するついでに愚痴を吐き出せばきっと楽になれますよ。」

「くそっ、何故一番慌てるべき奴がこうも落ち着いているんだ。いいだろう、説明してやるとも。改めて語る気はないがあそこはな、今まで名前を聞くだけで胃が痛くなりそうな方々も含めて多くの権力者に都合の良い使われ方をしてきたんだ。一度建物の中に入れば僅かな例外を除き二度と壁の外には出られないからな。」


 やはり正確なところは把握できないのだが対象は重犯罪者や政治犯ということだったから、確かに二度と外に出すわけにはいかないのだろう。


 そしてその性質を利用されて、アナベルお姉ちゃんが放り込まれようとしていたのだろうか。

 自分なりに解釈をしながら、彼の話を聞き続ける。


「それなのにお前とアナベラはその場所から生還したんだ。しかも脱走ではなく正式な受け取り拒否という形で。今まで都合良く利用してきた方々の恐怖が分かるか?」

「どう利用してきたのかあまり理解したくありませんが、今まで絶対だと思っていた場所が絶対では無くなってしまったんですね。」

「その通りだ。あそこは本来高位貴族ですら容易に干渉できない程の独立機関だと聞いている。これまでは表の都合で非定期便が増えても拒んだことがなかったのに、今回の一件で十分な説明もないままその機密性が崩れた。つまり上の方々はお前たちが無事に生還した事情が分からなければ気が気でないんだ。」


 なるほど、アナベルお姉ちゃんも騎士達も途中まで全員が気絶していたため、どういう経緯で無事に出られることになったのかは知らない。

 つまり俺だけが彼らの望む情報を持っている人物ということになる。


「そして俺のことを王都に来た時から詳しく知っている親しい間柄にあるため、問い合わせが殺到しているんですねソラル副団長。」

「巫山戯るな!改めてお前を調べてみればデルムの街以前の経歴が全く掴めない上に、幾つも実績があるから余計に面倒なことになっているんだ。分かったか!!」


 そう言って再び机を叩く彼を見る限り、想像以上に大事になってしまっていることは間違いないようだ。


 もしかしたらサモンド子爵にも迷惑をかけているかもしれないことを考えると、こちらも後日菓子折りを持って謝罪に伺った方がいいだろう。

 一日で必要な菓子折りと謝罪先が随分と増えたものだが、その内の一つであるアナベルお姉ちゃんはどういう状況なのだろうか。


「ソラル副団長が偉い方々から問い合わせを受けて大変らしいのは分かったんですが、アナベラさんは大丈夫なんでしょうか。」

「・・・まだ人の心配をする余裕があるとはたいしたものだ。何をもって大丈夫というのかは知らんが、不利益を被ることはないだろう。むしろ政府側はアナベラ達に幾らかの譲歩をすることになるはずだ。俺は政治に詳しいわけではないが、この不安定な時期にやつらを刺激するつもりは無かったはずだからな。それに今回の一件が灰蛇だったか?その組織絡みだというなら、お前が以前要求していた通りになるだろう。大臣クラスまで動かしたのだから只では済むまい。」


 ソラル副団長はそう言って、今回の事件の背後にいる者たちを憐れんだ。


 やはり導きの乙女と呼ばれるだけあって、ベルナディータさんの直感スキルは確かに早期解決を齎しているようだ。

 更に言えばララウロワさんと出会ったことで魔気の存在を知れたことが大きな収穫だと思っている。


 2日前にもセシルの夢を見たが、最近はふとした拍子に集落を懐かしいと感じることがあるのだ。


 伸び伸びと過ごせたあの広い草原も、母と過ごした何気ない日常も、ガイさんとの下らない会話も、そしてセシルが向けてくれた真っ直ぐな感情も、こうして離れてみれば何もかもが貴重なものだった。

 無論今すぐ戻りたいわけではないのだが、それでも最後に必ずあの場所に帰れる手段だけは持っていたい。

 

 ララウロワさんから聞いた幻人への想いも含めてそのことを実感していると、ソラル副団長は俺をじっと見つめながら口を開いた。


「・・・今回の一件がどれだけ上の方々に衝撃を与えたかは説明したはずなんだが、お前はその意味をちゃんと理解したのか?それとも、これからの自分の行く末を理解して尚お前にとっては気にする程のことではないのか?」

「あの、俺ですか?」

「そうだ。確かに裏で糸を引いていたやつは別の者だろうが、お前がこれまで存在したあの収容所の絶対的な機密性を崩したという事実は何も変わっていない。そして収容所側から情報提供がない以上お前だけがその理由を知っている。そしてお前はただのDランク冒険者でしかなく、まぁサモンド子爵の後ろ盾はあるようだが今回は子爵の地位で守りきれる次元の話でもない。」


 つまり上の方々は唯一事情を知っている俺に用があるし、それから逃れられるだけの権力も後ろ盾も足りていないということだろうか。

 ようやくソラル副団長が俺に何を言いたかったのか理解したため、目を潤ませながら彼へと尋ねる。


「今回も幼気な少年を見捨てるんですか・・・?」

「あのなぁ、そもそも肝心なことを忘れていないか?お前はアルドス準男爵家の不法侵入と侮辱に関する罪に問われていて、それ自体は事実だと既にある程度の裏付けも取れている。」

「あ・・・」


 そう言われて、俺は言い訳のしようがない程確実に自分が犯していた罪のことを思い出した。


「お前はこれから白銀騎士団に渡されることになっている。バーナードやアールノ殿と接したことのあるお前に言うことではないかもしれんが、重傷だった騎士たちを治療した礼に一応忠告しておこう。尋問で済むように命令には従順に、質問には正確に答えろ。自分の命の価値は虫と同程度だと思え。4度目に出会うことがあればその時は笑顔で接してやる。」


 そう言って、ソラル副団長は分厚い書類を抱えると静かに重い扉を閉めた。


 果たしてこれも直感スキルの示す結果の一部なのか、それとも頷いたにも関わらず最後までやり遂げなかった報いなのか。

 とりあえず俺は空間収納からお茶を取り出して考えることにした。



 ここで一旦セイランスはフェードアウトします。


 彼はバッドエンドを回避したと見せかけて、直感スキルの示した選択から外れたために、スキルが保証していた結果からも外れているのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ